▲▲▲▲2007 山の記録(後編)▲▲▲▲
       
2007年から夫婦で山歩きを始めました。夫婦とも還暦に近付いてだいぶくたびれてきたので足腰を鍛えなおそうというのが主な目的なので、まだせいぜい1000メートル級の山までです。春から月2回のペースで始めて、年の後半には毎週登山という状態になりました。まあ、二人ともヒマだったということでもありますね(・・;)。その記録をここに残しておきます。08年は2000メートル級になるのか?
【地図】  
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奥多摩方面中央線沿線丹沢   秩父方面長瀞筑波  
【山のリスト】      
5月18日(金)高尾山 中央線
6月 1日(金)加波山 筑波
6月13日(水)成田山 千葉
6月21日(木)高尾山(2) 中央線
7月 7日(土)御岳山 奥多摩
7月22日(日)日和田山 秩父
8月 6日(月)高水三山 奥多摩
8月18日(土)丸山・日向山 秩父
9月 2日(日)関八州見晴し台 秩父
9月 9日(日)高尾山(3) 中央線
  9月22日(土)高畑山・倉岳山 中央線
9月30日(日)鐘撞堂山 長瀞
10月 7日(日)石老山 中央線
10月14日(日)高柄山 中央線
10月21日(日)扇山 中央線
11月 4日(日)陣馬山 中央線
11月15日(木)棒の折山 奥多摩
11月23日(金)大岳山 奥多摩
12月 9日(日)大高山・天覚山 秩父
12月16日(日)本仁田山 奥多摩
12月24日(月)大山 丹沢
 
   
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9月22日(土)高畑山・倉岳山  
       
 

高畑山(980m)倉岳山(990m)を登ってきました。
昨晩、蚊にやられ、眠れなくて寝坊したので、出発が遅くなってしまったのです。それで、時間稼ぎに鳥山駅から登山口までタクシーに乗ることにしました。
例によって、タクシーに乗る前に、新潟の実家の母の安否を確かめる電話をしようとしたら、電話ボックスにテレフォンカードが入りません。
ほかに電話ボックスが見当たらなかったので、タクシーの事務所のお姉さんに聞きました。そしたら、「事務所の電話を使っていいですよ。市内でしょ」と聞きます。
(写真は岩だらけの山道)

 
       
わたしは、「いいえ、市外なんです」とこたえました。「新潟です」とまでは言いませんでした。
お姉さんは「でも、いいです」と言ってくれたので、「すぐ切りますから」と使わせてもらいました。兄が電話に出て、大丈夫とのことで3秒で切りましたよ。
事務所のおねえさん、本当にありがとうさん。おかげで、後顧の憂いなく出発できました。
(山頂での昼食)
 
 
       
  高畑山の登山道は台風九号のためか、荒れていて大変だったけど、せせらぎがほとばしり気分良く登れました。
頂上では富士山が見られるはずだったのですが、霞の奥深くに隠れていらっしゃいました。でも、近くの連山が紫色にたなびいていて十分楽しめました。
倉岳山の山道は赤松が主で明るく、楽しめました。 専門家なら、マツタケを見つけたかも知れません。わたしらは毒々しい紅テングダケを鑑賞するのがせいぜいでしたよ。
 
   
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9月30日(日)鐘撞堂山(かねつきどうやま)  
       
朝起きたら雨が降っていたので、高柄山(733m・山梨)へ行く予定を、急遽「鐘撞堂山」(330m・埼玉)に変更しました。

電車に乗ってる間中、雨だったけれど、登山口の寄居駅をおりたらやみました。運が強いでしょう?
登りやすい山道で、途中に「竹炭工房」がありました。
ちょうど主のおじさんがいて、「こんにちわ」と声をかけてくれました。わたしはその明るい声につられて、相棒に「ちょっと寄っていこうよ」と言ったのですが、相棒は「もうすぐお昼だから」と言ったので、あきらめました。
(写真は登山口)

 
 
