ヲ02年6月20〜22日
奈良小旅行

 コンクール審査などで全国各地に頻繁に出掛けるようになった当初は、行った先で必ずプライベートな旅を組み込んで楽しんだものだが、最近は用事が終わるやいなや家に飛んで帰るようになってしまった。この2ヶ月だけで京都、金沢、浜松、大阪と出掛けているが、どれも観光は全くしていない。今回またもや吹奏楽関係の審査員で大阪に出掛けることになり、続けて3度も関西を訪れる機会を持ったからにはせめて一回くらい仕事の後小旅行をしようと思い立った。行き先は古都奈良に決めたので、いつものように旅先で友人と落ち合って騒いだりせず、人生をひとりしみじみ考えることにした。

 JR大阪駅で駅員さんに「奈良に行くには」と質問したところ、「大阪環状線」に乗れという。千葉に行くのに山手線に乗れといわれたような妙な気がしたが、その言葉を信じて環状線乗り場に。ありましたありました、天王寺までは環状線でそのあと奈良方面へのルートを取る電車がたしかに。大阪〜奈良間50分ほどのこの線が実に趣があり、天王寺を離れたあたりから車窓の風景は思い切り田園。穏やかな丘陵、蛇行する川、青々とした水田、そこで餌をついばむ青サギ白サギ、農家の庭でのんびりしっぽを振っている犬たち
おお、なんと優しい風景。この景色を見ただけでも旅に出た甲斐があったというものだ。

 大阪の仕事が終わったのが夕方だったので、この日はJR奈良駅からタクシーで直接ホテルへ。何といってもホテル・ジャンキーの私ゆえ、当然「奈良ホテル」。ただし歴史の古いホテルは時々部屋に誰かの気配を感じる時があってこわいので、せっかく90年の歴史を誇る奈良ホテルだが、今回のように一人の時はあえて新館に泊まる。

 翌日はさっそく「法隆寺」へ。南大門からのアプローチからして素晴らしく、西院伽藍から東院伽藍に至るそのスケールの大きさに圧倒される。そこに立っているだけで深い感動が湧き起こってくる。世界最古の木造建築といわれる金堂、日本最古の五重塔、そして飛鳥〜白鳳時代の見事な仏教美術の数々。こういう歴史的芸術に接すると、自分の内で眠っていた古代の記憶が呼び覚まされるかのように不思議なパワーが身体中に充満してくる。それにしてもこれだけの木造建築群が1300年もの風雪に耐えて現存し得たのは奇跡的で、この寺が日本で最初の世界遺産に指定されたのは当然といえるだろう。
 そしてこの建物にまつわる数々の謎!最近では「元々聖徳太子という人物は存在せず、藤原氏が自らの歴史正当化のため作り上げた架空の存在では」などという説もあり、世界に誇る仏教芸術誕生の裏には、権力をめぐる策謀が渦巻いていたのかと思うと興味深い。

 法隆寺に圧倒されたのと暑さ(この日は30度を超えていた)とで、よろよろと次の目的地へ向かう。JR桜井線で「天理」駅下車、タクシー5〜6分で日本最古の神社のひとつ「石上(いそのかみ)神宮」へ。建物そのものは想像したよりこじんまりしていて、ごく普通の神社だが、うっそうとした鎮守の森に囲まれた立地が素晴らしい。いかにも神聖な雰囲気で森に神が宿っていそうだ。そこにどういう訳か「鶏」がいっぱい。最初2〜3羽境内を歩いているのが目に入ったが、よく見ると木のしげみにも2〜3羽、ふと目をあげると松の木の高い梢にも2〜3羽、森の奥からも3〜4羽、さらにぞろぞろ現れてくる。いったい何羽いるんだ!

 鶏だらけの「石上神宮」をすみやかに切り上げて近鉄で奈良に戻る。近鉄奈良駅から奈良ホテルに至る道のりは緑豊かで広々して整備も行き届き散策に最適、見所もぎっしり。興福寺、奈良公園(鹿の親子連れがいっぱい)、東大寺、奈良国立博物館、春日大社、若草山などなど。一方やや離れたJR奈良駅は東京駅などと同じく歴史を感じさせる風格のある建物だが、周辺がちょっと寂れた雰囲気なのがかなしい。どうやら駅前大規模開発が始まっているらしく回り中工事だらけだったが、世界遺産をたくさんかかえる奈良駅なのだから、そこらのごみごみした駅前とは一線を画する、品格の高いスケールの大きな駅周辺開発計画を行って欲しいものだ。

 近鉄奈良駅から向かったのは奈良国立博物館、ここで今「東大寺のすべて」展をやっているというので奈良公園で午後の散策を楽しんだ後入館してみた。金曜の夕方だったためか(金曜だけ閉館時刻が遅い)、全く並ぶこともなくゆったり鑑賞できたのはラッキーだった。この展覧会もまた実に見応えがあって時々鑑賞しながら鳥肌がたつのを感じた。752年、まだ途上国だった日本が精一杯世界に向かってアピールした一世一代の大イベント「東大寺大仏開眼会」。列席した僧侶一万人、そこには唐、ベトナム、インドなどからの渡来僧も混じり、各国の音楽が奏でられ、インターナショナルでエネルギーに満ちたイベントが繰り広げられたという。遣隋使、遣唐使が命がけだった時代に、どうしてこんなにもアジア各国の文化が豊かに流入してきたのか不思議な気さえする。このまま盛んな国際交流が続いていたら日本はどうなっていたのだろう。
 素晴らしい美術品のなかでも特に、戒壇堂四天王立像、誕生釈迦仏立像、バラエティに富んだ伎楽面の数々などが強く印象に残った。分厚いカタログを売っていたのに、余りの重さに購入を断念してしまったのが返す返すも心残り。

 翌日は4時間半かけて東京に帰らなくてはならないので、軟弱にも観光タクシーを頼んで東大寺、春日大社、若草山を巡った後(このあたりも述べたいことが山ほどあるが今回は省略)京都の浄瑠璃寺まで。浄瑠璃寺は奈良の力強い古代芸術からは少し時代が下って11世紀創建の美しいお寺。規模は小さいものの、宇治の平等院とほぼ同時期ほぼ同コンセプトで建てられたようだ。お寺そのものも気に入ったが、奈良市内から寺に至るまでのくねくねとした山道の両側に広がる深い緑の渓谷、見渡す限りの水田の美しさに感動。6月は梅雨で旅行には向かないと思っていたが、水田に若い稲穂が整然と並び木々の緑も瑞々しいこの時期は、もしかして日本が一番美しい季節なのではないだろうか。これからは6月にもっと旅行するようにしよう。

 奈良の古代芸術パワーに洗脳された私は、東京駅に降りると大丸デパートの書籍売り場に直行、聖徳太子や蘇我や藤原や法隆寺や古代史関連の書物をどっさり買いこんで帰途についたのだった。ああ重かった。

2002.6.25