血を吸うトイレ

「やべ、お腹いてぇ……」

日曜日の真っ昼間、外出もせずに家でパソコンをいじっていたら、急にお腹が痛くなってきた。
冷たい飲み物ばかり飲んでたからだろうか。

俺はあわててトイレに駆け込み、ドアを閉めた。
そして、鍵をかける間も惜しんで、一気に便座に腰掛ける。

目の前には閉じたドア。とにかく無事に便座に座った安心感。
俺がホッとしたその瞬間……。

スルッ!

「うわっ!」
俺は思わず腰を浮かした。何かが俺のお尻をなでたのだ!

嘘だろ……。
ズボンをずりおろしたまま、俺は立ち上がり、便器の中をのぞいてみる。
……何もない。
白い便器の底には透明な水がたまっているだけで、いつもと何ら変わりない見慣れたトイレである。

気のせいかな……何かがお尻に触れたような気がしたんだけど。
もしかして、換気扇が吸い出す空気の流れでお尻がサワッとしたんだろうか。でも、そんなことってあるのかなぁ……。
念のためもう一度便器の中を見て、本当に何もないことを確認してから、俺は再び便座に腰掛けた。
考えてみれば、トイレってのは完全な密室だよな……。
おっと、安心したら、またお腹が痛くなってきやがった。

「ふぅ……」
ため息をひとつついて、お腹に力を入れようとしたそのとき……。

チクッ!

「痛ぇっ!」
何か針で刺したような痛みがお尻に走って、俺は飛び上がった。

すかさず便器の中をのぞいたが、やはり何もない。だが、今のは絶対に気のせいじゃない。
何だかわかんないけど、絶対何かが俺のお尻を刺したぞ!

俺はあわててズボンを上げて、トイレから出ようとした。
しかし、そんな俺の目の前でドアの鍵がゆっくりと右回りに回転し…

カチャッ!

おい、嘘だろ!? なんで勝手に鍵がかかるんだよ!

ガチャガチャガチャ!

俺は必死で鍵を開けようとするが、鍵はビクとも動かない!
ドアは確固たる態度で俺の脱出を阻んでいる。

ちくしょー! なんなんだよ、これは!?

俺が必死になってドアをガンガンと蹴り始めたら、今度は照明がチラチラと点滅し、フッと消えて真っ暗になった。
トイレの中はまさに暗闇の密室だ。俺は一体どうなるんだッ?

そのとき、便器の底の水がぼんやりと光を放ちはじめた。
ゆらゆらと水面がゆれているのが俺の目に映った。
そして……。

「うわぁぁあああぁぁぁああああああああああぁっ!」

ドンドンドン……
ド…ン


やがて静かになったトイレは、何事もなかったかのように鍵をはずし、換気扇をとめた。
そして、暗闇の中で、血に染まった便器を水で洗い流しはじめる……。


(C) Tadashi_Takezaki 2003