SHOH's LIVE REPORTS

Paul Rodgers (July 8,1996, Shinjuku Kosei-Nenkin kaikan, Tokyo)


EPPSの脱け殻と化してはや2週間。毎日毎日「SLANG」を聴いては、ジョーの歌声にため息ばかりついていた今日このごろ。

こんな切なく苦しい心を、きっとポールの歌がやさしく慰めてくれる。この前の来日公演のとき、「朝日のあたる家」で思いもかけずに流した涙が、きっとこの空っぽの心を温かく潤してくれる、そんな期待を抱いて出かけた新宿厚生年金会館大ホール。まるで涙の先どりのように激しい雨が降りしきっていた。

観客の年齢層は予想通り高く、半数以上がスーツ姿。最近のロックコンサートには珍しく男性客の多い会場は、2階席まで埋まって、まずまずの盛況。しかし、私の回りのおじさんたちは、最後まで立っていられるのだろうか……。

という危惧を裏付けるように、場内が暗転しても誰も立ち上がらない。

「お、このまま座ったままで見るのだろうか。まあそれもいいか」なんて思っていると、ステージ袖から人影がぱらぱらと現われた。右にギター、左にベースの人が立ったようだ。後ろに置かれたドラムセットにも人影が見える。でも、ポールはまだ現われない。

客席から歓声と拍手が起こる中、大きな声で打ち合わせる声がステージに響く。

「ずいぶん傍若無人なバックバンドだこと」と思う間もなく、アカペラで歌う力強い声がホールじゅうに響き渡った。ステージ下、最前列の柵のすぐそばにスポットライトが当たる。白いTシャツの腕が高く掲げられていた。

「うそ! ポールじゃない?」ワーッと客席がざわめき、私も含めて前のほうの客が何人か立ち上がる。そう、ポールがステージの下でマイクを持ち、ステージを見上げるようにして歌い始めているのだ。

これは巧いオープニングだと思った。多分これまでのツアーで年齢層の高い客が座ったままで鑑賞するライブに何度も遭遇した苦い経験から編み出された技なのかも。

そのまま壇上に駆け上がった彼の若々しい姿にびっくりした。この前の来日のときは、ブラウスにベストという、体形をうまくカバーし、しかもアーティストっぽく見える服装でセクシーな中年男の魅力を演出していた。が、きょうの彼はといえば、キアヌ・リーブスかと思うような襟元の詰まったぴっちりと体にフィットした白いTシャツに黒の皮のパンツ。メタル飾りの付いた太い革ベルトまでしている。

パンツのウエストはさすがに40インチくらいありそうだが、50を過ぎていることを考えれば、まあまあ見られる体形と言えるかもしれない。髪が短く刈られているせいもあって、よけいにアクション・スターっぽく見えるのかも。ただ、幸か不幸か前のほうの席だったために顔がはっきり見えてしまい、どうしても志村けんを思い出してしまうのは、いたしかたのないところだ。だって、笑顔が無防備でスターっぽくないんだもの、彼って。

ステージの上は、これ以上ないというくらいすっきりしている。マーシャルのアンプがほんの申し訳程度に積んであるだけ。ドラムセットも平地にこじんまりと置いてある。厚生年金のステージがこんなに広く見えたのはひさしぶりのような気がする。

1曲目、2曲目あたりはハンドマイクで歌っていたせいもあり、ポールのほうのノリもいまいちで、なんとなく違和感があった。が、3曲目の"BE MY FRIEND"でようやくマイクスタンドが登場、あの独特のステージパフォーマンスを見ることができた。

声の調子も、最初のうちはバランスがつかみきれていない感じがあったのだが、このあたりから整ってきて、特有の艶のあるヴォーカルが炸裂する。この曲が終わったときの歓声は物凄かった。私と友人も期せずして「かっこいいわねえ」と、ため息のような声を出してしまっていた。

"FEEL LIKE MAKIN' LOVE" ではますます絶好調。マイクを口から離したり近づけたりする例の歌い方で、圧倒的な声量をみせつけながら、ソウルフルな歌を聴かせてくれる。ギターとベースのコーラスが意外に上手でびっくりしてしまった。

なつかしい曲を立て続けにやって、ポール自身も客のほうもしっかりウォーミングアップができたところで、赤いストラトを肩にかけた。

「次は新曲だよ」

ブルースかと思っていた安易な発想が、いきなり激しいロックンロールで吹き飛ばされる。ひええ、ここまで張り切ってしまうのはなぜ? ひょっとしてポールってば、若い恋人でもできたのでは?

そう考えると、あの服装も、さっきから気になってたリキの入った歌いっぷりも、そしてこの新曲も、すべて納得がいってしまうんだけど。 思わずステージ袖に若いグラマラスな女性が立っているのではないかと、目を走らせてしまう私であった。

ノリノリの曲が終わったあとは、息を静めるのに最適なブルース、というわけでもないのだろうが"MUDDY WATER BLUES"。 この曲でもベースとギターのコーラスが映える。

次の"HOOCHIE COOCHIE MAN" では、キメのところで「ボキッ!」と指を慣らすタイミングがもう絶妙で、思わず息をのんで拳をにぎりしめてしまった。かっこいいよぉ。

ほんとに、こんなにかっこよくステージで見せられるヴォーカリストというのは珍しいと思う。デヴィッド・カヴァーデールをはじめ、彼のあとに現われたたくさんの歌手が影響を受け、いまでもどこかにひきずっているあの動き。やっぱり本家本元。思わず体の動きも止め、息も止まりそうになりながら、じっと見入ってしまった。

