質問33 「春に」徹底解剖1 (作曲の背景・テキスト)

 今までQ&Aにいただいた質問の中で一番多かったのが、「春に」をうまく演奏するコツは?「春に」はどういう気持ちで書いたか?というもの。掲示板、メールを合わせると100件近くいただいていると思う。ありがたいことだ。にもかかわらず漠然とした質問に解答するのは面倒で、ここでは質問26で部分的にお答えしたのみ。いつもメールでワンポイント・アドバイスしてお茶を濁してきてしまった。質問して下さった方にも申し訳ないし、いくら短いアドバイスでも一対一でお答えするのはキリがなくて体力が持たない。
 再び春も巡ってきたことだし、この辺で一度「春に」徹底解剖!というほどでもないが背景、テキスト、アナリーゼ
、奏法など2〜3回に分けて書いてみたい。

解答 

作曲の背景

 それまで合唱といえばほとんど大学合唱団からの委嘱ばかりだったから、テキスト選びも書き方も自分の好き放題だったが、「春に」は、音楽之友社から「ふつうの中・高校生のために」という具体的な委嘱を受けて初めて混声3部編成で書いた曲である。その折、音楽之友社からわざわざ「中学校音楽教育指導要領」が送られてきた。木下のことだから委嘱の意向を無視して難しい曲を書くのでは・・、と恐れた編集I氏が牽制の意味で送ってくださったのだ。バレたか。

 しぶしぶ「指導要領」を読み、初めて音域をセーブすることにした。混声3部という編成も、最初気が進まなかった(ハーモニ-は何といっても4部が一番安定する)のだが、やってみるとなかなか面白かった。テキストも自分の好みだけでなく、誰が読んでも共感できるシンプルで暖かい内容、という選択基準で選んだ。規制されることで却っていい作品ができることはよくあるが、「春に」はまさしく「最高音域を抑えたこと」「混声三部編成で書いたこと(後に四部版も作成)」「万人に愛される普遍的な内容の詩を選んだこと」が効果を生んで、思いがけず多くの人たちから愛される作品になったのである。

 ちなみに「春に」混声三部版の公表は'89年、「教育音楽」5月号別冊付録誌上で。その後'92年に同雑誌2月号に混声四部版を発表、'92年12月に混声合唱曲集「地平線のかなたへ」(五曲中第一曲)として音楽之友社より出版。'97年10月に女声版「地平線のかなたへ」出版。来年あたり男声版編曲のうわさも・・。「春に」単独の形でも音楽之友社や教育芸術社のアンソロジー集、中学音楽副読本や高校音楽教科書など、いろいろな所に顔を出しているようだ。こんなに普及しているのになぜかよいCDが殆ど出ていないのがちょっと不満。今のところ作曲者のお勧めは大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団の「方舟・祈祷天頌」(CDリスト欄参照)の最後にひっそり入っている「春に」かな。品格のある大人の演奏です。

テキスト

 暖かく普遍的な内容の詩として選んだのが、谷川俊太郎少年詩集「どきん」(理論社)に収録されていた「春に」。希望と不安が入りまじった若々しい心理と、春の情景がオーバーラップした実にのびやかないい作品である。出だしの「この気持ちは何だろう」というフレーズが特に印象的。作曲するとき苦労したという記憶はほとんどなく、詩を何度も声に出すうち自然に音楽が流れ出てきたという感じ。ただ詩が少々長いので音楽構成の都合で最後2行ほどカット(詩の省略に関しては質問26の解答欄をお読み下さい。)せざるを得なかった。歌う前にぜひオリジナルの詩をしっかり味わっていただきたい。

 これは毎回言うことだが、詩を頭で理解し味わう事(もちろん最初に必ずやるべき事だが)と、歌うときにメロディに乗せてリアリティのある言葉として発声するのとは別物だということを認識することが大切。いくら心では深く味わっていても、指導者の先生が怖い顔で「気持ちを込めて」としか言わなければ、生徒は力んで表情が硬くなってしまう。

 気持ちを込めて聞こえるようななるべく具体的な指示を与えてあげることが大切だろう。たとえば「春に」の出だしだと、ただ「気持ちを込めて」というより歌い始める前に顔の表情をなるべく優しく微笑んで待つように言うだけで音色は各段に柔らかくなる。言葉が不鮮明なときも「言葉をはっきり!」とだけ言うと歌い手はシラブルひとつひとつをはっきりさせがちで却って逆効果。「この」「きもち」「なんだろう」というふうに単語や文節でまとめる感覚で歌うと言葉にリアリティが出やすい。単語の頭のシラブルのみはっきり発音するようにして、後はひとまとめにフレーズをつなげてみるといいだろう。テキストを歌に乗せるときには、2つのプロセスを経る必要がある。最初に頭で理解し、それを実践するために音楽上のあらゆる具体的なアプローチを試みることである。ま、口で言うのは簡単だが・・。

2003.3.8