13 元旦の思い出 今年は、春に開催する演奏会のことが気になって、お正月休みは2日間だけ(その分 いろいろな愚かな体験のなかでも、特に印象深いのは、高尾山での初日の出見物の思い出だろうか。私の人生で凍死の恐怖を味わったのは、後にも先にもあのときだけ。 ふわふわのモヘアのセーターを一枚着たきりで、その上に大して暖かくもないハーフコートを羽織っていただけの私は、その夜、寒さとはどういうものかを身をもって経験したのであった。映画『八甲田山』の「寝たら死ぬぞう」というせりふを思い出して、寝ないようにがんばりましたね。 ソ連軍にとらえられた捕虜が送られたシベリアの収容所では、罰として屋外に縛り付けられて一晩放置されると、朝には全員凍死してしまうのだが、みんな寒さのあまり下を向いて両手を堅く組み合わせていたため、その処刑法は「暁に祈る」と形容された、とかいう悲惨な話をどこかで聞いたことがある。寒いとほんとうに下を向いて、祈るような格好になってしまうのだ。その夜、高尾山頂にいたヒマな人々(皆私よりは厚着していたが)も、全員「暁に祈る」格好で、寒さに耐えていましたね。シベリアと一緒にするのもどうかと思うが、そんなことを思い出すくらい本当に寒かったのだ。「高尾山で初日の出待ちの女性、凍死」とか新聞にでたら、思い切り間抜けな死に方だなあ、なんて本気で考えました。 で、そのときわかったのは、予想を超えた寒さのなかで、体を守るのは実は精神力だということです。その夜、私は本能的にそれを感じて、気を張りつめ続けましたね、朝が来て気温が上がるまでずっと、一睡もせず。そうまでして寒さに耐えたのに、その日は曇りで初日の出は拝めず、げっそりやつれて下山したのであるが、不思議なことにその後風邪ひとつ引かなかったのである。 2001.1.1 |