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神話『ブルーポールズ』

【第5巻】(ヴィダールの巻)-

 

 一方、ニュークルツでのナユタの周りもどんどん変わっていった。大学には若者が復帰し、活気が戻ってきた。

 セルゲイは、ブラーニアによるニュークルツ空襲が始まって以降、活動を休止していたが、空襲の被害で使えなくなっていた市立劇場が再開されるとすぐに活動を再開した。

 セルゲイはナユタとマティアスに会うと言った。

「ようやくですよ。でも、希望がある。若者も戻ってきた。以前のレベルに戻すには多少時間もかかりますが、その間は過去のダンスで繋ぎます。そのうち、新しい踊りを創造したい。その際にはぜひおふたりの音楽が必要ですので、これからもよろしくお願いしますよ。」

 これは嬉しい話だった。ナユタは手放しに喜んで言った。

「それはすばらしい。期待しています。ご協力できることはなんなりとやらせてもらいます。」

 ナユタとマティアスはセルゲイ舞踊団の復活公演の初日を見に行ったが、そこにはまぎれもなく希望が感じられた。踊りそのものはセルゲイが言ったようにかつてのレベルと比べて劣っていたが、踊り手たちの生き生きした動き、踊ることができる喜びが滲み出るその姿が心を打った。マティアスはうっすら涙を浮かべてその踊りを見ていた。

 その後、セルゲイ舞踊団は着実に活動を活発化させていった。ナユタやマティアスが音楽を提供しただけでなく、ナユタからの紹介でシャルミラがこの舞踊団の専属音楽家となった。シャルミラの優美で女性的な韻律は舞踊団の心に沁みる踊りと調和し、これも舞踊団の売り物の一つになっていった。

 

 トゥルナンからはニェタンが大学に入学するためニュークルツに出てきた。

「戦争が終わったので、やっと両親も許可してくれて。」

とニェタンは弾んだ声でナユタやマティアスに報告した。

 ニェタンがニュークルツに出てくるにあたっては、マティアスとクララがいろいろと手を尽くした。ニェタンは、マティアスとクララの住むアパートの近くに部屋を借りて、ひとり暮らしを始めることになり、引っ越しの日にはナユタも手伝いに行った。

 引っ越しの片付けが一段落すると、バハドゥール老人がニェタンに持たせてくれたお土産のお菓子でティータイムとなった。そのお菓子は必ずしもおいしいとは言えなかったが、トゥルナンでの生活を懐かしく思い出させてくれたし、孫娘を思う老人の温かみが感じられ、胸が熱くなる思いだった。

 大学で教育学部に入学したニェタンは学校の教員を目指しているということだった。

「トゥルナンでもようやく子供たちは全員小学校に行くことが義務づけられて、だから新しい学校も建てられているんです。だから、私も学校の先生になりたくて。」

 そう将来の夢を語るニェタンは生来の明るさもあって、小学校の先生に向いているだろうと思えた。ナユタは温かい言葉をかけた。

「ニェタンなら良い先生になるよ。先生になったら、教室で教えるだけじゃなく、河原や山へ子供たちを連れてゆくと良い。冬の日の白鳥、春の桜、夏の蛍、秋の紅葉、そんなものを見に遠足に連れてゆけば、きっと子供たちにも良い思い出になるよ。」

 クララも言った。

「それと子供たちと一緒に踊ると良いわ。トゥルナンでニェタンが踊るのを何度も見たけど、今思い出してもすてきだったもの。」

 そんな楽しい会話で始まったニェタンの大学生活はマティアスやクララのサポートもあって順調にスタートしたようだった。大学での入学式にはマティアスとクララが両親の代わりに出席し、ナユタも同行した。クララは入学式での写真を何枚も撮り、それらはプリントしてトゥルナンのバハドゥール夫妻にも送ったが、バハドゥールからの返事には丁寧なお礼の言葉と娘の入学を喜ぶ言葉が並べられていた。

 

