向殿充浩のホームページ
トップ お知らせ・トピックス 自己紹介・経歴 作品 技術者として活動・経歴 写真集 お問い合わせ先 その他
危機に瀕して
世界の深淵に錨を降ろした妙なる精霊の声は
忌まわしい日常性の中に瓦解した。
ぼくを導きつづけた荘厳な光は
喪の領域へと後退していった。
血塗られた荒野も
氾濫する川も
ぼくの視界から消え、
豊饒の実りが祭壇の前に並べられ、
赤ら顔の祭師が
得意げに祈祷をあげている。
ぼくは危機に瀕しているのだ。
ぼくには永遠の宇宙を流れる真音の響きが必要だった。
ブッダの声が、
荒野の中の沈黙の仏頭が必要だった。
麦の野をなぎ倒して
一瞬の閃光の上を進む異界の者たちのように、
一切を顧みず、途方もなく無に近づく瞬間を
狂気と錯乱の中で体験することが必要だった。
けれど、星からの使者はうつむいたまま何も言わず、
かつてぼくの回りに飛来して来た天使たちは、
今は遥か遠い虚空の中に去っている。
我と一者との不思議な脈絡を捉えた音楽は
その響きを無機物の中に閉じこめられている。
空気がうっとうしい。
世界に向かって吠えた詩人は
いったいどこをうろついているのか!
陶酔した色の領域に呪術的な絵画を描いた画家は
今はどの時空の中に去ってしまったのか!
けれどぼくは、
ぼくの立っているこの地平に刻み込まれた裂け目から
目をそらすことができない。
錯綜した線の領域に、
狼の吠る川のほとりに、
ぼくの領土がある。
ぼくは獣の骨を削り、豹の油を塗り、
遠い未来の洪水を占い、
魔界の魑魅魍魎たちと
赤茶けた大地の上で踊り狂わずにはいられないのだ。
ぼくは叫び出さずにはいられない。
ぼくはぼくの剣で空をずたずたに切り裂かずにはいられない。
かつて精霊が支配した
多層次元の世界を闊歩すること、
遊星の上にはいつくばらされた
意味不明の象形文字を集めること、
それがぼくの喜びだ。
けれど意識によって縛り付けられた世界からは
離脱しなければならなかった。
ぼくの祭壇に捧げられた生贄の数ははかり知れない。
ぼくは瞑想と真摯な観想によって
世界を突破することを試みた。
けれど、ぼくは危機に瀕している。
絶対者の意志が瓦解し始めている。
(1990.2.10)
[付記]
この詩は、神話『ブルーポール』第7巻で使われています。
トップ お知らせ・トピックス 自己紹介・経歴
作品 技術者として活動・経歴 写真集 お問い合わせ先 その他
Copyright (C) 2014-2019
Mitsuhiro Koden. All Rights Reserved. 無断転載を禁じます。
向殿充浩 / 第3詩集『求道者たちの祭儀』