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架空世界の底で/竹林にたたずみ

 

竹林にたたずみ、その上の空を見上げ、

鳥のさえずりに耳を澄ます。

ここのあるじは小さな庵で身をかがめて過ごし、

毎日、池の金魚を眺めている。

ぼくは毎朝あるじの庵を訪ね、正座して朝の挨拶を行う。

それから木や竹を削って音を奏で、

ぼくの人生に散らばった言葉の破片をつなぎ合わせる。

あるときはあるじから石のたたき方を教わり、

またあるときは夜の空の星々について教えを請う。

かつての恋人が訪ねてきたときは、

かすかに微笑んで来た道を帰らせ、

古い友人がやってきたときは、

少しだけ言葉を交わして別れた。

 

世界の喧騒はもう真っ平だ。

ドルの話も戦争の話ももういい。

たあいない狂気と酔ったような興奮に満ちた世界から

ぼくは逃げてきたのだ。

小さなつぶやきをもつ者たちがここに暮らし、

崇高なものがただの土くれと化している。

冷たい空気を静寂の中で吸い込むことが最上の幸せだ。

 

雨の日には静かに濡れた竹林を眺め、

池に広がる雨粒の波紋を見つめ続ける。

地上で醜く膨らんだ夢のぶつかり合いはここにはない。

荒野で沈黙していた石たちが、

ここでは微笑んでいる。

 

あるとき、あるじが賢者を招いて三人で対座した。

池の見える静かなあずまやに座り、

ぼくたちは石と竹と金魚についてゆっくり語り合った。

別れ際に賢者が言った。

再び会うことはないでしょう。

ぼくたちも黙ってうなずいた。

あるじは戻って金魚に餌をやり、

ぼくは石と竹を叩いた。

地上で荒れ騒いでいた者たちとは完全に別離した世界の音が

竹林に霧散した。

消えた微光が降り注いでいる。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』