 ニェタンが大学に通い始めてしばらく経ったある日、マティアスとクララがナユタとニェタンを誘ってくれて、ニュークルツの中央公園に出かけた。ニェタンは都会風のすてきな髪飾りをつけ、流行の爽やかなノースリーブのワンピースを着ていた。クララに見立ててもらったということだったが、天真爛漫な彼女によく似合っていた。

 ニュークルツ中央公園で、大きなこんもりとした木々の並ぶ道を通って広場まで行くと、広場の回りに並ぶ旗がかすかな海風になびき、パンの耳の破片を撒いている幼い少女の回りにたくさんの鳩が集まって来ていた。それはたとえようもなく明るい、美しい平和な光景だった。

 都会に出てきたニェタンは新しい大学生活とこの都会の暮らしをのびのびと楽しんでいるようだった。何もかもがトゥルナンとは違うこのニュークルツでの生活は彼女にとってはまさに驚きの連続であったろうが、大学での友達もでき、友達同士で遊びに行ったりもしているようだった。

 ナユタにとっては、夏のある一日、四人で水族館に行ったのも楽しい思い出だった。それはニュークルツにできた新しい水族館で、それまでにない大掛かりでさまざまな新しい展示があるという触れ込みだった。

 水族館に入ると、まず巨大な水槽が目に飛び込んできた。たくさんの種類の魚が泳ぎ回り、その中で、大きなエイがまるで空を飛んでいるかのように悠々と泳いでいた。エイの背に乗っかった鮫や大きな手足をいっぱいに広げて泳ぐ大きな亀もいたし、小さな魚たちは群れをなして泳いでいた。

 それはナユタにとって不思議に心安らぐ世界で、飽くことなく水槽の中の魚たちを見つめ続けた。

 巨大水槽を離れて通路を進むと、両側に小さな水槽が並んでいた。色鮮やかな魚、巨大な高足ガニ、優雅に泳ぐクラゲ、見たこともないグロテスクな姿の深海魚など興味が尽きなかった。サンゴの回りを美しい熱帯魚たちが泳ぐ水槽もあった。ニェタンにとっては見たこともない夢踊る世界であったろう。彼女は、

「こんな魚がいる。」

「あんなのもいる。」

と歓声を上げては目を輝かせて次々に水槽の前に駆け寄って行った。

 その水槽を過ぎると、ラッコ、ペンギンやアザラシなどの館があった。ラッコが仰向けになって胸の上で貝を割るのも見たし、ペンギンたちが羽を小さく動かし、おぼつかない足取りで歩くのもかわいらしかった。

 それはニェタンにとって、とてつもなく楽しい一日であったろう。休憩でアイスクリームを食べたり、かわいいお土産を買ったりしたのも素敵な思い出であったろう。

 ナユタにとっても、その一日は、世界の平和を改めて実感した一日でもあった。マティアスも同様だったようで、彼はぽつりと言った。

「かつてルンベルグでパークスの脅威に晒され、逃げ出すように海を渡ってきた。その世界は消えてしまったな。」

 

 もっとも、世界からもニュークルツからも戦争の傷痕がまるで消えたわけではなかった。市内の繁華街に行くと、いたる所に、傷病兵の恰好をして金を求める者たちがいた。片手がなく生気のない表情で座り込んでいる男、足がなくて杖を突いて立っている男、包帯を体に巻き付けてアコーディオンを弾いている男などさまざまだった。彼らの前に置かれている箱にナユタがコインを投げ入れると、彼らはちょっとだけ微笑んで、力なく頭を下げるのだった。

 だが、それは世界の底辺でのできごとであり、世の中はどんどん動いていた。実際、マティアスの故郷のブラーニアでも復興と新しい世界に向けた動きが着々と進んでいた。

 終戦の二年後には、新しい憲法が発布された。新憲法のもとで普通選挙が行われ、新しい国会議員、新しい大統領が選ばれた。

 新憲法は、

『人類の英知と信義と誠意を信じ、国際協調の理念に基づき、恒久平和を築くための不断の努力を続ける。』

と謳い、別の条項では

『国際紛争解決手段としての戦争を放棄』

することを宣言した。これは非戦を宣言する世界初の憲法でもあった。

 一方、この戦争を推進したブラーニアの主導者たちは、戦争犯罪を裁く国際軍事裁判にかけられて断罪された。この裁判で特筆すべきだったことは、捕虜虐待や一般人の虐殺、財産略奪などそれまでの国際法によって禁じられている行為を裁くのに加え、平和に対する罪と人道に対する罪を問うたことだった。

