恋人よ、花で語れ

 花言葉というものがある。
 むろん花言葉とはいっても、「植物だって愛情をこめて話しかければ反応があります。ほらほら植物さんだって喋るんでちゅよ。ん〜、今日はいい天気でちゅね〜」「イエ〜ス」というものではなく、花にこめられた人間の想い、恋心、情熱、感情、懇願、激情、呪縛、呪詛、怨念のことである。ああ怖ろしい。

 たとえば赤いバラの花言葉は「情熱」、すみれは「誠実」、バンダの花は「戦友」、ひなげしの花は「愛の涙は今日もこぼれそうよ」、赤いスイートピーは「半年過ぎてもあなたって手も握らない」、オリーブの首飾りは「最先端歌舞伎町ウハウハレポート、もしくはインチキ手品師、あるいは悲しき天才」を意味する。これらは有名だから、知っている人も多いだろう。
 さらにマイナーな花言葉になると、イキシアの「団結してことに当たろう」、キスツスの「私は明日死ぬでしょう」、オダマキの「のろま、愚鈍」のように、どういう場面で使えばいいのかわからないものもある。オケラの「金欠病」のように、駄洒落としか思えないものもある。

 さて、世の恋人たちは、これらの花を贈りあうことによって、花で会話する。たとえばあなたがうら若き乙女からパンジーを贈られたら、それは「私を想ってください」という控えめな愛情告白であり、白ユリは「私って純情なのよ」というほのめかしである。イチジクの花となると、「あなたの子種を頂戴したい」という純情なほのめかしとなる。イヌノフグリなどという情けない花を贈られても怒ってはならぬ。それは「あなたを信じています」という信頼感の表明だからだ。
 ここで注意しなければならないのは、同じ花でも色が違うと意味が異なる場合があることだ。たとえばあなたが女性から深紅のバラを贈られたら、それは「熱烈な恋」という強烈な愛情告白だ。しかし帯紅のバラの場合は「私を射止めて」というさらに積極的な挑発をあらわす。白いバラは「私はあなたにふさわしい」という高飛車な恋情を意味する。しかし黄色となると「薄れゆく愛情」という反対の意味を示すことになってしまう。だから黄色いバラを贈られた場合、それを帯紅に染めかえすことによって、ひょっとしたらあなたが女性に対して働いた暴行および強制わいせつの罪状を情状酌量してもらえる可能性もある。

 さらに花を組み合わせることによって、複雑な感情を表明する方法もある。たとえば白ユリ一本、帯紅のバラ一本、イチジクの花三本で、「あたしは純情なので口に出しては言えないけど、ああ貴男に犯されたいの! メチャメチャにされたいの! あたしの子宮にあなたの子種をぶちこんで! あなたの子供を三人欲しいの」という情熱的な告白に代えることができる。
 またキワの花一本、イヌノフグリの花一本、アジサイの花三本、アンブロシアの花二本、オダマキの花五本、キンチャクソウの花四本、キスツスの花一本、アイビーの花四本なら、「あなたのこと信頼していたけど、それはとんだお笑いだったわ。あなたって、とんでもないほら吹きね。よりを戻した私が馬鹿だったわ。あなたに全財産を搾り取られ、もう何も残ってないのよ。死んでやる。幽霊になってあなたに祟ってやる。死ぬまで祟ってやる。とり殺してやる」という、少々物騒な意味となる。早く逃げた方がよろしい。

 かように便利な花言葉ではあるが、すこし間違えると意味ががらりと変わってしまうことがある。たとえばヤドリギや藤の花を花束にまぜると、意味が逆になってしまうのだ。
 ヤドリギや藤は大木にまきついて枯らす植物なので、花言葉では他の花の意味を否定する「……でない」という意味になるのだ。たとえばキンレンカは「愛国心」を意味するが、キンレンカと藤の花を組み合わせると「売国奴」の意味になる。これを右翼の連中に贈られたら、斬奸される前に逃げるがよろしい。
 藤の花二本なら、「愛国心がないこともない」となり、ATOKでは「否定の連続」と怒られてしまう。藤の花を三本以上包むのは、日本語文法上、望ましいことではない。逃げるがよろしい。

 それほどでなくとも、花の本数ひとつで意味ががらりと変わってしまうこともある。私はむかし、さる愛らしい女性に赤いバラ二本、ヒマワリ一本、ハクサンチドリ一本、スモモの花二本、ライラック四本、ヒノキの花五本、ゼラニウム三本、かすみ草十四本を贈って、「きみのことを愛する気持ちは、いつも変わらない。けれど先週はつい職場の先輩に誘われて、飲み過ぎてしまったんだ。デートの約束をすっぽかして、本当にごめん。愛情が薄れたなんて、そんなの誤解だよ」という意志を表明したつもりであった。
 ところが誤ってかすみ草を十三本にしてしまったため、「あんたにはもううんざりだ。愛情なんてもうない。職場の先輩とヤケ酒を飲む毎日さ。デート? そんな約束、忘れちまったな」という意味になってしまい、むざんにも恋破れたことがある。

 最後に読者諸兄には、キュウリの花三本、オニユリ二本、ニガヨモギ一本の花束を贈ろう。これは、「とても面白いオチ」という意味である。


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