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シュルツェを訪ねる

 

潮の香りを含んだ風に

陽光が降り注ぐ港町、

小さな路地をいくつも曲がって

ぼくは海辺のその店に辿り着いた。

バンジョーを弾く酔っ払いが

悲しげな眼で自作の詩を口にしていた。

 

ぼくは上等の赤ワインを注文してグラスに二つ注がせ、

一つを彼の前に差し出した。

彼は不機嫌そうな顔でじろりとぼくを見つめ、

「ありがとよ。」と短く言ってワインを口にし、

「良いワインだな。」

とそっけなく言った。

 

時間の上に滴り落ちる夢のかけらが

はかなく消えていった。

 

「なんか用かい。」

彼がぶっきらぼうに聞いた。

「絵を一枚。」とだけ言うと、

彼は画用紙に錯綜する線を描き、

「酔いどれ船、おれの本心さ。」

と言って悲しげな笑いを見せた。

 

世界は土塊の集まりに過ぎないのかもしれなかった。

 

彼は立ち上がり、言い残した。

「ワインはうまかった。だけどあんたとつきあいわけじゃないんでね。」

 

ぼくはひとり残され、絵を眺めながら、港を見つめた。

陽光をいっぱいに浴びた帆船がゆっくりと港に入ってきた。

世界の美しさが心に沁みた。

でも、それは幻影で、

きっとその絵の方が真実なのだ。

ぼくは心の中でただ頭を垂れるほかなかった。

 

(ヴォルスに捧げる)

 

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