 ちょうどニュークルツでの客演指揮のために来ていたゲーベルに、マティアスと一緒に会うと、ナユタは言った。

「だけど、ほんとうに平和に対する罪や人道に対する罪で裁けるんだろうか。あるいは、裁いて良いんだろうか?だって、ルールを後から作って裁くようなものじゃないか。」

 マティアスはうなずきつつ、言った。

「たしかに、パークスは国内の正規の手続きに基づいて元首となったし、正規の手続きを踏んで宣戦布告した。宣戦布告して戦争をしてはならないという国際法はないからな。」

 だが、ゲーベルは厳しい表情で言った。

「でも、あんな戦争を引き起こし、異民族を虐殺した奴らは許されるべきじゃない。絞首台に送られるべきだという感情が渦巻いている。ぼく自身もそうだ。法律論から言えば異論もあり得るかもしれないが、あんな奴らを許すなんてのはありえない。あってはならないことだ。」

 このゲーベルの言葉が国際軍事裁判の方向を言い当てていただろう。戦争に伴うさまざまな犯罪は、以前であればあるいは見過ごされたかもしれないものも含め、今や人道に照らし、正義に照らして断罪された。人種差別政策を推進した者たち、異民族を虐殺した者たち、数々の謀略の元で侵略戦争を推進した者たちはことごとく絞首台に送られた。そこに勝者の正義という面があったのは事実だが、今後、それに従うべきであり、それに反するものは断罪されるという新たな、そして明らかな規準ができたことは時代の進歩と言って良かったろう。

 この裁判に伴って、シュタルバー・フィルハーモニーの常任指揮者だったヴィルヘルムの演奏禁止についても裁かれたが、結局、ヴィルヘルムは無罪となって音楽界に復帰することができた。パークスの政策に積極的に加担した証拠が出なかったことに加え、戦前、異人種であるグスタフの音楽活動を擁護するためにパークスに出した手紙などが理由のようだった。

 ただ、中には、大陸でヴィルヘルムと並ぶ人気指揮者だったウィレムのように、戦犯として音楽界から永久追放された者も少なからずいた。

 ともかく、こうして新しい時代がやって来た。大きく変わったのは、ブラーニアだけではなかった。世界の国々で新しい動きが起こった。ビシュダールもルンベルグも解放され、再び民主的な共和国が復活した。多くの国で国民皆兵と徴兵制がなくなった。

 

 また、この戦争の結果、帝国主義の力による支配は揺らぎ、世界にあった多くの植民地は次々に独立した。アシュグザもそんな国の一つだった。

 アシュグザでは、ランズウッド支配打倒を目指してブラーニア軍と共にアシュグザ侵攻を行ったスワルディや仲間の幹部たちが戦争終結の直後に捕虜となっていたが、彼らに対する国際軍事裁判が独立への直接の引き金を引くことになった。裁判では、「アシュグザ皇帝及びアシュグザ帝国への反逆の罪」で絞首刑の判決が出されたが、その反響は凄まじかった。

 アシュグザのために戦った者たちへの死刑判決なのだ。国民の怒りと憤激は津波のように広がった。皮肉なことだが、スワルディの自由アシュグザ国民軍は軍事的にはあまりにも脆弱で、ランズウッドを倒すという点ではほとんど実質的な寄与をしなかったが、逆に、その敗北によって独立に向けての凄まじい国民の力を引き出したのだった。

