フーズフー宮沢

 どうも最近、宮沢章夫という人が気になってしょうがない。
 新潮文庫の最新刊「わからなくなってきました」によれば、肩書きは劇作家、演出家、作家。大学時代、竹中直人と同級生だったらしい。その竹中、いとうせいこうと「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」なるユニットを結成。
 これがいかなるシステムなのか、この短い紹介文では何も語っていない。ラジカル、とシステム、は何だか意味がありそうだが、ガジベリビンバとなると皆目見当がつかない。直訳すると「ガジベリビンバ過激派組織」である。何か危険そうだ、という印象以外に何も教えてくれない。凄くガジベリビンバなのか。ガジベリビンバをもっと輸入せよ、というのか。ガジベリビンバでない者は死ね、とでも言うのか。
 ガジベリビンバ、という語感だけで、かなり過激そうなのだが、それがさらに過激だと、どうなるのだろうか。ガジャンドガベリビギズババーン、などというものになるのだろうか。

 わずかに「作・演出を担当」という手がかりがあるのみだ。宮沢氏は何かを作り、演出した。それが劇なのか、コントなのか、手品なのか、はたまた破壊計画なのか。やはりここは過激派組織だけに、一番最後の可能性が高いような気がする。
 しかもそれが「小劇場界に衝撃を与えた」というのだ。小劇場界、などというものがこの日本国家に存在すると言うことも初耳だが、それが衝撃を与えられた、というのもまるきり初耳である。
 小、というところに鍵があるに違いない。大劇場界には衝撃がなかったのだ。大は平気だったが小は衝撃を受けた。これはつまり、弱い者苛めみたいなものだろうか。やはり小さな劇場の方が、警備が手薄で、襲いやすかったからだろうか。竹中、いとう、宮沢の三人は、そんなに悪い奴だったのだろうか。過激派の名が泣くぞ。中核派だって、ちゃんと大企業に爆弾を仕掛けたんだ。お前らも大劇場界に衝撃を与えるべく努力したらどうなんだ。

 さらに宮沢氏は、「八八年、仕事を離れ、マダガスカルで数ヶ月生活」したそうだ。なぜ数ヶ月か。おそらく数ヶ月では、現地で仕事する暇もあるまい。学校に通う暇もあるまい。まあ英会話学校のサマースクールくらいなら何とかなるだろうが、それならアメリカかイギリス、踏ん張ってカナダ、というところに行くべきだろう。ヨガのサマースクールなら隣のインドだろう。
 これはひょっとして、逃亡、とか、潜伏、と称するべきものではないだろうか。ひょっとして破壊計画が失敗に終わり、警察の捜査の手が伸びてきたのではないか。マダガスカルは政権が不安定で警察網もまだ整備されていない。しかも日本のマグロ漁船が多くここで操業しているので、密航は容易である。ヨーロッパにも近いので、潜伏にはうってつけの国である。

 さらに帰国後、「遊園地再生事業団」なるものを結成したそうだ。これがまた、よくわからない。紹介文では「劇団」とはっきり書いているにもかかわらず、本文中では「べつに劇団ではない」と書いている。どっちなんだ。
 再生、というからには、やはりガジベリビンバを再生しよう、という志なのか。ガジベリビンバは遊園地のことだったのか。マダガスカルの首都タナナリブから西に二千二百キロ行ったところに、世界有数の遊園地、ガジベリビンバ遊園地があるとでもいうのだろうか。そこには世界最大の観覧車があって、あまりに大きいので頂上では成層圏を超え、みな窒息して死んでしまう。そのため営業停止処分となってしまった。宮沢容疑者はそこの再生計画として、ゴンドラの気密化、開閉口の二重ハッチ化、地上からの酸素供給ホースと非常用酸素ボンベの設置を進言したのだろうか。
 それとも戦後の共産党が、革命路線をいったん放棄して、歌って踊って共産党、愛される共産党、というスローガンを掲げたのに倣ったのか。遊園地という美名の元に、いったん崩壊したガジベリビンバ過激派組織を再建すべく、潜伏先からひっそりと帰国したのか。そして今は、大劇場界に衝撃を与えるべく、綿密な破壊計画を練っているのか。

 しかし不思議なのは、そんな過激な人が、九十二年には戯曲「ヒネミ」で岸田戯曲賞を受賞したことである。永山則夫は殺人犯の死刑囚のため、日本文芸家協会への入会を拒否された。宮沢容疑者はまだ殺していないとはいえ、それ以上に恐ろしい計画を立てていた人間なのだ。芝居の世界は文学の世界よりリベラルなのだろうか。
 ところで岸田って誰だろうか。岸田劉生だろうか。しかし画家の名前を冠した賞を戯曲に与えるのは納得がいかない。いやいや、妙なところで結びつきが生じるのはよくあることだ。ひょっとしたら、「麗子像」みたいな怖い顔の女優が出てくる戯曲に与えられる賞かもしれない。
 それとも岸田秀だろうか。精神的に病んだ戯曲に与えられる賞なのだ。
 あるいは岸田森かもしれない。俳優だけに、これがいちばん可能性が高そうだ。もちろん、岸田森みたいに怖い顔の俳優ばかり出てくる戯曲に与えられる賞なのだ。

 ううむ、どちらかというと、宮沢章夫という人の方が、「わからなくなってきました」。わからないながら、なんだか大変に危険な人のようである。あまり近づかない方がよろしい。


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