我が闘争

 先日からアマゾンに執拗におすすめされているものがある。
「クッキンアイドル! マイ!マイ!まいん!」のDVDである。
 説明しよう。まいんとはNHK教育テレビで平日午後5時40分から50分まで放映されている「クッキンアイドル!マイ!マイ!まいん!」という番組の主人公である。
 NHK教育テレビのサイトによると、

「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」は“食べることって楽しい! 作ることって幸せだ!”をテーマに、子どもたちが「食」について楽しみながら学べるアニメと実写で構成される番組です。
アイドルを目指す小学5年生の主人公「まいん」が、歌って踊れるお料理番組の司会者として奮闘する、笑いあり、恋ありの芸能界サクセスストーリーです。
食を通じたコミュニケーションと調理体験を通して、子どもたちが「食」について心の底から楽しいと感じ興味を持てるような番組作りを目指します。

 という番組内容である。
 ところが、まいんちゃんを演じた福原遙のあまりの可愛さに、大きな子どもたちのファンがついてしまった。
 2ちゃんねるの相撲実況スレでは、これから大関陣の好取組、というところで、
「まいんちゃん始まるから俺、抜けるわ」
 という実況者が続出し、私もつられてチャンネルをNHK総合から教育に変えてしまうほどの人気者である。
 つまり、まいんちゃんは、大関より強い。
 私の中では、まいんちゃんは琴光喜や魁皇を軽くひねり、絶好調の日馬富士や琴欧洲をものともせず、かろうじて優勝争いをしている把瑠都が互角に戦えるか、というほどの強豪である。把瑠都もまいんちゃんに似て笑顔がかわいいからな。

 しかし、なぜ私のような実直に生きてきた人間に、アマゾンはまいんちゃんのDVDを執拗におすすめするのか。
 気になったので、最近のアマゾンでの購入履歴を調べてみた。
「KGB」(古書)
「ラジニーシ 堕ちた神」(古書)
「非実在青少年読本」(予約)
「うつろわざるもの〜ブレス・オブ・ファイア4 5巻」(漫画)
「室町時代の社会−商業、貨幣、交通」(古書)
「暗殺国家ロシア−リトヴイネンコ暗殺とプーチンの野望」(古書)
「薬物乱用の本−覚せい剤からシンナー、大麻まで」(古書)
「毒物犯罪カタログ」(古書)
「FIX−世界麻薬コネクション」(古書)
「クンサー−この麻薬王と知ってはならない黒い世界」(古書)
 かろうじて「非実在青少年読本」にまいんちゃんのいぶきが感じられるが、私ならこういう注文履歴の人物には、「チョコレートからヘロインまで」や「毒薬の手帖」や「戦国三悪−ダーンジョ、ウキッタラー、ドーサンッキー」をおすすめしようと思うぞ。

 それなのになぜアマゾンは私にまいんちゃんのDVDを執拗におすすめするのだ。
 はっ、もしかしてアマゾンの宅配業者に見られているのか。
 あれは単なる宅配便業者だと思っていたのだが、アマゾンとは世をいつわる偽の名前。実は世界にまたがる秘密結社ゲドンの諜報部員で、配達する家に盗聴器と小型超高性能カメラを仕掛け、私の書斎の壁に貼っている水野あおいのポスターから、LDプレイヤーの横にある「魔法のプリンセスミンキーモモLDBOX」、書棚に並ぶ「ロリコン大全集」「美少女まんが大全集」「コミックLO」、果ては押し入れに隠しているミンキーモモのTシャツとGA文庫抱き枕に至るまで調べあげているのか。違う、抱き枕だけは、大西さんにおすすめされたから買ったんだ。あれについては大西さんに聞いてくれぇ。
 そして「お客様へおすすめします」とは、実はお前の情報はすべてゲドンに筒抜けだ、おとなしく魂を売り渡して世界征服に協力せよ、という脅迫メッセージなのか。いや、私は負けない。闘う。どこまでも闘うぞ。おまえたちゲドンに協力などするものか。世界の平和と少女の笑顔を守るため、私は世界各地で闘うのだ。