 反ランズウッドデモは国中の主要都市で沸き起こり、地方都市でさえスワルディの肖像を掲げたデモ隊が大通りを占拠した。あらゆる政治団体が結集した反ランズウッドの流れは止めようがなかった。各地でデモ隊と警官隊の衝突が発生し、死者まで出る事態になると、デモは民衆暴動を引き起こした。民衆暴動はまず首都ザヒーラプトラで発生した。警官隊への投石が繰り返され、警察車両がひっくり返され、街灯が壊され、郵便局が放火され、ランズウッド総督府などに暴徒が押し寄せた。

 この事態に総督は死刑判決を受けた者たちへの恩赦を発表した。総督としてはこの混乱を抑えるために他の有効な手立てがなく、恩赦によって事態の沈静化を図るつもりだったのだろうが、結果は逆に火に油を注いだだけだった。これはランズウッドの方針が間違っていたことをランズウッドが認めたことに等しく、ランズウッドを非難する暴動がさらに激しくなったのだった。

 大衆運動の指導者バグワーンは、当初、暴力を批判し国民に冷静な対応を呼びかけたが、民衆暴動が地方都市にも広がり、さらに、ランズウッドから派遣された総督が単純に民衆を非難し、警察だけでなく軍の出動を示唆すると、バグワーンはランズウッドを厳しく批判し、大衆運動を支持した。

 ランズウッドから派遣された総督は軍に出動命令を出したが、国民に銃を向けることに抵抗を覚える将軍たちは躊躇い、しかも、大衆の動きが尋常ならざることを見てとると、多くの将軍は軍の出動を抑え、命令に従って出動した他の軍を牽制する動きまで見せたのだった。この結果、暴動は鎮まることを知らず、一部の都市では軍が住民を大量殺戮するという事態にもなったが、これが報じられると暴動はほとんど反乱と言うに近い状態になっていった。

 総督は事態がもはや制御できないことを悟るほかなかった。まさに、ランズウッドの統治は崩壊し、支配は継続不能な状態に立ち至ったのだ。この事態を収める策はただ一つ、独立を承認するほかなかった。

 もちろん、一世紀前であれば、強力な軍隊を派遣して強引に鎮圧することもできただろう。だが、それは現実的には無理だった。ランズウッドの進歩的な考えの者たちは、そもそもランズウッド議会が採択した『人種差別撤廃宣言』、『世界人権宣言』の趣旨からして、異民族を隷属的な地位に置く植民地支配に終止符を打つべきだと考えていた。そして、経済的視点からも植民地支配は現実的ではなくなっていた。支配のための経費はかさみ、経済メリットも縮小していた。一世紀前であれば、アシュグザの綿花をランズウッドに運び、そこで作られた綿製品をランズウッドの三倍の人口のアシュグザで売りさばくのは大きな利の出る産業と言えたが、戦争が終わった時点で、アシュグザの繊維工業はアシュグザ国内の綿製品需要の八十六パーセントをまかなっており、逆にランズウッドからの輸入品はわずか四パーセントしか占めていなかった。しかも、ランズウッドは戦争遂行のために膨大な投資をアシュグザの産業に投資してきており、結果、アシュグザは新たな産業基盤を構築しつつあった。また、ランズウッドは戦争遂行のために膨大な国債を発行していたが、アシュグザの資本家はその主要な引き受け手となり、結果として、アシュグザはランズウッドの最大の債権国にもなっていた。実に、ランズウッドが海外に抱える負債の三分の一以上がアシュグザに返済義務を負っていた。このため、ランズウッドの国内でも、アシュグザの支配を続けるべきではないと声高に叫ぶ政治家もいたし、全体の空気も独立やむなしという流れとなっていた。

 まさに、民族意識の高揚と大国の力の低下がからみあった結果と言って良かった。実際、戦争が終わって、思想が一変したのも事実であったし、もはや帝国主義も軍国主義も成り立たなくなったという背景もあった。帝国主義によって植民地を支配する労力よりも、先進国としての利益を享受する方が理にかなっているという状況になって来たと言っても良かった。

 独立が宣言されたその日、首都ザヒーラプトラの宮殿前広場に集まった大群衆を前に、バグワーンは高らかに独立宣言を行い、議会の制定、国民選挙の実施などを約したのだった。

 

