女海賊とバルバロッサ様がみてる

「なんだその、海軍兵学校ってのは」
 ニーナは訊ねた。
「海軍やない。海賊兵学校、や」
 メグマレン・ド・ムーラ船長は、辛抱強く説明した。
 この男も歳をとった。
 かつて乗っていた「海の猛虎号」は老朽化し、新造船「海の荒鷲号」に乗り換えたが、船主に建造費をけちられたため、帆柱が折れたり、大砲が中古ばっかりだったり、いろいろと不具合が出ているという。
「いま海賊は、えらく人材難や。ニーナも知っとるやろう。原因はイギリスや」
「イギリス?! カスミ教団か!」
 ニーナは思わず、素っ頓狂な声でわめいた。
「なにをわけのわからんこと言ってる。イギリスは国教会に決まっとるやないか」
 ド・ムーラはぼやきながらも、説明した。

「イギリスはスペインの無敵艦隊を破り、海の覇者となりよった。海の支配を固めるために、イギリスは手っ取り早く海賊をスカウトして海軍に獲得しにかかったんや。ジョン・ホーキンズ、フランシス・ドレイク、トマス・キャベンディッシュ……みんな先代の女王に謁見して、サーの位を頂戴した連中やな。最近はイギリス人だけやない。力のある海賊ならだれでも、片っ端から声をかけて回っておる。海賊のほうも、今まで通りスペインやフランスの船からの略奪はやり放題、国の後ろ盾があって、伯爵だのなんだのとちやほやされたら、そらイギリスの家来にもなるわな」
「あたしんとこには、何の話も来ないけど」
「そらお前、スカウトは一流の海賊だけや」
「ちょっとぉ」
「ホンマのこと言うただけや」
 ド・ムーラ船長は、ラムの水割りををぐいっと呑んで、ひと息ついた。
「それで海賊の人手不足や。このままじゃどうにもならん。だからみんなで話しあってな。若手の海賊が出てくるのを待つだけやない、わしらで海賊を育成しようという話になった」
「あたしんとこには、何も言ってこなかったぞ」
「そら、お前らここ半年ほど、どっかへ雲隠れしとったやないか」
「それは爆発でパラレ……うっ」
 ニーナの口を手のひらでふさぎ、堀川安之進が乗り出した。
「で、学校を作るというのか」
「そや。ウノ・ミール枢機卿に相談したらな、あいつも育てることには積極的でな。カネも出してもらえることになった」
「で、俺たちに何の用事だ?」
「おまえ、ヤスとかいうたな、剣術教師として学校に来てほしい」
「それは……」と言いよどんだ安之進を押しのけるように、ニーナがしゃしゃり出てきた。
「あたしは?」
「おまえに学ぶようなもんが、どこにある?」
「ひっどぉい」
「と言いたいとこやけどな」
 ド・ムーラ船長はラムの水割りの残りを、ぐいっとあおった。
「人手不足のご時勢や。ニーナにも担任教師として来てもらいたい」

 ド・ムーラ船長が帰ったあと、安之進はニーナを叱責した。
「あんなこと言い出すな。爆弾で違う世界に飛ばされたなんて言ったら、気が違ったんじゃないかと思われるぞ」
「だからって、いきなり口を掌でふさぐことはないじゃない……唇ならともかく、って、いや、あっ」
 勝手に赤くなっているニーナを無視して、安之進はひとりごちた。
「俺だって、あの体験が本当にあったのかどうか、どうやって帰って来れたのか、自分でもよくわからない気分だ」
「それって、作者に都合のいいセリフだよね」
 わけのわからないことを喋りながらも、ニーナは、重太郎や鈴音たちのことを、妙に遠い、おぼろげな記憶として感じていた。

 数日後。
 教会を改築した海賊兵学校の一室に、「校長室」と書いた札がさがっている。
「もうそろそろ、来る頃やろ」
 その部屋の中でド・ムーラ船長は、ひとりでにやにや笑いをしている。
 そこへ、ドアを蹴倒すような勢いで、ニーナがころげこんできた。
「お、来よったな」
「なんなんだよあたしのクラスは!!!」
 怒りで全身を紅潮し、ふるふると慄えながら、ニーナはわめきたてた。
「挨拶も満足にできない引きこもり、脳みそ花園娘、身の丈3メートルの番長、どっかのお嬢様気取りのバカ娘、亜人種、ロボット、ゴリラ、ヘビメタ……あのクラスは絶望教室か、それともクロマティ高校か?」
「まあ、よく考えてみろ」
 ド・ムーラ船長はニーナに椅子をすすめながら、にやにやと笑った。
「前途有望な生徒をおまえに預けて、潰されたら元も子もないからな。ダメモトって生徒を、おまえに預かってもらうことにしたんや」


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