忍者がなんじゃ

 忍者はいいなあ、といつも思うのだ。
 自分が忍者になりたいわけではない。手裏剣を打ったり水底に沈んで草の茎で呼吸したり、ああいうのは嫌だ。毎日麻の苗を飛び越えるのは面倒くさいし、腰に長い半紙を結んで地面につかないように走るなんてのもやりたくない。ましてや、組織を抜けた仲間を追っかけて殺したり、自分でも知らなかった伊賀の掟にふれて殺されたり、逃れられぬと知って顔を爆薬で吹き飛ばしたり、捕まって舌を噛んで死んだりするのはもっと嫌だ。たとえ死ななくても、年老いて忍者部落で飼い殺しになり、毎日稗粥1杯で死をただ待つのみなのだ。そんなのはよくない。

 忍者を使えたらいいのになあ、と思うのだ。
 忍者は何でもやってくれる。金1枚で城の設計図も大名の姫も敵の密書も、何でも持ってきてくれる。家老を暗殺したり将軍を買収したりも自由自在だ。
 そんなことができたって大名でもなければ役に立たない、って?いえいえ、庶民にも有用なのが忍者だ。

 たとえば、こんな場面である。
 あなたは出羽国のとある大名の家来だ。諸国漫遊の旅に出ている。お伊勢まいりに見せかけてはいるが、実は殿様の密書を幕府に気付かれぬよう、京の朝廷に届けるという大事な任務がある。それも、幕府の使者が京に着く前に。
 ところが肝心の密書を忘れてしまったのだ。旅立つ前にお寺参りをする予定だったのだ。道中安全を祈願すると見せかけて、お忍びでやってきた殿様からじきじきに密書を手渡されるはずだったのだが、作者がうっかりそれを忘れて旅立たせてしまったのだ。肝心の密書がなくてはなんにもならない。しかし、もう相模国まで来てしまっている。今から引き返すのでは間に合わない。もう書き直しもきかない。困ったぞ。

 そんなとき、配下の忍者、蝉丸が言うのだ。
「それがしが行って参りましょうず。ご一行はゆるゆると進んでくだされ。三日後に清水の宿でお会いしましょうず」
 そしてあなたの書状をもらい、去ってゆく。あなたは半信半疑で旅を続ける。

 そして三日後、駿河国の清水港に着く。あなたはひと風呂浴びて汗を流し、さて夕飯でも食うか、と部屋に戻る。そこに蝉丸がかしこまっておるのだ。
「これを」
 おお、確かに殿の直筆の密書。しかし、おまえ、神奈川から秋田に戻り、そこからまた静岡まで、二百里近くある。それを三日で走破したというのか?
「忍者なら当たり前のことでござる」
 ござる、ってねえ。

 忍者にも増して役に立つのが泥棒だ。もちろん、現役の犯罪者を部下に持つような物騒なことはいけない。若い頃は泥棒の名人で、「だんご小僧」などというちっとは名の知られた盗賊だった。それがふとしたきっかけで廃業し、商人を始めた。もともと愛想が良く利にさとい性だったので繁盛し、相当の大金を蓄えた。それが酔狂であなたの男気に惚れ、頼みもせぬのに勝手に子分になってついてきたのだ。廃業したとはいえ元の裏稼業仲間とのつきあいは広く、裏情報に詳しい。表の商売での情報網も広い。あらゆる情報に通じている。おまけに金持ちだ。
 あなたは幕府の放った刺客も撃退し、ようやく伊勢まで着いたのだが、ここで困ったことが起こった。同行していた娘、楓が誘拐されたのだ。あなたと夫婦を偽装してここまで来たのだが、ずっと夫婦のふりをしているうち、お互い憎からぬ思いを抱くようになってしまったのだ。それに家老の娘だ。死なせたりしたら申し訳が立たない。なんとしても奪還せねばならぬ。
 しかし手がかりは何もない。世を忍ぶ旅ゆえ、奉行所に訴えるわけにもいかない。利口な作者ならここで手がかりをいくつか残して、あなたに推理させる、という手法を使わせるのだが、なにせこの作者は馬鹿なので、推理だのトリックだのはまるで思いつかないのだ。困るあなた。と作者。

 そのとき、元盗賊の商人、藤兵衛があなたに言うのだ。
「この話、あっしに任せておくんなせえ。なに、三日も経たねえうちに探し出してみせまさあ」
 なぜいつも三日なのだろう。
 そして藤兵衛は表裏の稼業人に情報を求める。景気良く金をばらまいては雲助や女中、乞食にまで聞き込み、みごと楓の居場所と誘拐の背景を突き止める。得意顔であなたに説明する。

「津の街道での襲撃が失敗したんで、幕府隠密が楓どのを誘拐したんでさ。もちろん、それを種にあんたをおびき出して斬ろうって算段でさ。ところが藤堂藩の奉行職に中村兵庫、梅軒って兄弟がいる。こいつが揃って悪でね、楓どのを奪ってあんたを操り、幕府と朝廷を手玉に取ろうって魂胆だ。腕の立つ浪人者を集めて幕府隠密に襲いかかった。いくら忍者でも白昼に剣をとっては武芸者の敵じゃねえ。皆殺しだ。ところが牢を覗いても誰もいない。剣戟の間に楓どのを連れて行かれちまったんだから連中も間抜けだ。実は牢の見張りが金目教っていう最近羽振りのいい邪教の信者でね、教祖様の指令で楓どのを連れていっちまったんだ。なんでも金目教の筆頭巫女、これにはいろいろと煩い条件があるそうだが、楓どのはすべての条件を満たしているんだそうな。ま、そんなわけで、楓どのはいま宇治にある金目教団の総本山、その奥の院に幽閉されています」

 おお、そうだったのか。しかし、たった3日で、そんな複雑な事情、どうやって探り当てたのだ?
「へへっ、蛇の道はへび、ってやつでね」
 やつでね、ってねえ。
 そして藤兵衛は蝉丸とともに楓の奪還に向かうのだ。
 ああ、そんな便利な配下がいれば、楽なのになあ。
 作者が。


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