       
  頂上へ着くと、屋根つき休憩所に三人のおじさんたちがお昼を広げてにぎやかにしていました。もう既にウイスキーを開けています。そして、さっきの竹炭工房に寄ってきて、そこでもらった竹のコップでウイスキーを飲んでいます。
竹炭工房では竹のコップでコーヒーを入れてもらって飲み、すごくおいしかったのとこと。
また、稲穂や蜂や野菜などが炭に焼かれていて感激したそうです。

しかたなく、わたしらも負けずに弁当を広げ、持参の日本酒で乾杯しました。

 
       
おじさんたちはなにかと話しかけてきて、わたしらが電車で来たことを知ると、ウイスキーをついでくれました。わたしはお返しに炒り黒豆をあげました。
三人のおじさんたちは元同僚で、今も現役だけど月1回くらい低山を登っているとのこと。山で酒を飲んだり帰りに温泉に入ったりするのを楽しみにしているそうです。
三人は、山を決める役・パンフレットを集める係り・おしゃべり係と役割が決まっていました。おじさんたちはパンフレットの集め方や、「大人の休日倶楽部」のメリットなどを詳しく教えてくれました。月に1度は新幹線に乗っているわたしもさっそく「休日倶楽部」の会員になることにしました。

三人は気の置けない仲間でありながら、「親しき中にも礼儀あり」という感じで敬語を使っていました。すごくいい感じでしたよ。山登りもできる、そういう生涯の友だちってすごく貴重ですよね。

わたしの身のまわりには、‥ちょっといないなあ。(Y)

 
       

神奈川方面が雨で、埼玉北部は曇りだというので急遽変更した結果の鐘撞堂山でしたが、面白い山でした。
とくに田良田湖から少林寺へ下る山道に「五百羅漢像」が並んでいて、敬虔な気持ちにさせられます。
行けども行けども並んでいる石仏に、昔の人たちは信仰心が篤かったんだなあ、と感心します。

(写真は五百羅漢の一部)

 
 
       
 

山そのものは低くて物足りませんが、ピクニックとして出かけるのにちょうどいいでしょう。
炭焼きのおじさんに会えればそれも楽しいし、羅漢たちに会うための散歩もまたいいものですよ。(N)

(写真は卯年の守り寺だという少林寺)

 
       
10月 7日(日)石老山(せきろうざん)  
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石老山経由、篠原経由、兄宅にいって来ました。

10/7、7時少し前に出発。常磐線>山手線で神田、そこから中央線特別快速で高尾へ、そこから鈍行に乗り換えて9:30相模湖。

恒例のかみさんの電話かけ(長岡で突発的な事件がないことの確認)をしているとバスが行ってしまい、次のは1時間近くあとです。
しかたなく徒歩で相模湖畔を歩きます。
車が数珠繋ぎで、排気ガスがすごい。

 
 
       
  汗だくになって約1時間、石老山登山口に到着。途中のピクニックランド前でバスに抜かれました。
比較的マイナーな石老山ですが、この日はけっこうな人出です。数組の登山客とぬきつぬかれつで登りました。

朝食ヌキの我々は、12:00になると自動的にガス欠になります。
山頂はまだだったけど、展望台に来たのでそこで昼食。
あまり見晴らしのよくない展望台ですが、そのせいで静かだったのでよいディナーでした。

 
       
いつもは一時間以上休憩するのに、この日は山頂がまだなので1:00、短めの休憩で出発。
1:30に山頂に到着しました。ここで30分休憩。
数組の登山客と写真を撮ったり撮られたりしました。

ほとんどの登山者はここからピクニックランド方面へ降ります。
私たちは藤野町篠原の「ぐるっと篠原おさんぽまつり」参加のために篠原側に降ります。
登りは快適でしたが、下りは荒れ気味のよく滑る細い道なので気を使いました。

 
 
       
  石老山は「低山なのに深山の趣があり、中世近世には多くの参詣者を集めた」と言われている通りの山でした。
ごろごろしている巨石の間を縫って巨大な杉の木があり、木曾の山の中のようです。手ごろにそういうイメージに浸りたければぜひ登ってください。(N)
(写真は登山道の巨石)
 
