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インドへの憧れ

 

インドへの憧れ、

その思いはニューヨークにやって来て以来、

ずっとぼくの心でうごめいていた。

ぼくが知り合った前衛詩人のやつらがインドについて熱っぽく語っていたし、

ぼくが真の天才だと思っている前衛音楽家は

インドの韻律を用いてプリペイドピアノの新曲を発表した。

博士号を取るために学んだ比較神話学やインド神話も

インドへの憧れを掻き立てた。

ボストンの美術館に行けば、

世界の破壊を踊るシヴァ神や妖艶なるターラー神、

悟りに達したブッダの像がぼくの心をインドに誘った。

 

この世界は、絶対に、

一なる神の思し召しなんかで創造されてはいない。

ヴィシュヌが、シヴァが、ブラフマーが織りなす世界、

混濁とした多様なものが大地に渦巻き、

四十三億二千万年周期という途方もないカルパが巡る世界、

そんな世界こそが、真の世界を映し出している。

人間なんてその世界の中では何ら神の恩寵など受けておらず、

ただ大地に投げ出されているだけ。

ぼくは大学の図書館にあるインドに関する本を読み、

インドの神々やインドの神話について学んだ。

偉大なる叙事詩マハーバーラタが

どれほどぼくの心を惹きつけたことか。

仏教の経典も紐解き、ブッダなる人物の教え、

ナーガールジュナの教えも学んだ。

 

でも、そこは同時に、厳しいカーストによる差別があり、

途方もない貧富の差のある世界。

王侯はニューヨークの大富豪を凌ほどの豪奢な生活を送り、

貧しい者たちは信じられないくらい惨めな生活に甘んじている世界。

そして、溢れんばかりの人々がひしめき合う世界。

ぼくはそんなものがすべて混在するインドを

自分の足で歩き、自分の目で見てみたい。

 

だからぼくはインドへ行く。

ヒンドゥーの言葉、インドの習慣も勉強した。

最初は、インドへの放浪の旅に出ることを考え、

大学に辞職の申し出をしたが、

だったら、インドのヴァーラーナーシー大学で講師を求めているから、行ってはどうかと勧められた。

紹介状を書いても良いと言われたので、お願いした。

ヴァーラーナーシーはヒンドゥーの聖地だし、

まずはそこに住んでインドを体験するのも悪くない。

学長名の紹介状を送ってもらったら、

あっさり招待の返事が来て、

そこには驚くほどの俸給の額が書いてあった。

ざっとこっちの二倍ほどだ。

教授として迎えるとあり、

アジアの神話や文化の講義に加え、

英語の講義もして欲しいとのことだった。

聞いたところに拠ると、学長からの紹介状には、

アラビアを渡り歩いた博士で、

インドやアラビアの宗教や神話にも詳しいと

最大限の褒め言葉が並んでいたようだった。

ヴァーラーナーシーでは、

家とメイドと車も用意すると書いてあった。

紹介状に書いてある偉い博士様を迎えるなら

そんなものなのだろう。

 

ぼくは白いスーツに身を包み、白いハットを被って、

インド行きの船に乗った。

初めての上級客室だ。

アラビアに行くときも、ニューヨークに行くときも

三等客室だったから、雲泥の差だ。

上級客室の客は男も女も上品ぶって偉そうで、

いけ好かないやつも多かったが、

ニューヨークの大学で回りの者たちとうまく折り合う術も身につけたおかげで、

この船旅では適当に調子を合わせてやり過ごすことができた。

ときには、パーティに出て、若い令嬢とダンスをしたり、

紳士相手にダーツやビリヤードをしたこともあった。

 

船がムンバイに着くと、

そこはまさに人が群がる港だった。

ポーターに荷物を運ばせ、入管手続きを済ませ、

ぼくは列車に乗った。

列車はインドの大地を走った。

荒涼たる荒野もあれば、のんびり草を食む牛たちや

色鮮やかなサリーを纏って農作業する女たちも見えた。

 

ぼくはインドにやって来た。

西洋とは別の精神が息づくインドなのだ。

何かがぼくを待っている。

きっと何かが見つかる。

そんな胸の高まりを乗せて

列車はインドの大地を走っていた。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』