質問6 『方舟』作曲時のエピソードを

はじめまして。私の学校では,こんどのNHKコンクールで、[方舟]を歌う事になりました。歌詞の意味や、方舟の曲に隠された意味などを合唱部全員で考えたのですが、やはり深い意味までは、難しすぎて分かりませんでした。なので、この曲を作った時のエピソードなどを教えてもらえたら嬉しいです。おねがいします。

T.M.

解答
 「方舟」は私の書いた初の合唱組曲です。東京芸大の大学院1年のときでした。委嘱・ 初演は東京外国語大学混声合唱団「コール・ソレイユ」、指揮は鈴木成夫先生でした。

 ちょっと脱線しますが、私が初めて外部から委嘱を受けたのは大学1年の時、東洋女子短大マンドリン・クラブからで、マンドリン・オーケストラ曲「雨」を書いたのが、プロ初仕事でした。初出版作品も合唱ではなく、吹奏楽のための「序奏とアレグロ」(全日本吹奏楽連盟刊 大学院2年次)で、吹奏楽連盟コンクールの課題曲となり、難解な超絶技巧作品としていやがられつつも、普門館での全国大会ではほとんどの団体がこの曲を演奏してくれました。

 学内では、1年次はサクソフォンの作品ばかり、2年以降はオーケストラの作品ばかり書いていたのですが、学部卒業までに1曲だけ歌曲を提出しなければいけない決まりがあったため、「涅槃」(萩原朔太郎 詩)という15分もある長編歌曲を書いて学内演奏会で発表したら、たまたまそれをお聴きになった鈴木先生から、「響きの多彩さが気に入ったので、ぜひ合唱組曲を」というお話がきたわけです。その後こんなにたくさん合唱曲を書き続けることになるとは、その当時は思いもしませんでした。

 詩は大岡信先生の十代のころの作品です。瑞々しい感性と大和ことばの柔らかい響きが実に魅力的で、初の合唱作品でこの詩篇に出会えたことは本当に幸運でした。図書館にかよって、大岡信全集(たしか14〜15巻あった)を全巻読破し、詩作のみならず、評論、戯曲に至るまで全部頭にいれてから、初演の席で大岡先生にお目にかかりました。先生も私の音楽をとても気に入って下さり、「合唱に新しい世界が誕生した」と評価していただいたのが、本当にうれしかったです。

 作曲するにあたって苦労した記憶は全くないですね。詩を朗読していると、音楽が自然に流れ出てくる感じでした。もっともその分、第2作の「テイオの夜の旅」の時に思い切り苦しむ羽目になるわけですが。
 初演は場内が熱狂するほど素晴らしいものだったにもかかわらず、私が無名学生だったためか、出版されるまで5年間待たねばなりませんでした。まあそれもいい思い出です。
 とにかく私にとっては輝く青春の一ページ、「テイオの夜の旅」と並んでとりわけ愛着を感じる組曲です。

 なお、全日本合唱連盟から出版されている「ハーモニー」という季刊誌の'99年秋号に「方舟」のエピソードがたくさん載っていますので、興味がおありの方は、お読みになってみて下さい。

2000.7.13