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ヴァーラーナーシー

 

ヴァーラーナーシーの駅で列車を降りると、

大学の事務長が迎えに来ていた。

事務長の車で大学に行くと、そこは恐ろしく広く、

外のごみごみした不潔な世界と異なって、

美しい緑に囲まれており、

すばらしいヒンドゥー寺院まであった。

学長に挨拶に行くと、学長は頭を低くして言った。

「ここには我が国有数の優れた学者を揃えているつもりですが、

インドの文化や宗教、芸術を語るにしても、

インド人の視点、インド人の感覚で捉えがちだ。

だから、あなたには、外の視点に立って

インドについて教えてもらいたい。」

私は笑顔で答えた。

「ありがとうございます。ぜひ、そうさせてもらいます。

ですが、同時に、私はインド人の視点も

学ばせていただくつもりです。」

学長のもとを辞すると、事務長が、

大学のことや生活のことを事細かに説明してくれ、

私の執事を務めるという男も紹介してくれた。

「この男は信用できる男です。

先生にはみっともない生活をされては困りますので、

この男を頼っていただければ。」

家には召使いが二人もいるということで、

大学には運転手が運転する車で通うように言われた。

まったくたいしたご身分になったものだ。

 

大学が用意してくれた家は、立派な門のついたたいそうな家で、

生まれてこの方、こんな家に住んだことはない。

門を入れば、庭には美しい花も咲いている。

食事は立派なダイニングで、銀製のナイフ、フォークだ。

ベッドには天蓋までついている。

「ご友人や淑女をお招きしても大丈夫でございます。

庭でパーティをすることもできますので。」

そう言う執事は、何ごとにもそつがなく、安心できた。

 

だが、ぼくはこんなことをしたくてインドに来たのではない。

こっちの生活に慣れてくると、休日には街に出かけた。

ただ、最初、執事は、

ぼくが庶民と同じ服装で出かけることを是としなかった。

「身の安全のためでございますよ。

外国の立派な紳士という身なりが大事というもので。」

最初は執事の言うとおりにしたが、

場所によってはあまりに浮いてしまうので、

そのうち、同年代のインド人の教員と同じようなかっこうで

出かけるようになった。

 

ぼくは、ガンジス川のガートで人々が沐浴するのも見たし、

ガンジスの岸辺の火葬場にも行った。

インドはどこもかしこも喧噪そのもの。

街角のシヴァを祀った寺院では、

首を切られた犬の血が寺院に塗りつけられ、

寺院の中には女陰ヨーニと交合した男根リンガが祀られている。

街はおそろしく不衛生で、

道には、牛や驢馬が行き交い、犬や猿が屯している。

そして、乞食や物乞いがなんと多いことか。

まさに見たことのない世界であり、

世界の混濁が凝集されていると言っていい。

 

だが、そんな混沌の裏側から、真理の香りが立ち昇っている。

それがインドなのだ。

街で流れる下劣でやかましい音楽とは別に、

高尚なラーガもある。

教典や仏典を紐解けば、そこからは真理の響きが漂ってくる。

だが、人々がそれを聞いているわけではない。

人々はただ何かにすがっているだけ。

そして、目の前のことどもに執着して生きているだけだ。

 

家に帰って、執事にそんなことを少し話すと、

彼は笑って言った。

「旦那様には関係のないことでございますよ。

旦那様の生きておられる世界はここですので。」

そう言って、彼はいつものように

美しい皿に載った前菜とスープを並べ、

「気晴らしにはビールが一番でございますよ。」

と言って、上等のビールをグラスに注いでくれた。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』