9 ピアニストの条件

 昔、ボーイフレンドと大喧嘩したことがある。彼に言わせれば、クラシック音楽家、特にピアニストは、才能の有無以前にお金持ちでなくてはならない。今(10年前のこと)
ふつうの賃貸マンションにグランドピアノを置くのはまず不可能だし、分譲や一戸建てだとしても、一室まるまる防音工事をしなくてはならない。ふつうの経済状態ではまず無理だという。レッスン代も常識では考えられないほど高いし、留学などもしなくてはならないから、貧乏人にはまず無理だね。

 かなりピュアだった私は、自分の世界が汚されたような気がして猛烈に反論したのを覚えている。経済状態がどうあれ、才能があって努力さえすれば、夢はきっと叶う。現に私もふつうの公務員の娘だけれど、作曲家として何とかやってきたではないか。
「だからさ、貧乏でも何とかなるのは作曲家か批評家ぐらいなんだよ。元手がかからないからね。」といわれて、さらに頭にきたものだ。

 しかし今考えると、彼の言っていたことはかなり核心をついているといえる。私はこ
こ4〜5年、人前でピアノを弾くようになって、ピアノの練習はグランドピアノのふたを開けて、音色の変化や残響を体感しなくては上達しない、ということにようやく気づいた。グランドピアノを置いたら身動きできないほど狭い防音室での練習や、アップライト・ピアノでの練習では、指の訓練にはなるが、肝心の音色感が発達しないのではないか。ピアノのコンクールなどで、日本人がよく、指は回るがコンピュータのような味気ない演奏、なんて批評されてしまうのは、もしかして貧困な住環境のせいなのではないか。

 気になって、大学卒業後ちゃんとプロとして活動しているピアニストの友人数名に、子供時代のピアノ環境を聞いたら、全員が、広い部屋に2台グランドピアノが並んでいた、と答えるではないか。
ガーン!「経済状態がどうあれ、才能があって努力さえすれば夢はきっと叶う」なんて全然甘かったか。ま、私は元手のいらない作曲家なので、別にかまわないが・・。

 住環境のあまりよくないピアニスト志望の人などは、学校の音楽室とか、公共ホールとか、ただで利用できる所を見つけて、空間の広がりとか響きを時々体感するといいかもしれない。あとは早くデビューして、実際いいホールでどんどん演奏することでしょうか。

2000.9.28