ロンドン憶良見聞録

スリー・スコア・アンド・テン


久しぶりにスケジュールの入っていない、のどかな日曜日である。
憶良氏の家では、日曜日の朝食は必ず和食と決まっていた。この習慣
はロンドンに来ても続けられていた

「ああウマカッタ、牛負けた。ごちそうさま」
満腹感に加えて天気よし。庭に出て、お隣のカーン小父さんご自慢の
バラ園を、垣根越しに観賞していると、美絵夫人が、
「あなた!日本のお父様からお電話よ、早く早く!」
と、大きな声で憶良氏を家に呼び帰した。
(国際電話が九州の片田舎からかかって来るなんて、一体何事か?
病気がちな母さんが倒れたのか?)慌てて芝生に足を取られて、よろ
めいた。
電話に聞く父の声には張りがあった。
 
「70歳の生存者叙勲で勲章貰ったよ」
「そりゃあ、おめでとうございます。よかったなあ、お父さん」
憶良氏もついつい田舎弁になる。
憶良氏の父は、長い間、特定郵便局の局長で、貯金集めの名人であ
った。
古めかしい逓信大臣とか新しい郵政大臣の表彰状を受けることを誇り
にしていたが、最近では、「まあ人生には悔いは無いがのう、どうも郵
政省には大臣表彰状で上手いこと働かされたようじゃわい」と苦笑い
していた。その長年の苦労が認められたのだ。




「お父様もお母様も70歳を越されたのね」
宇治の緑茶を入れながら、美絵夫人がしんみりとした口調で憶良氏に
話しかける。

「標準的な人生の長さは、スリー・スコア・アンド・テン(Three score and
ten)とはバイブルもうまいこと言ったもんだ」
「あらっ、それどういうことなんですか?」

「スコアという言葉は知ってるだろ?」
「ええ、野球のスコア・ボードやゴルフのスコア・カード。記録ということで
しょ?
楽譜もスコアじゃなかったかしら?」
「そうだ。もともとは、氷河期の古代人が岩に引っ掻いた刻み、時過ぎて、
安酒場で客の飲み高を忘れないように、柱などに刻み目をつけるとか、
村の旅籠で、黒板に客の飲み食いを記入するのをスコアといったそうだ。
刻み目をつける、勘定をつける、得点をつける、記録する、楽譜に記入
する・・・となったんだろう」


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