中日ドラゴンズに就いて

 さて今日はセリーグの覇者、中日ドラゴンズである。中日といえば名古屋である。山本正之でもある。中日新聞でもある。名古屋については以前書いたので今さら書くこともあるまい。山本正之についても同じところで書いた。そこで中日新聞について書く。
 
 中日といえば巨人の真のライバルとして知られる。
 阪神が巨人のライバルだと思っている人が多いがそれは違う。阪神と巨人は共存共栄の関係にある。選手やファンがどう思おうと、球団の首脳は巨人人気のおこぼれにあずかることだけを考えている。「巨人と最後まで競り合って二位になるのが理想」とある球団社長が公言した通りである。
 西武が巨人のライバルにされた時代もあったが、西武は巨人を無視していた。まともな球団経営、まともな野球を追求しただけだ。旧式野球、旧式経営の象徴が巨人だった。それを乗り越えるのが西武だった。そこにはライバル関係はない。新旧交代の思想があるだけだ。パンクラスの船木が大仁田厚をライバルだと思っていないのと一緒である。

 なぜ阪神や西武が巨人のライバルでないのか。野球思想のことは置いても、球団の母体が違う。巨人の母体は読売グループ。読売新聞、日本テレビ、等のメディア企業体である。それに対し、阪神は阪神電鉄。日本有数の弱小電鉄である。西武は西武電鉄、国土開発、西武デパート、西友など、電鉄、建築、流通の日本有数のコングロマリットである。規模の大小はあるが、どちらも読売グループとは競合する部分がない。競い合う必要がないのだ。共存共栄できるのだ。
 しかし中日は違う。中日新聞だ。東京では東京新聞になる。大阪では大阪新聞なのか確認したことはない。全国的には読売新聞に負けるものの、中京地区では読売を抑えてトップシェアを誇る。東京では朝日新聞と読売新聞の拡販競争が盛んだったが、名古屋での中日新聞と読売新聞の競争はそれ以上だったという。その戦争の尖兵となったのがジャイアンツとドラゴンズの野球戦争だったのだ。いわば中日新聞は山口組、読売新聞は本多会。ジャイアンツが山村組、ドラゴンズが打越会となって、広島ならぬナゴヤドームで仁義なき野球戦争を繰り広げたようなものだ。お互いに負けられない闘いだったのだ。

 やはりライバルというのは「かぶる関係」が本流ではないかと思う。ひとつのシェアを奪い合う関係。そいつがいるからオレが日の目を見ない、という骨肉の争い。源氏と平家。足利尊氏と新田義貞。項羽と劉邦。山口組と本多会。吉田茂と鳩山一郎。エノケンとロッパ。ジャイアント馬場とアントニオ猪木。宮本武蔵と佐々木小次郎。ジョーと力石。大伴昌司と南山宏。北杜夫と遠藤周作。小林旭と石原裕次郎。アメリカザリガニとニホンザリガニ。大豊とジョンソン。ライバル争いに敗れたものは去らねばならぬ。たまに両方去る場合もあるが。

 ライバルであるためには、お互いが相手を認めていることが必要である。東条英機と石原芫爾は世間ではライバル視していたが、石原は東条を「あんな田舎役場の書記程度の頭脳しかない馬鹿なんかライバルじゃない」と馬鹿にし、東条は石原を自分の出世街道の路傍にある石ころ位にしか考えず、ライバル関係は成り立たなかった。野村監督が長嶋監督に敵愾心を抱いていることは有名だが、ただ長嶋監督に関して認めているのはその人気だけであり、正常なライバル関係と言うべきかは疑問である。

 中には、片方だけがライバル意識を燃やすという、片思いライバル関係がある。アントニオ猪木は初期の頃からジャイアント馬場にライバル意識を抱いていたが、馬場は晩年まで猪木を単なる後輩と思っていたようである。石野真子の名曲「ジュリーがライバル」だって、沢田研二はファンの女の子の恋人のことなんか知らないよ。
 自己紹介などで「尊敬する人物を書け」というような欄があるが、そこを、「ライバルだと思っている人物を書け」という風に直してみたら面白いのではないかと思う。そして公開するのだ。いっそ、世間の有名人は自分のライバルを公開しなければならない定めにしたらどうだろうか。対決ムードを煽り、盛り上がるかもしれない。意外な発見があるかも知れない。

 アナウンサーが叫ぶ。
「さて、浅香光代さんのライバルは……、おお、やはり野村沙知代さんです」
 ライバル評論家が冷静に分析する。
「やはり『口やかましいおばはん』というキャラがかぶってますからねえ。これは必死でしょう」
「次は名指された野村沙知代さん……おおっと、これは意外、ジャクリーヌ夫人です!」
「ちょっと高望みが過ぎるんではないですかねえ」

 ライバル視するのは自分と同等か少し優れた人間くらいにするのがコツである。あまりに有名な人間をライバルにすると不幸が多い。「ドストエフスキーがライバルだ」などと言って小説を一行も書けなかった文学青年は数多い。日本にいるうちから「グリフィーがライバルです」などと言うと社長に睨まれて一生飼い殺しの上骨折しても治療してもらえなかったりする。「マケドニアの英雄アレキサンダー大王が、蒙古の英雄ジンギスカンが、コルシカの怪物ナポレオンが、ナチスドイツの天才ヒトラーが、いずれも望みながら成し遂げられなかった大いなる夢を、いまワシが実現するのだ!」などと叫ぶと入院させられてしまう。

 さて私のライバルは、などと書くと途端に弱気になってしまう。雑文の世界は広がったがそのぶん新しい才能が輩出している。高校生とか大学生とか前途有望な怪物もいっぱいいる。いやいや、みなさんの珠玉の文章読ませてもろて、勉強させていただきますわ。いやホンマ。まあいいじゃないか。あの菊池寛も売れない頃は久米正雄に「キミたちの口添えで年に二回くらい、ボクの小説を売り込んでもらえないか」と懇願していたのだから。


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