漢たちの世界

 最近、「アニキ」という言葉をよく聞くようになった。
 昨年までは、アニキといえば阪神の金本選手のことを指すと相場が決まっていた。2ちゃんねる阪神スレや阪神タイガース公式掲示板では、「オッスオッス金本アニキ」「アニキ、お手術ご苦労さんッス」「アニキ、今年もフルイニングお疲れさんッス」のような書き込みがよく見られた。
 ところが昨今、アニキブームによる語意の拡大現象が起こり、「アニキが集う理髪店」「アニキ系ファッション」「アニキ現象」などという言葉がマスコミではびこりつつあるようだ。
 しかし、「アニキ」とはいかなるものか、という定義がなんとも難しい。アニキとはヤクザのことか、というとそうでもないし、カタギに限るのか、というとそうでもないらしい。

 とりあえず、元祖アニキこと金本選手が愛読書としてあげていた、「週刊実話」と「実話時代」を買ってきて、アニキ学習をしようと思った。「週刊実話」は近所の本屋でわりに簡単に購入できた。
 ひととおり読んでみたが、記事のタイトルだけあげてみる。
「山口組、全国を統治する”忠勇無比”の侠たち」
「梶原一騎23回忌特別対談、実弟・真樹日佐夫×梶原夫人」
「全国の姐さん競演・刺青艶姿ヌード」
「歌舞伎町潜入ルポ・人妻集う白昼ハプニングバー仰天酒池乱交」
「今週の怪文書」
「流星の群れ―安藤組解散、その後の戦い―」
「ようこそ甲州プリズンへ」
「祭り炎上ガセネタ上等!インターネット噂の真相」
「冷めた炎 稲川会二代目 石井隆匡会長の生涯」
「元兵庫県警マル暴刑事の裏事件ファイル なにわ交渉人猿」
「地下格闘技界の帝王が衝撃の引退宣言!?」

 ところが、「実話時代」のほうはなかなか売っていない。近所の本屋やコンビニで探すのを諦め、本のメッカ池袋に走った。ところがそこでも、西武池袋書籍館で売り切れ、東武池袋の旭屋書店でも売り切れ。すでに時代はアニキブームなのか。アニキの集う書店に行かないと入手しがたいのか。
 いっぽう、ない本はないはずのジュンク堂では「その雑誌は取り扱っておりません。お取り寄せもお断りします」との衝撃回答。おそらく「アニキの集う書店」化を懸命に阻止すべく、利益を捨てても企業としてのリスク回避を行ったのに違いない。
 やむなくアマゾンで購入した。本当にアマゾンは何でも売っているなあ。
「それは山一抗争終結から始まった 写真に見る激動の平成20年間」
「マフィアの食卓 オレンジやトマトに彩られた凄惨なマフィオーソたちのリンチ事件」
「極道の哲人 侠魂一灯」
「虚構のトバリが今宵も降りる ススキノ狂騒曲」
「なに考えてんでしょうかねえ 少し、怒ってみんですか? 三代目侠道会会長補佐 森田健介」
「鯨道―土佐游侠外伝―」
「修羅の構造 堅気とヤクザを隔てるもの」
「山口組最新情報 『脚下照顧』の組指針の下、本格始動」
「ヤクザのいる街角 第30話 聖戦(ジハード)T」
「三代目時代から現六代目まで菱番カメラマンが撮った 山口組25年の動と静」
 この雑誌は記事もすばらしいが、読者投稿欄「仁義なきひとこと」が素晴らしい。全員本名で、ふざけたハンドルネームでの投稿などみじんも見られないのが漢である。
「『破邪顕正の侠道』の記事を読み、一人一人の心構えが居並ぶ姿に表れているようで、場内に満ちたピンと張りつめた空気が雑誌を通してこちらにまで伝わってくる気がしました。『一枚岩の団結』というのは、まさにこういうことを言うのでしょうね。さすが、四代目工藤會です!」
「『堅気とヤクザを隔てるもの』を読み、任侠会にとって盃事は極めて重要かつ神聖であり、当事者はもちろん組織にとっても鉄心石腸になっていくと感じました」
「任侠道に生きる熱き漢たちの生き様を、熱く心に聞かせ読んでいます」
 そしてここにも、昨今のアニキブームを思わせるニューカマーの投書が投稿されているのであった。
「貴誌に接して興味を持ち始め購入した者です。任侠の世界は一般社会とかけ離れたものとの先入観がありましたが、記事を読み進めるうちに相通じる箇所もあり、新しい一面を見た思いです」

 以上でアニキの主な興味、関心事がある程度うかがえると思う。エロスとバイオレンス。闇社会指向。漢気と義理人情の世界。バイオレントでアナーキーでアウトローであり、小市民的な価値観や選民的なスノビズムとは無縁の世界である。

 これらの要素をとりいれ、僭越ながら「アニキ十則」を作ってみた。
一.年齢は30代から40代まで。それより下だとヤンキーかチンピラであり、それより上だと親分になってしまう。
二.髪形はパンチパーマ、角刈り、丸坊主のいずれか。染めるなどはもってのほか。黒髪こそがアニキの証。
三.装飾品は金のチェーン、金の指輪、金のネックレスなど、金製品に限る。銀はヘビメタや邪気眼どもにくれてやれ。
四.職業はヤクザであるとは限らないが、ヤクザが大好きでなければならない。
五.衣服はできるだけ身体の横幅、特に肩幅が広く見えるものを選ぶ。スリムパンツやハンサムスーツなどもってのほか。
六.ヤクザと共通するファッションセンスがあるが、「親分」のように和服ではなく、「チンピラ」のように軽くもない。
七.背は高からず低からず。中肉中背を旨とすべし。少しくらい太っているのはかまわないが、固太りでなければならない。ぶよぶよは論外。
八.眼光が基本的に鋭く、ときに優しくあれ。いずれにせよ、つねに目が光ってなければならない。
九.読書では「実録」「実話」「裏」などの表題を好むべし。「癒し」や「ゆるい」などという表題の本は今すぐ投げ捨てろ。
十.一匹狼を信条とし、組織に埋没することを許さず。ただし、「アニキ」と慕ってくれる若い者は大事にすべし。

 個人的な知人で、アニキになれそうなのは歳三さんですかね。顔は濃いし、最近恰幅もよくなってきたし。あれでパンチパーマにしてアニキファッションに身を包めば、「歳三アニキ」と新宿の人気者になることうけあい。
 Patrickさんもいいなあ。東北からバンでやってくる漢気もあるし、体格も恰幅も合格値。あとはファッションとバンの改装だけですぜ、Patrickアニキ。できればアニキらしいハンドルに改名も。

 「アニキ」について調べているうち、私もアニキになりたくなってきて、さっそくパンチパーマを手配しようと思ったのだが、アニキ十則の八をはたと思い出した。
 私はこれまで「チョウチンアンコウが海岸に打ち上げられたときのような濁った死んだ魚の目」や「トムソンガゼルの幼児がライオンの群れに取り囲まれたときのような怯えて泳いだ目」と評されたことこそあるものの、「鋭い目」とはいままで一回も言われたことはなかったのだ。
 やはりマニラの百貨店裏でカツアゲされるような人間は、生涯アニキにはなれないのでしょうか。鋭い眼光でチンピラを退散させるくらいでないと、アニキにはなれないのでしょうか。もしもアニキになれないのだとしたら、アニキよ、私をお守りください。


戻る          次へ