       
10月14日(日)高柄山  
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「猫またぎ山」高柄山登山。
先週に続きまたも中央線で、四方津駅が登山口。電車で降りた客には、登山客はほとんどなし。

荒れた感じの山道をとにかく登る。しかし登って降りて、また登って・・・で、なかなか山頂に着かず。いいかげん「ざけんなよ!」と言いたくなる頃にやっと到着。

狭い山頂には二組の大パーティがいて、満杯でした。
昼食をすませるとあわただしく出発したパーティ、食休みなしで大丈夫かいな?・・・と思いつつ、私たちはゆっくり休養。

 
 
       
  午後1時過ぎ、下山開始。・・・しかし、これまた登ったり降りたりの繰り返し。山頂への道のりよりもつかれるくらいでした。
★これは「登山」ではない!・・・「廻峰」だ!★
と思いました。
高柄山は700メートル級ですが、登った距離を通算するとその倍くらいあったのでは?

しかもポイントになる峠や遺跡、湖沼や滝といったイベントがまったくない、ひたすら歩くだけの面白みのない山でした。
体力強化訓練にはなりましたが、もうこの山は二度と来たくないですね。

 
       
10月21日(日)扇山  
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扇山(1138m)に登ってきました。

何十年ぶりかしらというくらい見事な富士山が迫っていました。霊峰という言葉がぴったりでおごそかで美しかったです。

きょうは秋の行楽日和で中央線の電車内は山登り姿のおじさんおばさん、家族なんかでごったがえしていました。わたしらもその中にまぎれていたわけですけどね。
高尾駅などは朝のラッシュアワーのようにホームに人があふれていました。ふ〜、高尾山でなくてよかったなあ。
(写真は上の原町のサイトより)

   
       
扇山は高さの割に登りやすく、明るい雑木林で、女性の一人登山もけっこう目立ちました。それくらい、安全安心でした。

下山はガイドブック通りだと車道を1時間半以上も歩くことになっていたので、四方津駅コースに変更しました。
もう少し事前の調べをしっかりした方がいいなと教訓になりました。

今回はトクトク切符(ホリデーパス)を使ったので、今までの半分くらいの電車賃で行けたのですよ!(Y)

 
       
三週連続、中央線の山に登りました。
鳥沢駅からの扇山です。

6時起床、7時出発。
神田から中央線、途中で急行に乗り換え、高尾で大月行きへ。
鳥沢へは10時到着。

タクシーで登山口まで運んでもらい、ゆっくり登ります。
絶好の行楽日和で、登山客もたくさんいました。
タクシーの窓から、くっきりとした富士山が見えました。

広く、緩やかな登山道を登り、4組の登山客を追い越しました。
途中で富士山を真向かいに見る展望場所があり、
「こんな景色、もう一生ないかもなあ」
と思いました。いつもは霞んでいる富士山が、金属のような巨体をくっきりと浮かべているのです。
こんな機会に、デジカメを忘れたのは残念。

しかも、1時間半くらいで山頂に到着し、広場のような場所で大勢の登山客の間で富士山を眺めながら昼食でした。すごい・・・
昼食の終わる12時頃、雲が出てきて富士山は見えなくなりました。
午前中の昼食でよかった。

13:10に下山。
山頂から東に降ります。こちらも広くて緩やかで快適な道でした。
ここまではよかったのですが、舗装道に出てからが困惑。
道案内がありません。
ガイドブックだと、2時間近くもアスファルトを歩いて鳥沢に戻ることになっています。それはちょっとゴメンこうむりたい。
しかし、ショートカットして四方津に向かう道が分かりません。
道を聞こうとしても、近所の農家は無人の家ばかり。

見当をつけた方向にひたすら歩いて、やっと四方津方面への下り道を発見。
降りていきましたが、これがひたすら歩くだけ。
一時間かけ、一山越えてやっと四方津駅へ到着しました。

扇山、実に快適な山でしたが、そこまでのアクセスに大問題ありでした。(N)

 
       