 ただ、こうして世界の復興が進む中、コヒツラントの情勢は不穏だった。大戦のさなかから、コヒツラントのレジスタンスを指導する自由コヒツラントのウェーバーと国民解放戦線を指揮するヴェヒラムとの反目は抜き差しならぬ状況となっていたが、ブラーニアの敗色が濃厚となる頃から両者の反目はさらに深まり、ブラーニアの無条件降伏とともに、その対立は決定的となった。

 ブラーニアが無条件降伏した時、フランツ皇帝への反旗を掲げる自由コヒツラントのウェーバーと国民解放戦線を指揮するヴェヒラムはともに首都ル・マーズを目指して進撃した。ブラーニア軍が無条件降伏した後となっては、フランツ皇帝配下のコヒツラント軍は次々に打ち破られてただ敗走を重ねるほかなかった。ウェーバーとヴェヒラムのうち、先にル・マーズに入ったのはヴェヒラムだった。ヴェヒラムはフランツを始め政府高官や軍の幹部を次々に逮捕し、宮殿の広場からコヒツラント帝国の崩壊と人民共和国政府の樹立を宣言した。

 しかし、コヒツラントの国内がこれで安定するはずはなかった。ランズウッドのブルック首相はウェーバーを支援し、公にも自由コヒツラントの正統性を主張してはばからなかったが、首都ル・マーズ入場で先を越されたウェーバーはランズウッドの支援を受けてヴェヒラムへの激しい攻勢を開始した。ランズウッドの支援を受けるウェーバーの自由コヒツラントとコヒツラントの農民を中心に勢力を蓄えていたヴェヒラムの国民解放戦線の間で激しい内戦が始まった。

 だが、大戦終結から三年半が経ったある日、ウェーバーがランズウッドに亡命したというニュースが流れた。ヴェヒラムの解放戦線が内戦で勝利を収め、コヒツラントから自由コヒツラントの勢力を根こそぎ葬り去ったのだ。ランズウッドは自由コヒツラントを後押ししていたが、自由コヒツラントの政治的腐敗が民心の離反を引き起こし、農民たちの多くが解放戦線を支持したことが大きな要因のようだった。

 ヴェヒラムは内戦に勝利すると国家主席の地位につき、高らかにコヒツラント人民共和国の建国を宣言した。そして、フランツ皇帝をはじめ旧帝国関係者は裁判に掛けられて断罪され、フランツも戦犯として十五年間収容所に入れられた。

 そのコヒツラント人民共和国では、従来の帝国主義に代わる別の独裁主義が国を支配した。また、ヴェヒラムは自らの敵ウェーバーを支持したランズウッドを非難し、断固としてランズウッド主義と戦うことを宣言した。

 この事態に、ランズウッドのブルック首相は、ヴェヒラム率いるコヒツラントを敵視し、徹底的な封じ込め政策を開始した。ブラーニアは再軍備を禁じられていたが、ブルック首相はブラーニアをコヒツラントに対する自陣営の最前衛と位置付け、強力なランズウッド軍をブラーニアに駐留させ、同時に、ブラーニアの戦後復興と繁栄のためのさまざまな援助と努力を惜しみなく注ぎ込んだのだ。この政策は、ブラーニアが平和と民主主義の上に立脚した新国家となることを後押ししたが、別の面ではブラーニアとコヒツラントの国境線を境とする世界の二分でもあった。

 

 そのころ、ニュークルツの近代美術館では、ジャクソンという名の画家の大展覧会が開かれた。このジャクソンという画家は、ナユタがしばしばこの美術館に足を運んで見た絵画の中でも特に気に入り、その「No.192」という作品に、自分だけの『宇宙で、神々の戦い』という名を付けたあの作品を描いた画家であった。

 ナユタは心を躍らせてこの展覧会に行ったが、そこでは、あの技法、キャンバスに絵筆で描くのではなく、キャンバスを床に置いて、ペンキを滴らせたり、投げつけたりして描くドリッピングの技法によって作られたさまざまな作品が展示されていた。それはある意味、マティアスの偶然性の音楽にも通ずるのではないかとナユタには思われた。そのジャクソンの絵画は、宇宙の深い深淵を描き出しているように見え、心の沈潜と昇華を呼び起こすような絵であった。