最後のところでシャウトして、客の声を煽る。しかし、日本人にブルーズの掛け合いは無理ってもので、みんな一生懸命ではあるんだけど「いえ〜」と「ひゅー!」しか言えないのが悲しい。

前回の悪夢(^^;) だったギターは、地味な人に代わったと聞いていたが、なるほど確かにニール・ショーンに比べると遠慮がちになっていた。あくまでもポールのバックという感じ。でも、予想外に若作りな、というか娑婆っ気のある音だ。好みから言うと、もっともっと渋い音でもいいと思っていたのだけれど。ブルーズにはちょっとチャラチャラしすぎてるかもしれない。ルックスはもう、「イギリスのビール好きなおっさん」。ぴちぴちのジーンズにTシャツとサングラス、長髪と恰好は若いのだけれど、ジーンズのウエストの上にはぽっこりとはみ出したお腹が〜。

ベースの人は地味な職人っぽいおじさん。でも、この人のベースはポールの持ち味にマッチしてたと思う。

ドラムスは髪が薄めなのでおじさんかと思っていたが、最後に挨拶に出てきたときに見たら、意外に若かった。ひょっとしたらまだ新人なのかも。初日にはドラミングがドタドタしていてうるさいと思ってしまったが、チッタではそれほどでもなかったから、単にバランスの問題だったのかも。

ブルーズが続くと、ちょっとあきる。そのへんを見計らってか、次にきたのは「MUDDY WATER BLUES」 の中でもいちばん元気な"I'M READY" だ。きょうのポールの雰囲気にはこういう曲がよく合っている。

「次はFREEの曲だよ」というMCに大歓声が起こる。きょうの客は特に昔からのファンが多いせいか(スタンディングは敬遠した人たちね)、途中の合唱部分では大喜びで大声を張り上げる。ひとり物凄くうまい人がいて、会場の後ろのほうからよく通る声がステージまで響き、ポールも驚いて「うまいね」と返していた。

おおいに盛り上がったところで、ドラムとベースが独特のリズムを刻み始める。"MR.BIG"だ! この曲聴くとついついビリー・シーンやエリック・マーティンのMR.BIGを思い出しちゃうんだけど、さすがに本家本元、格が違いました。ポールの声は普通の人の倍くらいの厚みというか深さがあるように思える。ただうまいだけじゃないのよね。ベースソロもかっこいい。おじさん、がんばってる。

FREEが続いて、客もポールもやめられない止まらない状態に突入し、次は"FIRE AND WATER"。

大きな拍手に迎えられてのアンコール登場。「きょうはゲストが来てくれてるんだ。みんなに紹介しよう。CHARだよ!」

「えー!」

会場が大きくどよめく中、白い短めのTシャツにジーンズ、それにトレードマークの帽子という出で立ちでチャーが登場した。ポールと並ぶとものすごく若く見える(^^;)。 確かこの人、高校生くらいの息子がいたはずだけど。

最初は驚いたけど、よく考えたらポールの新譜は江戸屋から出てるんだから、社長であるチャーが出てくるのは当然なのかも。

チャーのスタージは馬呆しか見たことがないのでよくわかんないんだけど、この日はすごく遠慮がちで、いまいち彼の個性が見えなかった。こういうブルーズをやるなら馬呆のもうひとりの人(石田長生でしたっけ?)のギターのほうが合ってるような気がしたけど、遊びのゲストなんだからこれでいいのよね。

いったん引っ込んだメンバーが再登場し、"CAN'T GET ENOUGH"が始まった。みんなおおいにコーラスしまくりで、そのコーラスに合わせてポールがシャウトしてくれるという、まるで一緒にカラオケしてる気分の楽しさ。

そして最後はもちろんこの曲。前回来日時にも確かこれで終わったはずの"ALL RIGHT NOW"。 「ワン、トゥー」とポールが掛け声をかけ、客席にマイクを預ける。「ワン、トゥー、スリー、フォー!」大きな声が返っていく。さすがにこれまでずっと座りっぱなしだった前のほうの客もみんな立っている。最前列に50がらみのおじさんがずっと苦虫を噛みつぶしたような顔をして座っていて、途中でポールがコーラスを振っても反応せずに笑いを誘っていたんだけど、このおじさんまでもが立ち上がって柵にもたれ、体を揺すっていた。

楽しかったけど、私が求めていたものとはどこか微妙にずれていた夜だったなあ。ひとり静かにバーで飲みながら、ポールの人生を知りくしたようなブルーズを聴いて心を慰めてもらいたい、なんて期待してた私がイケナイんだと思うけど。前回の来日公演が、時間の経過とともに私の中で甘美な思い出に昇華しすぎていたみたい。

こんなふうに「ガッツだぜ!」のおじさんパワーを見せつけられてしまうと、「ごめんなさい。私のほうがパワー不足でした。出直してきますぅ」って気分になってしまう。やっぱり脱け殻のときに見るライブって、相手を選ぶんだな、って思い知った夜でした。

SET LIST
1. LOUISIANA BLUES
2. LITTLE BIT OF LOVE
3. BE MY FRIEND
4. FEEL LIKE MAKIN' LOVE
5. OVERLOADED
6. MUDDY WATER BLUES
7. HOOCHIE COOCHIE MAN
8. ROLLING STONE
9. I'M READY
10.WISHING WELL
11.MR.BIG
12.FIRE AND WATER
13.THE HUNTER
-ENCORE 1-
14.STANDING AROUND CRYING
15.GOOD MORNING LITTLE SCHOOL GIRL
-ENCORE 2-
16.CAN'T GET ENOUGH
17.ALL RIGHT NOW


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