22 おばさん

 先日、急ぎの原稿を郵便局まで持っていった帰り、ファミリーレストランで一休みした。隣のテーブルは元気な中年女性(40代半ばあたり)4人組、声高におしゃべりしているので、話の中身はほとんど筒抜け。中のひとりがパート先の上司について憤慨している。「自分だってくたびれた中年男のくせして、私のことおばさん、おばさんて言うのよ。おばさんなんて赤の他人から言われる覚えないわ。絶対に許せない!」ふむ、なるほど。しばらくして話は変わり近所のブティックのバーゲンの話題に。さっき憤慨していた女性がまたしゃべっている。「開店時間にでかけたのに、もうおばさんが大勢行列してんの。バーゲンておばさんだらけだからいやよ。どうしておばさんたちってああデリカシーないのかしら。」
・・・。この女性は内部に抱える大矛盾に全然気づいていない様子だった。

 ところで私は、自分が中年の域に達する少し前から心掛けていることがある。2人称であれ、3人称であれ、他人のことを「おばさん」「おじさん」とはけっして呼ばない、ということだ。さきほどの女性ではないが、これらは身内、もしくは親しい人から言われれば愛称だが、他人から言われたら蔑称に近いニュアンスを持つ。ときどきテレビのレポーター(看護婦さんにも多い)が親しみを込めているつもりで、年輩の人々に「おじいちゃん」「おばあちゃん」を連呼しているが、何だか無神経な感じ。もちろん全然悪気はないのだろうが、年長者を幼児扱いするな!と思う。でもその彼女たちも、中年男女に面と向かって「おじさん」「おばさん」とはあまり言わないところを見ると、こちらのほうが更に蔑称的意味合いが強いことになる。

 他人からそう呼ばれるのがどんなにいやでも予防する手だてはないので、せめて、他人をそう呼ばないことにしよう、とけなげに考えた私だ。観察していると、中年世代でも、自分のことは棚に上げて他人のことを平気で「おばさん」呼ばわりする人は多いようだ。「言われてイヤなことは、他人にも言わない!」

 とはいえよく考えると、日本語には中高年男女に対する尊称ってありませんね。外国語にもあんまりないか。「ご主人」「奥様」というのはちょっと違うし。「実年」「熟年」なんて言葉があるにはあるけれど、これもなんだか品格がない。「紳士」「淑女」あたり復活させるのはどうでしょう。
 「おじさん」「おばさん」という言葉は他人から言われるのもイヤだが、自分で使っても、とても自嘲的な響きを持つ。「どうせ」とか「私なんか」といった言葉と対になることが多いようだ。気をつけよう。

 どうでもよい話だが、昔「おばさん」(私が言っているのではなくて、いわゆる世間がいうところの)のすごさを表した「オバタリアン」という言葉が流行ったが(え、知らない?)、その語源となったのが映画「バタリアン」。やっつけてもやっつけてもどんどん増えていくゾンビたちを「おばさん」に例えた、というので、どんなにくだらない映画かとおもったら、意外と面白いので驚いた。もちろん堂々B級映画なのだが、主人公(不良顔でかっこいい)たちも大量のゾンビも、町ごと核爆弾で吹き飛んでしまうラストには呆然。

2001.8.7