科学の世界に名を残せ

 久しぶりに懐かしい名前を聞いて、駄目になってなかった昔の頃を思い出したり。

 今年二月、発見された新彗星は、「池谷・張彗星」と命名された。静岡県の池谷薫(五十八歳)さんにとっては通算六個目、三十四年ぶりの彗星発見。
 池谷さんといえば高知の関さんと並び、コメットハンターとして天文少年の憧れの的だった。「天文ガイド」などの天文少年購読雑誌には、よくふたりの名前が載っていたものだった。
 ふたりで発見した池谷・関彗星は、地球にきわめて近く接近し、薄暮の空に明るく輝き、大きな尾をひいて、世界中の人々の目を楽しませた。アマチュアの名前が彗星につけられ、それが世界中の人の知るところになったのだ。
 これが千九百六十五年のこと。私がまだ二歳のときだったから、まさか今でもまだ活動しているとは思わなかったのだ。はたち頃から、ずっと続けていたんだね。

 プロの学者なら科学の世界に名を残すチャンスはいくらでもある。「ダーウィン進化論」だとか「フレミングの法則」などのように、教科書に載ることだって不可能ではない。もっとも、後世の学生に、「この髭じじいが余計な発見しやがったせいで生物の教科書が難しくなっちまったぜ」や、「このフレミングって野郎は左手の法則も右手の法則も自分の名前をつけやがって、なんてあつかましくてややこしい野郎なんだろう。ひとつくらい他の学者に譲ってやればいいのに」などと悪態をつかれ、あまつさえ頭にアフロヘアを描かれたり鼻の下に鼻水を描かれたりするかもしれないが。
 しかし、アマチュアのあなたが、科学の世界で名を残すチャンスは少ない。その少ないチャンスのひとつが、天文学の分野である。
 遠く離れた銀河を観測したり、火星や木星に探査衛星を送り込むような仕事は、専門の天文学者の独壇場だ。望遠鏡の規模といい、資金といい、アマチュアには太刀打ちできない。
 しかし低倍率の望遠鏡で毎日広範囲の天空を走査してまわる、労多くして功少ない分野となると、アマチュアの仕事である。望遠鏡で毎日毎日、同じ星空を見て回る。その中で他の恒星と違う動きをする星があれば、彗星か小惑星だ。彗星と小惑星の新発見は、アマチュアの仕事である。
 彗星の場合は「池谷・関彗星」のようにあなたの名前をつけてもらえるし、うまくするとひじょうに明るくなって全世界の人に注目してもらえる。しかし小惑星は残念ながら、肉眼で見えるほど地球に接近することはない。おまけに発見者は命名の権利こそ持つが、自分の名前をつけることは許されていない。せいぜい、自分の好きな有名人の名前で我慢するしかない。
 日本人が発見した小惑星では、「Tezuka(手塚治虫)」「Kinugasa(衣笠幸雄)」「Tamakasuga(玉春日)」「Yakusimaru(薬師丸ひろ子)」などというのがある。もっとも中には、飼っている犬や猫の名前をつけた豪の者がいるから、まだあなたの名前を残す可能性は残されているかも。

 天文学以外には、博物学という手もある。
 さすがに哺乳類や鳥類などの大型動物はほぼ発見され尽くし、植物や爬虫類などにしてもチベットやアマゾンに行く専門の調査隊でないと発見できないが、まだ海の動物や昆虫などでは日本国内でも新種を発見する可能性が残されている。ダイバーや昆虫マニアが新種を発見することもあるのだ。
 生物の学名や和名は、専門の学者でないと命名できないが、発見者に敬意を表してあなたの名前を折り込んでくれることもある。もっとも、「シモジョウチビゴミムシダマシ」や「ウスヨゴレシモジョウクソムシ」では、敬意を表されているのか馬鹿にされているのかわからなくなってくるが。

 最後の手段としては、医学の分野がある。
 ふつうの病気の場合は、あなたの名を残す可能性はほとんどない。あなたが世にもまれなる珍病だとしても、その病気の名前として残るのは「ダウン症候群」や「ベーチェット病」などのようにあなたではなく、あなたを診察した医者のほうだ。まあ、あなたがとほうもなく幸運にも、首がふたつあって、ふたつの首で漫才ができたりすれば、「リタ=クリスティナ」のように医学史に名を残せるかもしれないが。
 むしろ、精神医学の方面、特にコンプレックス関係を狙ってみる方がよい。
 あなたが奇妙な性的衝動にかられて著作を残せば、うまくゆくと後世の精神医学者がそれに注目し、その性的衝動にあなたの名前を付けて報告してくれるかもしれない。たとえば、サディズム(マルキ・ド・サドの小説や実生活に見るような、相手を傷つけたい衝動)、マゾヒズム(ザッヘル・マゾッホの小説や実生活に見るような、相手に傷つけられたがる衝動)などのように。
 たとえば、将来こんな症例が精神医学の分野で報告されるかもしれない。

 ジャッキー・コンプレックス:親バカになって思うさま娘を賛美したいという衝動と、それは恥ずかしいことだという理性のはざまに捉えられて身動きできなくなった状態。身動きはできないが、更新頻度は上がる。
 下条症候群:ロリータ・コンプレックスと阪神タイガース愛好が奇妙に混合し、阪神を無能力な幼児とみなしたがる傾向。阪神が強くなることを望んでいると口では言いながら、深層心理では自分より駄目であり続けることを切望している。
 アマディズム:おむつ愛好・ぷにぷに嗜好と、まったく相反する八等身崇拝との矛盾に引き裂かれ、その心理作用によってむやみにうどんを食べたがる異常性愛のこと。この場合うどんは、白い色=おむつの象徴、しこしこした食感=ぷにぷにした幼児の触感の代用、麺の長さ=八等身への憧れ、を現す。


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