11月 4日(日)陣馬山  
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  青梅の大岳山に行く予定でしたが、かみさんが昨夜眠れなかったというので、急遽(常磐線の電車の中で)陣馬山に変更しました。

神田8:09発の特別快速に乗車して高尾まで。
大月行きの鈍行に乗り換え、藤野下車。タクシーで陣馬山登山口。
登山開始は10:09でした。

 
       
快適な山道を順調に登り、昼前に山頂へ。
残念ながら途中から雲とガスが出て富士山は見えませんでした。
それでも360度の展望が楽しめる陣馬山はすばらしい。
気温も高く、天気もよく、頂上を大勢の登山客ないしピクニック客がひしめいていました。
 
 
       
  陣馬山名物の白馬彫刻。
つぎつぎと記念撮影する人が集まるので、順番待ちが大変。
そもそもこの山はすぐ裏に車道が通っていて、大きな駐車場があるためピクニック客が集まるのです。
まあ、そういう山があってもいいし、山のメンテナンスにかかるコストも下がるわけですが、やはり自分の足で登って欲しいなあ。(N)
 
   
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11月15日(木)棒の折山(ぼうのおれやま・棒ノ嶺)  
       
奥多摩の「棒の折れ山」に登りました。すごくヘビーな山でしんどかったです。

6時に起床。しかし、資源ゴミの日であり、ゴミだしに追われる。
ついでに門前の柿の葉の散乱が目にあまり、掃除していたので出発遅れる。

遅れたついでに京浜東北線で人身事故が起きたおかげで山手線はゲロ混み。
中央特快はとっくの昔に去っていました。
遅れ遅れで奥多摩線川井駅に到着したのは10:30、もうバスもありません。

 
 
       
  予定を変更し、逆コースで岩茸石山から登ることに。
202号線をてくてく登って、大丹波(おおたば)集落に来ると、大きな部落なのでびっくり。
岩茸石山の登山口が見つからないので、軒先を掃除しているおばさんに聞いて少し戻り、「県道」だという山道を登る。
峠までの道は崩れ落ちた場所もある、かなり危険な細い道でした。

峠で昼を過ぎ、そこから少し登ったピークで昼食。
空気が澄んで景色はよかったものの風が吹いて寒く、ポットの熱燗がうまかったです。
(岩茸石山への斜面で休憩)

 
       
1:20、気を取り直して棒の折れ山を目指して出発。
途中の黒山、権次入(ごんじり)峠まではアップダウンの続く厳しい山道。
足の痛さに耐えつつ、ひたすら歩く。
ほとんど登山客はいないものの、ぱらぱらとすれ違います。
ゴンジリから山頂までの途中にトレイルランナーの墓標がありました。
先月にはベテランランナーが、反対側の御岳山方面で転落死したというニュースがあったので、犠牲者が相次いでいることを知りました。
あれは登山者にとってもとても危険なので、安全対策をきちんとするべきです。
 
 
       
  なんとか4:00前に棒の折れ山に到着。
記念撮影だけして、暗くなる前にとさっさと下山です。
最初は岩肌のよくすべる危険な坂道、続いてすべる砂利の坂、最後はワサビ畑の中を過ぎる長い岩肌の坂道、といやになるくらい危険な道が続きました。
5:00過ぎ、闇が降りる前に車道に出てホッとしました。
そこからキャンプ場を過ぎ、大丹波集落まで降りました。
途中で道は真っ暗になったのでキャップランプを点灯して歩きます。
 
       
大丹波の南平まで来て、自販機で暖かい飲み物を買っていると山へ行くバスとすれ違いました。そこで戻ってくるバスを待って乗車し、川井駅へ帰りました。

駅で学生風の二人組みがいて、彼らは正統コースを歩いたそうで、
「なめていたけど、中級者向きの山だと思い知った」そうでした。
ひたすら歩いた、難行苦行の山行きで、逆コースでよかった。
(右はわさび畑)

 
 
   
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11月23日(金)大岳山(おおだけやま)  
       
