キャラクターはこうして生まれる

「君たちもご存じのように、わが社の業績は悪化の一途を辿っている。これもひとえに、わが社のキャラクター商品の伸び悩みからだ。サンリオのキティ、ディズニーのミッキーとまでは言わない。せめてブロッコリーのでじことか、サンエックスのこげぱんとか、バンダイのたれぱんだとかアフロ犬とか、えだいずみのすしあざらしくらいのヒット商品が必要なのだ。企画部の諸君には忌憚ない意見を望む」

「部長」
「なんだね」
「わが社は百円ショップ、もしくはゲームセンターの景品など、おもに廉価なぬいぐるみが主力商品です。かといってルパン三世やウルトラマンなど、既成のキャラクターの権利を買い取るほどの金もありません。ですから狙う路線は、やはりゲームセンターのUFOキャッチャーで人気が出た、すしあざらし、こげぱんなどのオリジナルキャラクターの線だと思います」
「なるほど、その通りだ。で、きみに何か案があるのかね」
「はい。両者ともヒットの対象は女性です。男性がUFOキャッチャーでこげぱんやすしあざらしのぬいぐるみを取ろうとするのも、女性にプレゼントするためです」
「ふむふむ」
「なにが女性に受けたか。第一は癒し系、もしくは脱力系といわれているその雰囲気です。いまの若い女性は努力を嫌います。ですから、努力しなくていいんだ、今のままでいいんだ、と言ってくれるキャラクターを喜ぶのです」
「確かにそうだ」
「第二にかわいさがありますが、ここで注目すべきは、『かわいい』に『かわいそう』の感情がまじった、『かわいいそう』という感情がみられることです。たれぱんだは、あまりにたれているので身動きできず、人の慈悲にすがって生きています。すしあざらしは道ならぬ異種交配の末生まれた、いわば罪の子です。そしてこげぱんだは、カマドの中でこげたため売り物にならない、みじめなパンなのです」
「それはかわいそうだ」
「つまり女性は、『自分は努力も根性もないけど、それよりもっと情けないキャラクターがここにいるわ。ああかわいいそう』と見下せるキャラクターを歓迎するのです」
「うむ」
「ですから私が提案するのは、この『かわいいそう』路線を追求した、これです」
「ただの牛じゃないか」
「いえ、これは検査でクロ判定を受けたため、食肉にもしてもらえない哀れな子牛なのです」
「もういい。きみは出て行け」
「な、名前は、よろけうしくん……」
「追い出せ!」

「しかし部長、彼の企画はともかくとして、意見はかなり正鵠を射ていると思います。やはり『かわいいそう』の路線ははずせないのでは」
「……」
「ビクトリア朝のイギリス人がディケンズに出てくるような『身ぎれいな貧乏人』を歓迎したように、今の女性は乙武くんのような『かわいい身障者』を求めているのです」
「うむ。で、きみに何か企画はあるのかね」
「私の提案するのは、シリーズ化によるスケールメリットです。多くのキャラクターをシリーズとして提供することにより、消費者を飽きさせず、しかもひとつの作品世界を構築することができる……」
「なるほど、複数キャラクターによる独自ワールドか。それはよさそうだ」
「あくまでも仮称ですが、シリーズ名称は『かたわっ子純情』です。第一弾はこれ、『びっこうし』……」
「貴様もおんなじじゃないか! 出てけ!」
「いえ、でも第二弾が『めくらへび』、第三弾が『つんぼいぬ』、第四弾が『きちがいばと』……」
「このダメ人間め! きみもクビだ! 追い出せ!」
「あ、そのキャラ、いただき……」

「部長」
「きみもくだらぬこと言ったらクビだぞ」
「いいえ、先輩たちはちょっと企画が過激すぎたと思います。私は新しい路線で企画を立ててみました」
「……」
「昔から女性が好きなのは、噂です。昔は井戸端会議や会社の給湯室、今は携帯やパソコンのメールで情報交換するのが、女性の楽しみです」
「ふむ」
「とくにマスコミの取り上げない芸能人のスキャンダル、街の怪談、ちょっとした秘密、都市伝説、そういうものに夢中になります」
「そうだな」
「私はこの都市伝説をキャラクター化することを提案します」
「しかし、トイレの花子さんなんかは、もう映画になっているぞ」
「いえ、私が提案するのは企業とタイアップした都市伝説キャラクターです。大企業とタイアップすることにより、より大がかりな戦略を展開することが可能に……」
「そんなうまい話があるのか」
「第一弾はこれ。マ○ドナルドと提携して発売する、『ミミズバーガー』です。第二弾は松○と提携して『カエル牛丼』……」
「きみもクビね」
「リストラ電機ってのもよさそうだなあ」

「部長」
「きみもクビになりたいか」
「いえ、わが社の製品が売れないのは、ひとつはデザイン部門の貧弱さが理由です。もうひとつ斬新なキャラクターをつくる力が、うちのデザイナーにはないのです」
「それもそうだが」
「ですから今回は、オリジナルキャラクターを避けた方がいいと思います」
「しかし、キャラクター権を買う資力がないのだ」
「買う必要はありません。ちょっと変えればいいのです」
「そんなことしたって、ディズニーなんかすぐ訴えてくるぞ」
「アニメや映画は、確かにその点が厳しいです。だからそれは避けましょう」
「ほかに何があるのだ?」
「年末にふさわしい企画です。いつも年末に入ると、新聞で『ことし亡くなった主な人』なんて記事を組むでしょ? あれに便乗して、『冥界物語』と名付け、ことし死んだ人の人形を」
「しかし、肖像権というものがあるだろう」
「なに、大丈夫ですよ。大阪ではレーガンの顔マスクを『外人』と称して売っていたくらいです。ちょっと名前を変えてやればいいんですよ、山田風太郎を山田ぷぅ太郎とか」
「なんか、今までの意見に影響されたせいか、いい企画のように思えてきた」
「まずそうですね、山田風太郎、古今亭志ん朝、三波春夫、横山隆一、アンソニー・クィン、ジャック・レモンといったラインナップで」
「そのへんなら顔も売れているな」
「そしてですね、盛り上げるために隠しキャラを制作します。千個に一個の割合で、プレミア付き人形を」
「どんな人形だ?」
「そうですね、『そのうちお邪魔します』と称して、森繁久弥、北杜夫、ジョージ・ハリソンなんかを」
「やっぱきみもクビ」


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