正平とぼくと南蛮人と

「ククク、こりが教団本陣の見取り図なのれすよ」
 鉄砲寮の一室で、ぼくらは密談をしていた。ぷりちぴんくだったか、そういう名前の女の人が、なんだかごわごわした感じの薄いものを広げた。羊皮紙というんだと、寧師匠から聞いたことがある。
「本陣から船着き場へは、この糒蔵に隠してあるボートで行くのれす。こりは極秘中の極秘事項なのですよ。むふーん。これを探り出せたのも、世界に冠たる怪盗のあちきだからなのです。なのです」
「そりゃ、教祖本人だからわかるよな」
 安之進さんは興味なさそうに、ぼそっと言った。
「失敬な。あちきは怪盗ぷりちーぴんく。カスミ教団とは何のかかわりもない、一介のアサシンなのです。なのです」
「率爾ながら、ちと物を尋ねんべいが」
 鈴音がふたりの言い争いに、強引に割ってはいった。
「ふ、ふ、ふりちん貧苦と申したんべいか、おぬしは」
「わが名はぷりちーぴんくなのれす!」
「いや失敬いたしたんべい。ところでぷりちーぴんくとは、いかなる意味でござあるか」
「たしか柳師匠の南蛮語の授業だと……」
 ぼくは、昔習ったことを思い出そうとした。
「ぷりちは可愛ゆい、ぴんくは桜色という意味だったと思う」
「さよう、可愛ゆい桜色。いまは無名だが、世界では無敵の実力をひめるアフリカの怪盗なのです。なのです」
「アフリカってチュニス?」
 いきなり安之進さんがわけのわからないことを言い出すので、ぼくはびっくりした。女の人がそれ以上にわけのわからない返答なので、ますますびっくりしてしまった。
「びゅびゅ、あのときはつい間違えてしまっただけなのれす。とにかく右だから一緒なのれす。アジアとアフリカを間違えるくらい、コロンボさんに比べれば些細なことなのれす」
「語るに落ちたな」
 安之進さんは、勝った、というように腕組みをした。
「カスミ様、どういうわけなのか、われわれに説明していただけはしまいか」

「……教団は大きくなりすぎたのです。しくしくしく」
 その女の人、いやカスミ様は、しばらくの沈黙ののち、かぼそい声で語りはじめた。
「カスミ教はあくまでしみつの結社でなければいくないのです。しみつを知った者はあまりの恐ろしさに、狂って死なねばいくないのです。信者はユッグゴトフの古き神々の祭壇で犠牲とならねばいくないのです。ときの政府に弾圧されなければいくないのです」
「……そういえば」
 安之進さんはつぶやくように言った。
「カスミ教団は初期には信者がたったの五人、それも、ひとりは非業の死をとげ、三人はいずこともなく失踪、たったひとりの生き残りも、あまりの精神的ショックを受けたためか、酒浸りとなって生ける屍も同然のありさまと聞く」
「ククク、人類が触れることあたわぬ忌まわしい真実を、たとえ一瞥なりとも垣間見てしまった人間は、そうなることが宿命なのです。なのです」
「ちょっと待つでござるぞ」鈴音が口をはさんだ。
「ずんと馬鹿馬鹿しい話を、一体なんとおっ始めているべい? この火薬の時代に、邪神とか呪いとか、お主ら正気でござあんべいか?」
「鈴音」とぼくは注意した。「いちいち死亡旗印をつけないで」
「しかし俺たちを自分の教団の船に乗せて、本拠地の英国に案内して、何をさせようというんだ?」
 安之進さんはカスミ様にたずねた。その顔色は、深い疑惑と、まったくの不信感のあいだをたゆたうようだった。
「鉄砲の人たちはあちきの火薬が欲しいのでしょう。ならば、あげましょう」
「おい、話がうますぎるぞ」
「そして爆発させたいのでしょう。爆発サセナサーイ」
「わざと南蛮人なまりにするのはよせ」
「あちきの教団を、本拠地を、こなごなのこっぱみぢんこにふっとばすのでーす!いぇーい!」
「いぇいじゃねえ。気違い沙汰だ」
 安之進さんは立ち上がった。
「こんな奴にかかわるのは危険すぎる。別な手を探そう」
「そうだよ。教団がいやになったから爆破するなんて乱暴だよ」
 ぼくも安之進さんに同意した。
「教団から身を隠すとか、別人に化けて別な教団を立ちあげるとか、もっと穏健な手段があるんじゃないかなあ」
「そりもやってはみたのです。シクシクシク」
 カスミ様は今度は泣き真似をはじめた。
「あるときは片目の運転手、またあるときはインドの魔術師、ある時はチャイナドレスの姑娘、またあるときはアトリエの錬金術師と、身をやつして逃げてはみたのですが、なぜかいつもつかまりてちまうのれすよ。シクシクシク」
「まあ、その扮装じゃ、かえって目立つわな」
 安之進さんは冷たく評した。

「だいいち、お主のその装束、桜色には見えぬべい」
 鈴音がまた余計な口をきいた。ぼくは、よせ、と鈴音の袖を引いたのだが、かまわず続ける。
「むしろ小豆色と言うほうが、ずんと実情に近いでござるぞ」
「闇に隠れ闇に生きるアサシンには、このような暗めの色が好適なのれす。なのれす」
「しかしお主、顔もとくと丸うござんべいし、小豆餅に色も形も似てござる。如何であんべい、ぷりちん貧苦などという、とんとわからぬ南蛮語よりも、小豆餅人と名乗んべいか。さすれば子供に人気が出ること必至」
「びゅびゅびゅびゅびゅ」カスミ様はついに怒りだした。
「あちきは怪盗ぷりちーぴんく。誰がなんと言おうとそうなのです。丸いのは出産に備えてちょっと食べらりすぎただけなのです。すぐ元に戻るのです」
 とわめくカスミさまの顔を見ると、やっぱり丸かった。


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