同伴奇譚

 先々週の火曜日、携帯に電話がかかってきた。
 ここ最近馴染みになっている、ススキノのキャバクラ「夜の声」のユウナちゃんだ。
 職場だったので、同僚や上司の目を気にして、にやけた顔になるのを警戒しながら、声を低めて話した。
「桐川さん、土曜日はお休み?」
「うん、普通に休みだけど」
「じゃあ、あたしと同伴してくれないかな」

 キャバクラでいう「同伴」というシステムは、女の子が夕方、客とともに店に出勤することだ。
 むろん、その前に食事だとか見物だとか、デートっぽいことを行う。
 その分、「同伴料金」として店から追加料金をとられる。
 店の閉店後に女の子を連れ出す「アフター」と同じ自由行動だが、「アフター」は店がはねた後の深夜の自由行動。必然的にホテルに行くわけだが、「同伴」は出勤前の昼間だから健全である。その分、女の子も安心である。
 店としても客が確保できるし、営業時間外に稼ぐこともできるし、一石二鳥だ。
 たいがいの店では、女の子に月何回かの同伴出勤をノルマにしている。

 要するにノルマがやばくなったんで電話してきたんだろうが、それでも悪い気はしない。
 顔がにやつくのを抑えることもできず、ほいほいと承諾した。

 土曜日の正午、ユウナちゃんと駅前で逢った。
 ユウナちゃんはジーンズに淡いラベンダー色のトレーナーという、ラフな恰好だった。
 いつものおっぱい丸出しのミニスカートという恰好と違いすぎるので、ちょっと萌えてしまった。
 ふたりでスープカレーを食いに行った。
 そのあと中島公園を散歩した。
 ユウナちゃんはそこでもとうきびと白い恋人ソフトクリームを食べた。
 ちょっと食い過ぎなんじゃないかと、からかったのを憶えている。
 夕方はビストロに入った。
 ユウナちゃんはここでも、十勝仔牛のローストと、海の幸のムニエルを食べ、ケーキをふたつ食べた。

 八時になったので「夜の声」にでかけた。
「いらっしゃいませー。あら桐川さん、早いのね。くちあけよ」
 これも馴染みのパインちゃんが出迎えてくれた。
「だってほら、同伴だから」
「同伴、誰と?」
「ユウナちゃんさ、ほら」
 振り返ってみたが、ユウナちゃんはいなかった。
「おい、どこに隠れてるんだよ」
「ヘンな桐川さん」
「いや、ホントだってば」

 パインちゃんは信じてくれていないようだったが、とりあえず店に入った。
 ユウナちゃんはお茶目な娘だから、きっとそのうち「ばぁ」とか言って出てくるんだろう。
 ところが、十二時までいても、ユウナちゃんは出てこなかった。
 変だな、とは思ったが、終電の時間になったので、その日は家に帰った。

 パインちゃんから電話がかかってきたのは、まだ寝ていた翌日の朝だった。
「桐川さん、きのうユウナちゃんと同伴したって言ってたわね」
「うん、あいつ出てきたか。ひどいよ。シャレにならん、もう同伴も指名もしてやらないぞって、言ってやって」
「ユウナちゃん、おとつい死んだんだって」

 ユウナちゃんは金曜日の朝、店から帰るとき、酔っぱらい運転のダンプにひかれて即死だったそうだ。
 亡霊となっても愛する人に想いが残ったのか、それとも約束を果たそうとしたのか。

 どうにも妙な気分だったので、気分直しのために、先週の火曜日にもキャバクラに行った。
 まあ何もなくても、週に二日はキャバクラに行くのだが。
 「夜の声」は敬遠して、これも馴染みの店「みどりの想い」に行った。
 そこでガーネットちゃんを指名し、わっと呑み騒いだ。
「カエルにはサテライトオスってのがいてね、そいつは弱くて鳴き声も小さいんでメスを呼べないんだ。だから強くて大きい声のオスのそばにいてね、メスが何匹も寄ってくると、そのうち一匹をぱっといただいちゃう」
「へぇー、そうなん」
「これぞ動物版フラレナオン作戦」
「桐川さんって詳しいんやねー」
「まかしときいな」
「なんで桐川さんまで大阪弁やねん。でもうち、桐川さんの案内で円山の動物園行ってみたいな」
「よーしパパ同伴しちゃうぞー。ガーネットちゃんはええこやしなあ」
「うれしー。でもなんで大阪弁の真似すんのよ、もー」

 で、先週の土曜日、ガーネットちゃんと待ち合わせて、ホタテラーメンを食って、円山の動物園に行って、寿司屋に入って。

 ……………………。

「それで店に行ったら、またガーネットちゃんがいなくなったの?」
「うん。……で、ガーネットちゃんは水曜日に心臓発作で緊急入院して、それきり死んだんだって」

「……そんなわけだ。だからもう同伴はいやだよ。怖いよ」
「なに言ってるのよ。女の子が続けて死ぬことだって、たまにはあるわよ」
「だって、俺、たしかにデートだってしてるんだぜ」
「そんな気がするだけよ。気のせいよ」
「俺って、呪われているのかなあ」
「なによ、くよくよ考え込んじゃって。桐川さんには似合わないわね。じゃ、厄払いしましょうか」
「どうするんだよ」
「あたしと同伴してよ」
「だから同伴はいやだって……」
「大丈夫よ、あたし強運なのよ。桐川さんみたいなステキな人に出会えたくらいだもん」
「強運かなあ……」
「細かいことは気にしない。ね、じゃあ土曜日にね」

「おはよーございまーす」
「おはよーぢゃないわよ。遅い、遅刻だかんね」
「きょうは同伴だからいいじゃない、ね?」
「あれ、きょうは同伴なの?」
「そうよ、桐川さんと。だいたい桐川さんが食べるの遅いから……」
「桐川さんって、どこ?」


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