質問25 続・スキャットの歌い方は?

 某コンクールに向けて、木下先生の「ファンタジア」を練習しています。その中のスキャットの部分について質問させてください。「n」と「hum」は、発音においてどう区別すればよいのですか。「n」は口を少し開けて、「hum」は口をつむるのでしょうか。それから、何度か歌っていると、自分の中で言葉のないスキャットに言葉を感じていることに気づきます。言葉がないからこそ表現できることもあるような気がします。木下先生は作曲において、歌詞の部分にないスキャットにはどのような想いを乗せていらっしゃるのか、スキャットの発音の違いにはどんな想いが隠されているのか、教えてください。

広島県S.K.

解答 
 スキャットというのは本来ジャズの歌い方で「意味のない響きダバダバとかシュビドゥバなどを連続してメロディーに載せて歌うやり方」で、作曲家サイドの指定というより、シンガーの即興的な奏法だったようです(ルイ・アームストロングが歌い始めたという説も)。クラシックでは歌詞なし母音のみによる歌をヴォカリーズ(仏)いいますね(母音のみによる声楽の練習のことも指します)。

 私の曲(特に女声合唱作品)には、ときどき詩のテキストがありながら、合間に母音のみで歌う箇所が出てきます。詩のイメージが豊かでそれを音楽で大きく膨らませたい場所なのに、言葉そのものは1〜2行しかないという場合に良く用いる方法です。この歌詞のない部分をどう演奏するかについては、以前質問3でもお答えしていますので、合わせてぜひお読みになってみてください。

 まずご質問の「hum」「n」の違いですが、S.K.さんのおっしゃるとおり「m」は口を閉じ、「n」は少し開けて歌うと認識していただいてかまいません。もともとハミングというのは唇を閉じて口腔を広く保って響かせて歌うことですが、唇を開けたときの方が声量が大きくなる場合が多いので、ハミングの効果が欲しいけれど、ある程度音量もほしいとき「n」と表記する事が多いです。

 それから言葉のない部分に言葉を感じて歌っておられると言うことですが、それは歌い手側のご自由だと思います。なにか具体的な情景を想像したりするのも、演奏の助けになるならよいのではないでしょうか。ただ、できれば歌詞のない部分ではご自分がフルートやバイオリンを奏しているつもりで、純粋に音楽のフレーズの流れを考えて歌っていただくのが理想です。その方が曲の構成がよく汲み取れ、強弱やバランスにも気を配れるようになります

 作曲者サイドからいうと、言葉のない旋律に心情的に深い思いを乗せる(いろいろな情景を思い浮かべるとか)ことはあまりありません。もちろん詩の持つ雰囲気を掴んでそれを膨らませるわけですが、言葉がない以上あくまでメロディーラインの流れをいかに美しく整えるかとか、何小節くらいキープしたらバランスがいいかとか、客観的に音楽の構成で考えることが多いです。器楽曲の場合と同じ頭になっているといえるでしょう。母音唱法で「a」にするか「u」にするかをどうやって決めるか、というのも同じ事で、どういう音色がその場面にふさわしいか、を考えて決定します。たとえば木管アンサンブルの曲を書いていて、ある旋律をフルートでいくか、クラリネットでいくか、どちらの音色がここの場面にふさわしいか?というのと同じ感覚です。どんなに叙情的な作品でも熱い作品でも、案外作曲家はクールに客観的に音楽を構成していくものなのです。

2002.4.8