おふくろの味

 前回紹介した「肉鍋を食う女」では、子供に「かあちゃん、何の肉だべ?」と聞かれた犯人の母親は「山羊だべ。山羊の方が牛肉よりずっとうめえ」と答えている。なにしろ牛の産地だけに、牛肉と味が違うことはすぐ露見するので、あまり食わない山羊だと誤魔化したのだろう。はたして人肉はどんな味がするのか。
 スタンリイ・エリンの「特別料理」によると、人間はアルミスタンの羊の如く美味いそうだ。しかしアルミスタンの羊なんて食ったことがないので分からない。なんでも、アルミスタンの羊は羊肉の王者というべき美味さを誇り、あたかも人肉のようだとか。

 実際に人肉を多食していた意見を拝聴しよう。フィジーやニューギニアでは人肉を食っていた。もっとも、昔から食っていたかどうかは疑わしい。どうも人肉食は、欧米から銃が輸入されて戦争が血なまぐさくなってからの風習らしい。それ以前にも宣教師の報告などあるが、どれも怪しげなもので、決まって「俺達は食わないが、隣の隣の部落の連中は食っている」という話なのだ。インターネットでよく見る「私の友人の友人が体験した話だが」と同じくらい疑わしい。
 とにかく百年前くらいには食っていた。ある酋長の意見によると、「豚に似ているが豚より美味い。もっとも白人の男は煙草臭くて味が落ちる」そうだ。探検家たるもの、煙草をやめることが礼儀である。
 豚に似ているという意見はかなりの信憑性がある。肉のタンパク質は何十種類かのアミノ酸から構成されているが、豚肉のアミノ酸組成は人間にもっとも近い。だから味も近いはずだ。アミノ酸組成が人間に近い方が、効率よく栄養を吸収できる理屈で、だから豚肉は消化がいい。むろん、人肉がもっとも消化にいい究極の健康食品であることは論をまたない。
 調理法はよく分からぬが、バナナの葉にくるんで蒸し焼きにしたらしい。生食はいかん。ニューギニアで人間の脳味噌を生で食う部族がいて、みな狂牛病ウィルスに感染してしまった。運動神経がやられて、みな笑ったような表情で悶え死んでしまったそうだ。ヒトの踊り食いは禁物。

 残念ながら日本では人肉食が普及しているとは言い難い。
 「肉鍋を食う女」や天明の大飢饉、ニューギニアの戦場のような事件は、極端な飢餓という極限状況の例外である。
 上田秋成の「青頭巾」は愛人の死による精神異常。佐川君という人がフランス女を食って有名になったが、今では娑婆に出て、本を出したり、どこかの週刊誌で「私が食べたい女性番付」(見たいなあ)を連載しているそうだから、この人もきっと精神異常で無罪だったのだろう。
 野口男三郎のように薬効を期待しての人肉食というのは結構多い。この人はハンセン氏病の特効薬として11歳の少年を殺し、尻の肉を削いでスープにしたのだが、結核にも効くという説もある。またインポテンツの治療には人間の脳味噌が一番という話を聞いて、墓をあばいては死体を損壊していた男が捕まった事件も明治時代にあった。
 あとは織田信長が敵将の頭蓋骨で作った杯で酒を呑んだり、広島抗争で死んだヤクザの骨を仲間が噛んで復讐を誓った話に人肉食の名残が見られるくらいだ。

 中国では人肉を盛んに食っていた。
 伝説的な名コックの易牙が自分の子供を料理して王に食わせた話が有名だが、飢饉になると子供を交換して食った話や、肉屋で女を買った商人が食う前に犯そうとすると、「肉は売ったが春を売った覚えはない」と自ら鍋に飛び込んだ話など、数多く残っている。中国人の意見によると、「色の黒い若い女が一番」だそうだ。これなら話が早い。渋谷や池袋にたむろしている女子中高生を捕獲すれば、外貨獲得、品位向上の一石二鳥だ。
 第一次大戦後のドイツで肉屋を営んでいたフリッツ・ハールマンは若い男専門で、浮浪者の少年を物色しては夜の友とし、飽きたら捌いて子牛と称し、またはソーセージにして売っていた。彼はなかなかの美食家で、犠牲者の味のみならず容姿にも気を配った。逮捕された後、捜索願が出ている少年の写真を見せられて、「この少年もお前が殺したんだろう」と警官から迫られたが、「こんな不細工な餓鬼、俺は食うのもいやだね」と断固として否定したくらいだ。
 フランスは美食家の国だけに、食人の例も多い。また理性の国だけに、人死にを避けるのが特色である。
 1891年、フランスの公園のベンチで妙な振る舞いをしていた21歳の青年が保護された。彼はハサミで自分の左腕の肉を切り取って食べていたのである。ユージーヌ・Lと名乗るその青年は、人間の肉が食いたくてたまらず、しかし殺人は嫌いなので、やむなく自分の肉を食っていたそうだ。やはりフランスの話だが、食道楽の夫を喜ばせるために、年に1回は自分の肉を切り取って食わせていた優しい妻の話も報告されている。
 イギリスでは、アイルランドの貧民の子供を料理して食べることを勧めたスイフトのパンフレットが有名だが、実例はさほどない。18世紀の救貧院では、埋葬前の死体を奪い合って食ったこともあるというが、これも極限状況であり、独自性はない。ナチスドイツの収容所で、スープに人間の顎が入っているのを目撃された例もある。所員が配給された肉を横流しし、囚人には死んだ同胞を食わせていたそうだ。
 アメリカは過去には目立つ例がない。あれだけ奴隷がいて、殺すのも自由だったのだが、奴隷を食っていた農場主は報告されていない。やはり食文化のない国か。もっともジャマイカでは、26人の少女を殺して食っていた黒人女性が逮捕されたが、これはブードゥー教の影響ではないかとされている。むしろ最近のほうが元気で、少年17人を殺して食ったジェフリー・ダーマーのような人間がいる。この人はなかなか研究熱心で、調理法をいろいろ変えて試してみたらしい。脳のトマトスープ煮込みや、肉の唐揚げ、パテなどが逮捕時に発見された。猿のように頭蓋骨に穴を開け、そこにビネガーを垂らしてみたそうだが、本当か嘘か、犠牲者は2日間歩き回っていたそうだ。

 欧米では現在、人肉食を禁じている。人身売買も禁じている。しかし現在も、養子縁組という形で欧米の老夫婦に売られていくアジア・アフリカの子供達は後を絶たない。
 また臓器移植のための臓器売買も公然と行われており、先日報道されたマレーシアのある島では、島の主要産業が腎臓となっていた。島の男たちがシャツをめくってみせると、一様に横腹の同じ位置に縫合跡がついて不気味な光景だった。
 マクドナルドで人肉バーガーを売り出すのは無理としても、ニューヨークの高級レストランアーケードに中国人料理やモロッコ人料理、タイ人料理が並ぶのは時間の問題と考えられる。


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