チャーシュー分類学

 レストランガイドのラーメン屋評価やラーメン食べ歩きブログなどを拝見すると、ラーメンの評価は一般的に、
「一にスープ、二に麺。三、四がなくて五にチャーシュー」
 というものらしい。
 むろん、焦がしネギや焦がしニンニクに焦がれるロースト民、スープに浮く脂の玉にだけ興味があるファットマン、メンマをあくまでシナチクと呼ぶ昭和固執者、モヤシのシャキシャキ加減を気にする屹立部、つけめんの温度だけ気になるヌルリスト、高菜を先に食べると激怒する博多野郎、麺が見えるラーメンなんかラーメンじゃないというジロリアン、肉骨粉のザラザラを舌で愛でる天下一武闘派なども存在するが、しょせん少数派である。

 チャーシューとは叉焼と書き、もともと中国食品である。
 上海や香港や台湾の食い物屋が並ぶ通りには、ほぼ必ず店がある。店先でディスプレイのように丸ごとのガチョウをでっかいフォークに刺し、ぐるぐる回転させながら炙っている。後ろには飴色になったガチョウ、アヒル、鶏、子豚などが丸ごとぶら下げられている。皮がぱりぱりして美味い。
 客が一羽なり一斤なりを注文すると、店員が中華包丁でぶった切って渡してくれる。それを持ち帰るか、店の奥にあるテーブルで食う。メシにぶっかけて食う客が多い。こういう店では、麺を売ってるのは見たことがない。チャーシュー麺でなく、チャーシュー飯。
 その他にもチャーシューを細かく刻んで饅頭に入れることもあるが、チャーシュー麺はあまり見かけないようだ。

 東南アジアにはバーミーやフォーなどという麺類が発達している。トッピングに載せる肉類は鶏、豚、牛、なんでもあるが、いずれも水煮であり、チャーシューのように味付けした肉ではない。朝鮮半島の冷麺も、載せるのは水煮した鶏肉だな。
 台湾には牛肉麺という、牛のぶつ切りを八角や醤油などで煮込んだものをスープ麺に載せた料理があるが、これはイスラム伝来の料理で、もともと味つきの牛肉スープに、麺も入れてみましたというものらしい。朝鮮半島で、肉を煮込んだ塩味スープにソーメンを投入するコムタン麺、ソルロンタン麺というのがあるが、あんな感じか。

 してみると、ラーメンという料理にチャーシューという料理を載せて成立するチャーシューメンは、カツ丼や焼きそばパンと同じく、日本発祥のものらしい。
 いかにも日本らしいというかなんというか、ラーメンに載せるチャーシューも、さまざまなラーメン屋で各種流派が乱立し、戦国模様となっているらしい。
 その中でおおまかな分類だけを把握していくことにしよう。

 まず製法としては「煮豚系」と「焼豚系」に二分される。
 煮豚系は豚肉を醤油や香味野菜で煮たもの。最後に軽くあぶって焦げ目をつけることもあるが、あくまでも煮込みが主体である。別名「角煮系」。
 焼豚系は逆に、味をしみこませるために醤油で煮ることもあるが、あくまでもローストが主体である。チャーシューの原型に近いものといえよう。だから別名「叉焼系」。
 食材に着目した分類では「豚バラ系」「豚ロース系」がある。このほかにも豚足、豚ガツ、豚レバーなどが用いられることもあるが、これらはチャーシューの範疇から外されることが多い。

 さらに食感として、「トロトロ系」と「ミチミチ系」に分類される。
 基本的にはトロトロ系は煮豚系豚バラ系、ミチミチ系は焼豚系豚ロース系に多い。
 トロトロ系は豚肉をじっくり煮込んでいるので、箸でつまんでちぎれるほど柔らかい。口に入れるとおのずから赤身はほろほろと崩れ、脂身はほどよく抜けてしっとりとした舌触り、歯などまったく使うことなく口中にじんわりと広がりねっとりした旨みが全身にしみわたるようでああもうなんというか幸せ。
 ……えーと、ミチミチ系は豚肉の形を失わずしっかりと存在を主張しているので、いかにも肉!という感じで存在を主張しており頼もしい。箸などではちぎれないので、塊のままほおばって噛み締めると、肉特有のミチミチした食感が歯を刺激してこれがたまらない。筋が少々あっても強引に食いちぎると、原始人の野生を取り戻したかのような錯覚におちいり、こんなしっかりした肉なのに芯までちゃんと味がしみていて野生と文明のハーモニーが身体中でシンフォニーを奏ではじめていやもうたまんない。

 ……えーと、さらにチャーシューは見た目の分類として、「ラウンド系」「スクエア系」がありまして。
 ラウンド系は豚バラ煮豚系が多く、必然的にだいたいトロトロ系になる。
 長めの長方形である豚バラ肉を、ぐるっと丸めてタコ糸で縛り、強引にドーナツ状の円形に仕立てる。これをとろとろ煮込むとあら不思議、タコ糸を外しても丸いままの形状を保つのだ。客に出すときはこれを縦に薄切りし、ラーメンに載せる。
 ラウンド系の利点はなんといっても、「赤身と脂身を等分にかじれる」というところだ。豚バラ肉はご存知のように脂身と赤身が層をなしている。このままの形だとどうしても、赤身と脂身を分離して食うことになりがちだ。ラウンド状にすることにより、どこからかじっても一部は赤身、一部は脂身となる。マツダのロータリーエンジンにも匹敵する大発明といえよう。ラウンド状のチャーシューをぱくっといくと、脂身と赤身のほどよい比率が口中に広がり、それがおのずから崩れてゆくとともに黄金比率のハーモニー味覚が全身に広がってさらにぱくっといくとここも黄金比率のほろほろほろほろでラーメンのスープと麺も加わって4色問題の黄金比率が未解決の謎とともに全身をかけめぐりああもうみどもも果てそうでありんす。

 …………えーと、スクエア系というのはむろん無加工で豚肉をそのままチャーシューに加工したものでありましててやんでぇ加工なんかいらねぇんでぇウマいもんはウマいもんをそのまま食うそれ以外何があるってんだべらぼうめ口に入れてみやがれ歯で噛んでみやがれ舌で味わってみやがれそのまま飲み込んでみやがれ肉だろう肉だぞこのみっしりした肉をだなじっくりと焼酎と醤油と葱生姜大蒜で煮込んでじゃあっと炙って分厚く切ったやつにあんぐりと歯を立てて噛み締めて咀嚼して肉汁をしたたらせて喉の奥に送り込んでがっつりと飲み込んで唇の脂をしゃぶってスープをほとばしって麺を頭からかぶって唐辛子をすりこんでニンニクを鼻につめて胡椒をぶちまけて冷蔵庫に突進して麺箱をひっくり返してカウンターを唐竹割りして咆哮して落涙して狂喜して乱舞して衣服を脱ぎ捨て煮えたぎる鍋に飛びこんで舌を噛んで中華包丁で自害して


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