  今年の登山記録のハイライト、大岳山登山。
早朝6時起き、奇跡の6:45出発。かろうじて青梅特快乗車。満員の奥多摩行き、そして御岳山行きバス。一台待ちのケーブルカー、そこから登山開始です。

御岳神社から大岳山への道をひた歩く。なかなか快適な道で、時々見える山間の景色もすばらしい。1時間ほどで山頂への登り。
きつい岩登りを越えると、わりあい広い頂上。
たくさんの人が昼食休憩しています。

 
       
富士山がはっきり見えまして、次々と記念撮影しています。
私たちも撮ったり撮られたりして数枚撮影しました。
それから空いているスペースで昼食。
ボトルの熱燗があっさり空になりました。

きつい下りを過ぎて、またも快適な山道へ。
鋸山道と呼ばれるそこを過ぎて、再び厳しい登り、
鋸山は小さな何もない山頂でした。

 
 
       
  そこを過ぎて、またも厳しい下り。
岩肌に鎖やロープ、鉄の階段がいくつもありました。
それをなんとか下り、太陽が山の端に沈んだころに奥多摩の町が見えました。

よく歩き、晩秋の空気をたっぷり吸って、自然のエネルギーをもらった一日でした。
(山の端に登った満月)

 
   
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12月 9日(日)大高山・天覚山(おおだかやま・てんかくざん)  
       
大高山・天覚山(埼玉県)に行ってきました。

きょうは行楽日和で出だしはよかったのだけれど、わたしが池袋でお手洗いに行った後、相棒とはぐれて大失敗!
相棒が「特急」と「準急」のどちらに乗るか考えた。特急は料金が要るので、準急と思ってわたしも準急に乗りました。そしたら、相棒は「急行」に乗ったので、行き先駅の吾野で、わたしを20分待つ結果となりました。すまんかったね。
(吾野駅沿いにある墓地の中から登山道へ)

 
 
       
  大高・天覚山はマイナーで暗い杉山なので、誰にも会わないかもしれないなあ、と期待ゼロで登り始めました。すると一人登山の肝っ玉おばさんに会いました。しかも、彼女は同県人。話が弾みました。
頂上での記念撮影のシャッターも押してもらいました。
 
       
天覚山では、「天覚山を守る会」の13人のおじさんたちが頂上の杉を何十本も切り倒して展望をよくしたり、杉の木ベンチを作ったりしていました。わたしはそれに初座りさせてもらいました。
頂上からは丹沢山系や奥多摩山系が薄紫色に幾重にも重なって幽玄な世界が広がり、おじさんたちに深く感謝しました。

きょうの山行きは「終わりよければすべて良し」以上で、「途中も良くて大満足」でしたよ。 (Y)

 
 
       
6:30起床、握り飯を作り、熱燗をわかしてポットに詰め、7:00出発。
常磐線⇒山手線で池袋。ここまでで1時間弱なのがわりと楽。
そこから秩父方面への急行一本です。
ところがトイレに行ったかみさんと、時刻表を確かめていた私は喧騒の中ですれ違ってしまいました。準急に乗ったかみさんはかなり遅れました。

吾野は全面が日陰になっている寒い駅です。ホームから線路を見ると真っ白に霜がおりていました。駅前広場の西のはずれに日の当たるベンチがあり、そこで20分待ちました。
夫婦合流したのは10:00過ぎ。
先に歩く中年女性が一人いて、その人を追いかけるように線路を越えて墓地に入ります。
その中央部分にある管理所と水道の前に登山口があるのでした。

そこからいきなり急な登りです。100メートルくらいを一気に登り、そこから尾根道へ。
道は根の権現から続いている、よく整備されたきれいな道でした。
歩きやすいのはいいのですが、杉林の中なので景色はまったく見えません。
暗く、寒い道をひたすら歩く。

途中で中年女性に追いつき、追い越しました。
かみさんが彼女に話しかけ、女性はけっこうおしゃべりらしく、色々話しました。
いわく、「月一回は友人と来るが、私は我がままだから晴れていれば毎週山に来る」
「仕事があるから山は土曜だけ、日曜はゆっくりする」
「一日4時間までしか歩かない」「山の本はいっぱい持っている」
「下りは足を痛めたくないので慎重に降りる」

