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廃墟の神殿で音を奏でる
森の中にそびえる廃墟の神殿に登り、
未知なるものへの音を奏でるふたりの賢者。
真っ赤な太陽の残光が
海のように広がる緑の森の上に降り注ぎ、
壮大な静けさがうずくまっている世界。
その世界は謎に満ちているかもしれなかったが、
世界の外で流れる真なる音を釣り上げること、
それが彼らの目指すものであったろう。
世界はなぜ存在するのか、
なぜこのようなかたちで存在するのか、
この宇宙が存在する以前の時はどうなっていたのか。
その問いに対していかなる存在者も答え得ない世界で、
ただ淡々と音の列が続いた。
日が沈み、あたりをひんやりとした静寂が支配し、
うす暗くなりかけた空に宵の明星が輝いた。
誰も見ていなかったが、
その響きは全宇宙にこだまし、
さざ波のようにあらゆる存在者たちの心に降り注いだ。
夜になり、星が輝き、月が煌々と森を照らし出すと、
その明るさの中で、
清新の響きが広大な森と大空にこだまし、
滔々と流れる音楽は
宇宙に眠っているあらゆる音を掘り起し、
この世界のあらゆる相を巡るかのように変幻し、
延々と鳴り響き続けた。
途方もない可能性が弾けた瞬間かもしれなかった。
世界が新しい相に進む予兆かもしれなかった。
現実の中での欲望に依拠する淀んだ世界に、
再び、絶対者の咆哮が吹き荒れ、
求道者たちの朗唱が
風の中を舞おうとしているのかもしれなかった。
その聖なる響きは、
大地に巣食う亡者たちには弔鐘となるかもしれなかった。
この世界の内の存在者たちは、
みな、世界という舞台の内で、
何かを演じているに過ぎない。
そして、それは、すべて戯れに過ぎないのだ。
ふたりの賢者の音は
そんなあやふやな世界を超え出て響き続けた。
天の窓から滴り落ちる真音をすくい取る試みから生まれたかのような
音の列が果てることなく続いた。
夜明けとともに
神殿の頂上でふたりの賢者が紡ぎ出した響きは止み、
叫びにも似たトランペットの響きが導いた高尚な音の列は
朝もやの中にかき消えた。
朝の光が静かに森に降り注ぐと、
ふたりはただ黙って神殿を降りた。
朝の澄んだ空気が大地を包んでいた。
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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』