 ナユタは、この展覧会の期間中にジャクソンに直接会うことができた。それは、この展覧会の会期中に開かれたあるワークショップにナユタが参加した時のことだった。

 ジャクソンはちょっと怯えたような目を持ち、おどおどして人見知りの激しい感じの人物だった。そのまなざしはどこか天才的ではあったが、気難しい雰囲気と年齢以上に老けた顔から受ける印象はお世辞にも良いとは言えなかった。

 ナユタがジャクソンに挨拶すると、彼ははにかみながら答えた。

「ナユタさんですか。お名前は聞いています。偶然性の音楽をやっておられるとか。」

「ええ、偶然性という観点では、あなたの絵も偶然性を用いて描いておられるようにも見えますが。」

 ナユタはそう言ったが、ジャクソンの顔には軽い怒りの表情が浮かんだ。彼は少し顔を歪めて答えた。

「絵の具は私の意思に基づいてほとばしる。そこに偶然はありません。」

 彼の絵に偶然性という要素がないなどということは考えられなかったが、ジャクソンは自分の絵を枠にはめて語られるのが嫌だったのだろう。この非友好的な対応にナユタはちょっとたじろいだが、それでも、この展覧会でも展示されている『No.192』に触れ、『宇宙で、神々の戦い』という名を自分の心の中で付けていることを語った。

 これに対して、ジャクソンはただ、冷ややかにこう答えただけだった。

「そうですか。それは見る人の自由ですからね。私にとっては、ただのNo.192でしかありません。」

 だが、この展覧会が終わってからしばらくして、一枚の絵がナユタの元に届いた。ジャクソンからのもので、付いていた書面によると、ジャクソンが四メートル四方のキャンバスにドリッピングによって描いた作品を六十四分割して、関係者にそれぞれ一枚ずつ配ったということだった。

 ナユタにはその意図がよく分かった。元の絵は一つの世界を作っていたのかもしれないが、一方で、六十四分割されたそれぞれの絵は、一枚一枚がオールオーバーな絵として成り立っていると言ってよかった。そして、絵に添えられた書面には、

「全体の作品がどうだったかは、永遠の秘密にしたい。」

というジャクソンのコメントが付記されていた。

 そして、そのナユタに贈られた絵の裏には、ジャクソンのサインとともに、

「ナユタ様に贈る。『宇宙で、神々の戦い・U』」

と書かれていた。

 そのジャクソンが自動車事故で亡くなったというニュースが流れたのは、それからほんのちょっと経ってからのことだった。酒を飲んでスピードを出し過ぎた上での事故だった。

 新聞には、ジャクソンが友人に書いた手紙の次のような一節が載っていた。

「ぼくは最低の状態だ。気落ちし、酒に溺れている。ニュークルツは残酷だ。ぼくは、水面から顔を出して生き延びようともがいてきたが、この世界は簡単じゃない。」

 それは、孤独で気難しく、周囲と打ち解けることのできなかった天才の叫びかもしれなかった。そして、そんな彼だからこそ、あれだけの作品を描けたのかもしれなかった。創造された世界は、真摯な心を持つ真の天才には酷な世界なのかもしれなかった。

 

 さて、戦後政治の世界では、ランズウッドとコヒツラントの対立が世界を二分していたが、一方、先進国の人々の暮らしは急速に豊かになり、繁栄が人々の生活を覆った。戦前は先進国にもたくさんいた貧民や極貧民は急速に減り、大多数が中流という社会が出現した。

 それはブラーニアにおいてもだった。戦争に打ちひしがれ、国土は荒廃し、軍事力は根こそぎなくなり、すべての植民地を失ったにもかかわらず、ブラーニアは誰も想像だにできなかったような驚異的な復興、経済発展、繁栄をなしとげた。

 もちろん、その過程で国内的にはさまざまな混乱や紛争、衝突が起こったが、大局的に見ればそれらは見る見るうちに解決され、ブラーニアはランズウッドと並び立つ経済大国にのし上がっていった。