林道を横切るシーンで私たちが休憩すると、一人だけ先に進みました。
所々のアップダウンはかなり激しく、大高山に近付くとかなり急な登りになりました。
そこで私たちは彼女に追いつきました。
山頂でいっしょに大休憩。12:00ちょっと前、私たちは昼食にしました。
狭いが、ちょうど日の当たる場所だったのでまあまあでした。
30分ほど軽食をとると中年女性は先に出発しました。

私たちの再出発は12:50、気温が低いせいか山が低いせいか、たいした汗もかかなかったので着替えもしませんでした。

天覚山までは10個くらいのピークがあり、かなりしんどかったです。
1時間半の予定が、10分ほど遅れて山頂へ。
手前からチェーンソーの音が響いていましたが、山頂では「天覚山を守る会」の有志たちが展望開発の伐採作業をしているのでした。
15人ほどいたオジサンたちはみんな陽気で、かみさんが作ったばかりの木のベンチに座ったのを喜んでいました。

そこから東吾野への下山はけっこうしんどく、崩れやすい黄色い砂礫の坂をひたすら下りました。
下山時間は15:15、まだまだ早い時間帯です。電車の時間もちょうどよく、6:00ちょっとには帰宅できました。
秩父方面は近くていいなあ。距離的には奥多摩とかわらないのに、どうしてこんなに違うのだろう?(N)

 
   
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12月16日(日)本仁田山(ほにたやま)  
       
 

本仁田山は川乗山への中継点ですが、まだ川乗山(1364m)に行く体力がないというので、これをピークに登ることに。

奥多摩駅から二つの橋を渡って安寺沢(あてらざわ)へ。ワサビ畑の間にある登山口からは、すぐ急な登坂になります。

坂また坂で休憩地点がないため、坂の斜面の適当な切り株に座って休憩します。

 
       

時折り冷たい突風の吹く中ひたすら登りますが、頂上には着かず。しかたなく途中のフラット地点で昼食。

風の来ない地点とは言っても、そこは山の上なので前後左右から冷気が押し寄せます。食事中も手袋が脱げない寒さ。

 
 
       
   
       
なんとか山頂に着きました。展望は期待できない、とガイドにありましたが、そこそこの展望。
歩きにくい稜線をたどり、大根ノ山ノ神経由で鳩の巣駅へ降りて帰宅しました。
 
       
12月24日(月)大山  
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  今年の登りおさめで丹沢の大山(1252m・神奈川)に登ってきましたよ!

きょうは行楽日和でしたね。午前中は快晴、空はどこまでも澄んで薄紫色に浮かんだ丹沢や伊豆半島が美しかったです。
富士山は雲を被っていたけれど、大山の頂上に着いたときは一瞬全容も見せてくれました。

大山は阿夫利神社があるので、昔から信仰の山のようで善男善女が登ったのでしょう。巨木もその歴史を感じさせてくれました。
(ヤビツ峠からの登山口)

 
       
しかしながら、神社からは男坂と女坂があって、ガイドブックには女坂を下るとかいてあったのに、わたしらは甘く見て男坂を下ってしまいました。
そしたら、急な石段がずっと30分ほど続いていました。ものすごくきつかったです。昔の人はちゃんと登り下りしたのでしょう。今はケーブルもありますが。やっぱり、昔の人はすごいなあと思いながらやっとこさ下りましたよ。(Y)
(後ろは頂上売店レストラン?のテーブル。ちょっとしたものを買わないと使えないので、タコヤキと甘酒を買いました)
 
 
       
  大山登山口は東西にあって、私たちは秦野駅⇒バスで蓑毛⇒ヤビツ峠⇒大山⇒追分の西ルートをとりました。

大山山頂から相模湾が足元に見えたのが驚きでした。2007年をしめくくるのにふさわしい山でしたね。(N)
 
       
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