ある転落

「総理、総理!」
「なんだね秘所くん」
「秘書です! それにそのネタ山上たつひこが使ってます」
「ともかく、どうしたというんだ」
「中央線でまた転落事故がありまして」
「またかよ」
「落っこちた酔っ払いを助けに行ったバングラディシュ人も轢き殺されました」
「……ううむ」
「やはり、追悼式にはお出にならねばならぬかと」
「ワシも忙しいんだよ。……弔電じゃダメ?」
「ダメです。前の韓国人と扱いが変わると、バングラディシュから『やっぱりオレたちを差別するんだな』と抗議に来る恐れがあります」
「……やむを得ん。行くか」

「総理、総理!」
「なんだね避暑くん」
「また埼京線で人身事故が……」
「……無視しやがったな。しかし、いったいJRではどういう運営をしとるんだね!」
「え? 分割民営化のとき、総理はじめ、自民党のお偉いさんがおっしゃった言葉通りに運営してるだけですよ。ふやせ黒字、へらせ駅員。人命よりも健全経営」
「わかった、わかった」
「ちゃんと駅員にも言い聞かせています。事故の補償金は自殺者からふんだくる損害賠償でまかなえ。人身事故があったら、そっと被害者の靴をホームに揃え、自殺に見せかけろと……」
「わかったってば」
「で、今度も助けに入った乗客が巻き添えになって」
「今度はなに人なんだね」
「コソボ人だそうです。で、生まれ故郷で告別式をやりたいから、ぜひ総理も参列願いたいと」
「戦争中じゃねえか。ワシ、嫌だよ。……ああああ、ワシが総理の座から転落したときも、誰か助けてくれないかなあ」
「そういう、アエラ並のギャグはやめてください」

「総理、総理!」
「なんだね、ズージャ用語でいうとショーヒ君」
「ネタが切れましたね。ご想像の通りまた、総武線で転落事故です」
「今度は宇宙人だとか言うんじゃないだろうな」
「……ははは、まさか。そ、そんな簡単に読まれるようなオチは……」
「なんだねその冷や汗は。言っとくけど、『李さんに書状一枚やっとくれ!』で三遊亭転落なんてのもダメだぞ。『びっくりしたなあ、もう』で転落トリオというのもダメ。転落試合で『あの男は車両の芯に当たっとらん。ファウルや』というのもダメ」
「……ははは……は……」
「転落したからオチは省略、ってのも禁止」
「そ……総理……二十年間、一心にお仕えしてきた私を……なぜそのように……苛め……うぇっ」
「こ、こら、泣くなよ」
「えぐえぐ……うぇっ、うぇっ、……びへぇぇぇぇぇん」
「しょうがないな。さ、泣きやむんだ」
「ぐしゅっ……ぐしゅっ」
「そんなときは、さあ、一緒に歌うんだ」
「う……歌?」
「てんてん転落、てん転落、せんせんせんろにでんしゃきて……」
「ひかれて、どこまで、とんでった……」
「かきねをこーえて、うみこーえて……」
「とーなりーの、くーにーへ、とんでったとんでった」 


戻る          次へ