オリックスブルーウェーブに就いて

 オリックスの前身阪急ブレーブスには、ひとかたならぬ恩恵を蒙っている。
 むかし「阪急ブレーブスこども会」に入会していたのだ。
 だからといって阪急ファンだったか、というとそんなことはない。ずっと阪神ファンだった。
 ただ、「阪急こども会」と「阪神こども会」では、特典に差がありすぎた。
 「阪急こども会」では、入会した会員にもれなくブレーブスの帽子をくれた。手帳をくれた。宝塚ファミリーランドの入場券が半額になった。ファミリーランドで夏に開催される「鬼太郎おばけ館」の無料招待券をくれた。ボウリング場やスケート場の無料券もくれた。西宮球場のオープン戦全席と公式戦の外野席が無料だった。
 それにひきかえ「阪神こども会」では帽子をくれなかった。遊園地なんか阪神は持ってなかった。ボウリングもスケートもなかった。甲子園球場の外野席も半額になるだけだった。そもそも甲子園は満員なので、外野席に行っても立ち見で、大人の後ろではなにも見えなかった。これでは、どんな子供だって魂を阪急に売るだろう。このことを考えると、阪神を袖にして巨人へ行った上原を非難できないのである。人はファンのみにて生くるにあらず。
 しかし「こども会」の大盤振る舞いによって阪急のファンが増大したかというと、私の例が示すように、そっちの効果は全くなかった。特典だけ利用してテレビで阪神の応援をしていたのである。西宮球場のオープン戦も、阪急対阪神のときだけ行った。一塁側で敵方の応援をしていたのである。そんな子供がいっぱいいた。大人は不機嫌な表情で阪急の旗を振っていた。

 いちど人気者の陰に隠れてしまうと、そこから逆転することはきわめて困難だ。
 阪神と阪急。どれをどう比べても阪急が圧倒的に勝っている。大阪神戸間のみならず京都方面、宝塚方面と手広く線路を伸ばした阪急電鉄に比べ、阪神は細々と梅田と甲子園を往復するのみ。沿線に宅地を開発し、阪急沿線=高級住宅地というイメージを植え付けた阪急に比べ、阪神は戦前からの芦屋に頼るのみ。梅田、京都から果ては銀座にまで展開する阪急デパートに比べ、阪神デパートは梅田の一店のみ。阪急の小林十三は大臣や商工会議所の会頭も務めたが、阪神の首脳がそんな重職に就いた話は聞いたことがない。
 野球だってそうだ。阪神の吉田監督と江夏、田淵がくだらぬ内輪もめをしている間に、阪急は名将上田監督のもと、千盗塁の福本、日本一のアンダースロー山田、スラッガー長池、加藤、新鋭簑田など錚々たるメンバーで着々と黄金時代を築いていた。ついには阪神が逆立ちしても勝てぬ巨人を日本シリーズで再三倒し、日本一V3を達成した。
 なのに人気だけ、阪急は阪神に勝てなかった。

 学校なんかでもそんなことあるよね。俺はあいつより成績もいい。顔だって俺の方がいい。背の高さは同じくらいだ。ギャグのセンスだって俺の方があるぞ。駄洒落だって上手いのに。なのにあいつばかりが何故もてる。もしや、駄洒落がいかんのか。
「うーん、中村くんって、なんかねー、母性本能をくすぐるっていうかー」
 十五の若さで母性本能もないだろう。くそ、俺も母性本能をくすぐってやる。どうだ。こちょこちょ。こちょこちょこちょのこちょ。
「きゃあ、痴漢よ、痴漢よー!」
 ううむ、母性本能はあそこではなかったか。しょうがない。とりあえずドジでも踏んでみようか。えいっ。化学実験室で試薬をがらがらー。あ、火を噴いた。教室火だるま。
「何やってんの。教室全焼じゃないの。どう責任取るのよ」
 そういう言い方はないだろう。母性本能作戦は駄目か。あと、あいつの魅力は何なんだ、女生徒よ。
「ちょっとワルぶってるのにー、こないだ捨て犬を拾ってミルクやってたのよー。優しい!」
 ううむ、少女漫画永遠のパターンだな。しかしな、俺なんか飼い犬を十年間育ててるんだぞ。雨の日でも散歩に連れて行ったんだ。そんな俺より、一瞬ちょっかい出しただけのあいつの方がいいのか。でも、ワル作戦はいいな。ワルがふと見せる優しさ。これで行こう。よーし、バイクだって乗っちゃうぜ。バイクに無茶苦茶な改造しちゃうぜ。へい。入れ墨だって入れるぜ。俺たちゃ極悪連合だい。ぶいぶい。ちと流行遅れだがバタフライナイフだ。浮浪者だってみんなでリンチだ。けりけり。
「きゃあ、犯罪者よ、犯罪者よ。助けてー、中村くん」
 あ、あいつに抱きつきやがった。何であいつはワルで俺が犯罪者なんだ。くそ、ワル作戦はやめだ。頼れる男、ってのもいい作戦だな。よし、頼れる男はまず肉体から。腹筋だ。背筋だ。スクワットだ。僧帽筋だ上腕二頭筋だ大臀筋だヒラメ筋だ、ええい面倒くさい、とどめの大胸筋だ。わはは。どうだ。むきむきー。むきむきー。
「きゃあ、ホモよ。ホモが来たわっ」
 教訓。モテない奴は、どうやってもモテない。


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