ロード・オフ・ザ・リング:二つの代紋

 高くそびえる高層ビル。その入り口には、でかでかと「守堂組」の看板がかかげられている。
「猿間の野郎、オヤジが死んだら、出目のオジキをシャブ漬けにしやがって、あげくの果てに組を割りやがったか」
 ビルを見上げながら、吐き捨てるように呟く男がいる。
「そんだけやないでっせ。守堂組の連中ときたら、シャブやチャカは売りまくりよる、街中で素人衆にインネンつけよる、目の飛び出るようなミカジメ料をふっかけ、断ったら店の中で大暴れしよる、族あがりの礼儀も知らん連中を組員にしてのし歩きよる、そらもうムチャクチャでっせ」
 ひどく小柄だが、がっしりした体つきで、もじゃもじゃの髭を生やした男が、最初の男に寄り添うようにささやきかける。
「たしかに、ワシらは道をふみはずしたヤクザもんじゃ。しかしな、カタギの衆に迷惑はかけちゃなんねえ。あのクサレ外道、ブッ潰さにゃなんねえ」
 この男こそ、権堂組中興の祖といわれた三代目組長・荒師龍のひとり息子、荒五龍である。
 権堂組四代目の本命とまで言われながら、なぜか四代目を若頭補佐の出目反次郎に譲り、飄然と旅に出た。その足で世界の極道を訊ねてまわり、男を磨いたため、「渡りの五龍」の異名をもつ。

「しかし兄貴、守堂組の力はえらいもんです。三万の兵隊を擁し、この中州をほぼ制圧して資金源も潤沢。うかつに逆らったら命取りになります」
 ひどく背の高い男が、五龍に忠告する。この男の名は飛鳥零吾。北海道に覇をとなえる駿台会の会長の息子でありながら、あるとき駿台会に草鞋を脱いだ五龍の男に惚れ、兄弟の杯を交わし、彼につき従っている。
「あほんだら。ケンカは人数や金でするんちゃうわい。度胸と腰のすわった男がつっこめば、勝てんケンカはないわい」
 隣でわめいたのは、さっきの小男。守堂組に潰された黒居組の生き残り、金夢李である。
「そう熱くなるな金。おめえの遺恨、きっとわしらで晴らしてやるさ」

 守堂組は、もともと荒五龍の親父、荒師龍が組長だった権堂組から別れた。
 三代目組長、荒師龍の跡目をめぐる争いがきっかけであった。師龍の息子・五龍は、若頭補佐だった出目半次郎を四代目に指名し、みずからは旅に出た。ところが、それに承伏しなかったのが若頭の猿間樹太郎であった。
 猿間は側近の栗間を使い、言葉巧みに誘って、出目をシャブ中毒にする。シャブ中で組長がぼけてしまい、統率力が低下したと見るや、組の大半をひきつれ、守堂組を設立。かつて隆盛を誇った権堂組は、シャブ中の組長出目と、その息子原見が率いるわずかな手勢しか残されなかった。
「なに、わしに策がある。見ておれ、そのうち必ず」
 五龍は不敵に笑った。

 そのころ、北海道を出発した三つの影があった。
 ふたつの影は、小柄だがひどく敏捷である。彼らも守堂組に滅ぼされた、褒美連合の残党である。風人と砂武と称しているが、本名は誰も知らない。
 それを先導するように走る影は、さらに小さい。彼は駿台会からつけられた道案内である。剛苦力と称しているが、本名かどうかもわからない。道案内ではあるが、どこかあやしげなところのある人物である。
 抗争の資金源とすべく、駿台会から金の指輪を託され、それを五龍に渡そうと旅立ったところである。
「風人のぼっちゃま、どうでがんしょ、あそこで奇麗な姉ちゃんが手を振ってくれてるんでがすが、あそこでちぃと休むなんてことは」
「ダメだよ砂武、あれはキャバクラといって、危険なところだ。あそこに引きずり込まれると、魂を奪われてしまうぞ」
「ウキィ、このへんのキャバクラは、みんな坪川組の息がかかっているウキィ。坪川組の組長は守堂組若頭の舎弟だウキィ」
「そうでがんすか。ではそこのスープカレーの店にでも」
「それよりせっかくの北海道だから、鮨でも食うウキィ」
「生魚を食うなんて野蛮でごんす」
「てめぇはカレーばっか食ってるからデブなんだウキィ」

 木曽の山奥に、江戸時代から続く由緒正しい渡世人がいた。
 その名を遠藤組という。木遣りを生業としており、仁義を重んじる古風なタイプの極道であった。
 そこに五龍のもとから派遣された、ピンゾロの哲とウールの免が、彼らを説得している。
「守堂組を叩かにゃ、極道のケジメがつかんのです。どうかご協力を」
「しかし、わしらは長い間、平和にやってきた。いまさら争いの渦中に身を投じようとは思わぬ」
「それじゃ、仁義はどうなりますか、極道のケジメはどうなりますか」
「そういわれても……、わしらは、自分の身に降りかかった火の粉は払う、しかし敢えて火事場につっこもうとは思わぬ」
 議では説得できないと思ったふたりは、遠藤組組長を高山の街に案内する。そこでは、守堂組系列の暴力団員がやりたい放題であった。カタギの衆をカツアゲする、酒場で酔って暴れる、拳銃をふりまわす、といった無法地帯と化し、一般人も観光客も逃げだし、火の消えたようなありさまとなっていた。
「おお……なんということだ……極道の仁義、地に堕ちたり……よろしい、哲さん、免さん、微力ながら力をお貸ししますぞ」

「ぼっちゃま、せっかく仙台に寄ったんでがす。牛タンと笹カマボコで一杯くらい」
「ダメだよ砂武、ぼくたちは先を急ぐんだ」
「ウキィ、それに仙台には、侯爵会というおそろしい組があるんだウキィ。そこの女親分は、あらゆるものを吸い込むというおそろしい女なんだウキィ」
「ぼ、ぼっちゃま、あの黒い奴は?!」
「いかん、猿間が送り込んだ鉄砲玉だ! みんな逃げろ!」
 黒の暴走族に追われて逃げまどう三人。

 まだ抗争は始まったばかりだ。


戻る          次へ