昔、漫画などを書いていた。
漫画を発表するときには、ふつう、作者名などをつける。
これには選択肢が二つある。
1・本名で発表
2・ペンネームをつける
で、私は、2を選択した。
本名というのもなんか気恥ずかしかったし。
なにより、本職の漫画家になったような自己満足を味わいたかったのである。
ペンネームをどうつけるか。
これにも選択肢が二つある。
1・凝る。
2・凝らない。
だいたい、むちゃくちゃ凝る人とぜんぜん凝らない人の両極に分かれるようである。
凝らない人は気楽である。
凝らない極致として、本名、という選択もあるのだが、そこまではいかないにしろ、渾名をそのまま使ったりする。
先輩のカシバさんは、その名字と風貌から、「カバ」という渾名だったので、ペンネームも、「KABA」であった。
彼はそののち、「白本」という、さる業界の好事家の間で高名な本の一員として参加した。
その本には、全員匿名で参加した。
ペンネームすら秘密だったのである。
そこでは彼は、単なる2本目の漫画の人、「その2」であった。
彼は、それすらペンネームにしたのである。「曽野仁」。
エジマという男も、ペンネームは「江ノ島」である。ノを入れただけだ。
凝る人は、端から見ていて心配なほど凝る。
割と女性に多い。
よく好きな外国人の名前をとって、漢字の当て字を当てたりする。
漢字も、「麗」とか、「華」とか、美麗な字を好む。
「華鳳衣濡」(カトリーヌ)とか、「緒栖歌瑠」(オスカル)とか、耽美系同人誌でよく見かけるアレである。
もっともこの手の当て字は、耽美系の独占というわけでもない。
暴走系のかたがたもお使いになる。
その場合は、「愚痢頭吏」(グリズリー)とか「怒羅魂」(ドラゴン)とか、醜怪な漢字を好む。
もっともこれは、江戸川乱歩や半村良もやっているので、恥ずかしいことではない。
むしろ、文豪らしいといってもよいかもしれない。
私も凝る人であった。
最初のペンネームは、「GEMO」である。
これは凝っていない。
私の名字は下条(しもじょう)である。
ところが高校のとき、下条(げじょう)という男が同じクラスになった。
同級生は混乱し、私を「げもじょう」と呼んだ。
それが縮まって、「げも」になった。
それをそのまま使っただけである。
しかしこのペンネームは短命であった。
高橋留美子の学生時代のペンネーム、「けも」と似過ぎていたからである。
次のペンネームは凝った。
まず名字を、難しい漢字にしてやろうと思った。
万葉歌人の参議篁からとって、「篁あきさ」とした。
あきさの理由は本人すら忘れてしまった。
この名前で女のふりをしてやろう、という野望もあった。
「ネットオカマ」ならぬ、「同人誌オカマ」である。
しかし無駄だったようである。
ロリコン同人誌に、それも下手糞な絵で参加している奴を、女と勘違いする馬鹿はいなかった。
この名前も、有名な同人誌作家、「篁よしやす」という人がいると知り、やめた。
どうもバッティングが多いようである。
最後に、「みづちひであき」とつけた。
これも凝っているのである。
漢字では、「蛟英招」である。
蛟とは水の龍、こいつは蜃気楼を吐くといわれる。
英招とは人面馬身、背に虎の縞模様があるというの中国の妖怪。
阪神ファンである私がたわけた漫画を書くのにぴったりだ、と満悦したのである。
それに、私の星座は双子座、守護星は水星となる。五行でも私の生まれ日は一白水星。水の龍である蛟がふさわしい。
みづちひであきを当て字にすると、「光智秀明」。明智光秀のアナグラムにもなっているのだ。
そういうわけで、私のホームページは「みづちひであきページ」になっている。
しかし、現在漫画はほとんど書いていない。
ぜんぜん上達もしていない。
そうしてふと周囲を見れば、未だに書き続けている人は、本名かもしくは凝らないペンネームの人だけだ。
ペンネームに凝る人は、私も含め、みんな描くのを止めてしまった。
ペンネームに凝る人が、漫画にも凝るというわけではないようだ。