 悪の秘密結社ゲドンと闘う日々のなかに、ひとときの休息を求めて、私はラオスフェスティバルに行った。ラオスは、インドのタンドリーチキン、タイのトムヤムクン、ベトナムの生春巻きのような名物料理こそないが、インド料理やタイ料理やベトナム料理をラオス風にややマイルドにアレンジした料理がなんでもある。ビールはビアラオ。ラオスのラム酒、ラオディを使った各種カクテルもあった。
 そこでしばらく飲んだり食ったりバザーを見て回ったりしてから、私たちは渋谷のNHKスタジオパークへと向かった。ラオスの首都はビエンチャン。つまり、ビエンチャンからまいんちゃんへの旅ということになる。

 ところがNHKスタジオパークにはまいんちゃんがいなかった。
 「龍馬伝」という聞いたことのない番組で使った、江戸時代の古ぼけた臭そうな衣裳や、「ゲゲゲの女房」という、これも聞いたことのない番組で使う、うだつのあがらない家屋のオープンセットがあるだけ。NHKアーカイブでは子供番組として「南総里見八犬伝」「ひょっこりひょうたん島」「プリンプリン物語」などが展示されていたのに、まいんちゃんは影も形もない。
 最後にスーベニアショップに行ったが、そこにもどーも君というどーでもいい人形やななみちゃんとかいう月並みな人形が並んでいるだけ。
「まいんちゃんグッズはないのですか」と店員を追及したら、「これだけなんですけど……」と渡されたのが、「クッキンアイドル マイ!マイ!まいん! パーフェクトレシピブック」という本一冊だった。
 そんなわけで今、私の家にはまいんちゃんのレシピブックがある。この秘密だけは、ゲドンから守りきるつもりだ。それにしてもこのレシピブックは、小学生に過酷な調理を強制するな。ビシソワーズとかカオマンガイとか、難易度の高いメニューが並ぶ。当然、トンカツはない。トンカツなどという下賤な食い物は、まいんちゃんにふさわしくないからな。だいいち、油がはねて、まいんちゃんのぷにぷにしたほっぺがやけどしたらどうするつもりだ。

 そこでつくづくと考えたのだが、アマゾンが隠密まで放って利用者の嗜好を調査しているのにくらべ、NHKは勝手に集まってくる聴取料収入にあぐらをかいて、視聴者のニーズをとらえていないのではないだろうか。
 私だったら視聴者のニーズに合わせ、NHKスタジオパークを大改造する。
 アフレコ体験コーナーでは、おじゃる丸やななみはお払い箱だ。まいんちゃんの声にあわせて食の妖精・ミサンガの声をあてるコーナーとする。むろん、まいんちゃんに別な声をあてるのは重罪に値する。
 とびだすハイビジョンシアターで放映する3D映画は、もちろん「まいんちゃんの3Dクッキング! 包丁が飛び出す! ガスバーナーの炎に囲まれる!」だ。
 NHKアーカイブは、まいんちゃんの成長の軌跡を、民放の協力も得て、「恋の時間」「魔法先生ネギま!」「1ポンドの福音」など、2005年から5年間の育ちっぷりを如実に示す等身大スチール写真により、見学者にわかりやすく展示する「まいんちゃんアーカイブ」とする。
 そしてスーベニアショップは、まいんちゃんグッズを大量に開発する。まいんちゃんDVD、まいんちゃんの飛び出す絵本はむろんのこと、まいんちゃん人形、まいんちゃんキーホルダー、まいんちゃんストラップ。それも全国、いや全世界のバージョン展開だ。メイド服を着た秋葉原まいんちゃん、大根を抱いている練馬まいんちゃん、シーサーのかぶりもの沖縄まいんちゃん、チマチョゴリの韓国まいんちゃん、アオザイのベトナムまいんちゃん、ターバンを巻いたタイガー・ジェット・まいんちゃん、地雷を踏んだアンコールまいんちゃん、ビキニスタイルのエロマンガ島まいんちゃん、「こんなこともあろうかと」と秘密兵器を取り出すはやぶさまいんちゃん。
 さて、ドイツのまいんちゃんはどうしようか。
 決まっているではないか。褐色の軍服、鉤十字の腕章、そして右腕は高く掲げ、左腕には書物を持っている。
 書物の題名は「まいん・カンプ」である。


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