話し方入門
 しばらく友人と「侍ごっこ」という遊びをやったことがある。
 別に刀を振り回すわけではない。普段通り酒場で馬鹿話をするのだが、話し方を侍っぽくするのだ。
「慶応の高橋うじが読売棒球団に仕官致したそうな」
「左様。父の借金、肩代わりにて召し抱えし読売の小細工、笑止なり」
「金がものいふ世の中なれど、腐れ果てたる末世かな」
「いかにも」
 国文で「江戸時代の口語表現」を専攻した奴などいない。
 時代劇と歴史小説でそれらしい言い方を持ってきただけなので、侍言葉も文語も混同している。
 そのあと「貴族ごっこ」もやった。
「山一の局が幕を降ろしたでおじゃる」
「まことに儚きことよのう」
「さあれど三塚のおとど、なすすべなきこと、あはれにてもいみじうものぐるほしけれ」
「まっこと笑止なり」
 貴族言葉をろくに知らないので侍が混じってしまった。
 なにしろ氏素性の悪い連中ばかりなので。こちらはすぐにやめてしまった。
 それにしても、今でも近衛家とか三条家では「おじゃる」と言っているのだろうか。まさかね。
 「天皇ごっこ」もやったことがある。今のではなく昭和天皇のほう。
「全日本女子プロレスが潰れましたな」
「あ、そう」
「井上や豊田は他団体に行くとしても、心配なのは小人プロレス」
「あ、そう」
「JWPやLLPWでは拾ってもらえんでしょう」
「あ、そう」
「吉本ならどうだろう?池乃めだかも参入するとか」
「あ、そう」

 全然会話が盛り上がらないのですぐやめてしまった。

 これはやったことないけど、漢詩で話すのもいいかも知れない。

「月朧にして美酒喉を滑る」

「紅葉闇を染めて鮭脂乗りたり」

「然れども我等、何ぞ嫁の来ざるや」

「嗚呼それ偏に人徳の至らざるか」

 しまいには喧嘩になってしまう。

 


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