 それは重商主義と植民地主義に基盤に置く帝国主義が崩れ、自国経済圏がなければ自国の繁栄を手繰り寄せられなかった戦前の枠組みが、自由と民主主義に基づく国際的な自由経済活動に置き換わった恩恵を大きく享受したとも言えた。ある意味、パークスが思い描いたものとは真逆の世界がブラーニアに繁栄をもたらしたのだ。

 一方、かつての大国であったビシュダールやルンベルグは並の先進国の地位に落ち、もはや昔日の帝国の栄光の面影はなかった。世界を指導する立場でもなくなり、経済力では完全にブラーニアの後塵を拝することになった。その結果、世界経済は、自由主義国の盟主ランズウッドと、新たにランズウッド陣営に入ったブラーニアとによって支えられていると言っても差支えない構図となっていった。

 そうは言っても、先進国としての高い生活レベルと世界トップレベルの社会福祉によって、ビシュダールやルンベルグの人々もまた満足した。領土獲得と国家の強さが必ずしも人々の生活レベルや満足に直結しないことも明らかになった。

 

 では、その新しい世界は輝いていたのだろうか?ヴィダールが言うように、悲惨な世界大戦も歴史の一局面に過ぎず、世界は新しい光を放ち始めているのだろうか。そんな思いを持っていたとき、コヒツラントからナユタに、首都で開催されるル・マーズ芸術祭での演奏の依頼が舞い込んできた。

 ランズウッドが敵対するコヒツラントからの招聘なので手続きに手間取りはしたが、ナユタは応諾し、コヒツラントへ渡った。コヒツラントに足を踏み入れるのは初めてだったが、鉄道でコヒツラントに入ると、どの駅にも艶やかな民族衣装を身にまとった若い少女たちが立っていた。花かごを抱えて、花を差し出す少女もいた。列車も快適だった。とても労働者階級のためとは思えない豪華な新型車両で、帝政時代の皇帝用の列車よりも快適なのではないかと思えるほどだった。

 首都ル・マーズに着くと、街は輝いて見えた。ニュークルツとは違った活気と輝きがそこにはあった。人間の欲望が噴出しぶつかり合うといった熱気に溢れたニュークルツとは異なり、ル・マーズには整然とした秩序の上に立った活発さがあった。街では将校たちがきりっとした服を着こなして歩き、カフェでは優美な女性たちが明るい笑顔で会話を弾ませている。ここでは、喧噪ではなく秩序への信頼が活気の源なのだ。

 ナユタへの対応も格別だった。顔立ちも立派な偉丈夫の役人がナユタの専属に付けられ、あらゆる要望にすぐさま対応してくれた。その礼儀正しさは格別だった。宿泊ホテルも立派だった。室内は非の打ちどころもないほどに清潔に整えられ、電灯はまばゆいばかりだった。風呂はゆったりと広く、洗面所では別々の蛇口から湯と水が出るのではなく、一つの蛇口から望み通りの熱さで水が出てくる仕組みだった。

 芸術祭の歓迎会や懇親会も豪華で、立派な料理や高価な酒が並んでいた。芸術に深い理解を示す政府高官の挨拶、この国の発展と文化の発展への熱意を語る音楽家の挨拶、何もかも素晴らしい印象だった。演奏会においても、会場は満席で、演奏が終わると大きな拍手が鳴り続ける。ニュークルツではナユタやゲーベル、マティアスの前衛音楽にこれほどの聴衆が集まることなど決してなかったことを考えると、まったく画期的なことだった。

 だが、演奏会の後にホテルに帰ってコートのポケットに手を突っ込んでみると一枚の紙片が出て来た。それは差出人名のない手紙で、こう書かれていた。

「人々があなたに言っていることを信じてはいけません。彼らはそうすることを強要されており、そして監視されているのです。あなた自身も監視されています。電話もすべて傍受されています。」

 その紙片には、さらに、この国において自由がいかに制限されているかについてさまざまな事例が述べられ、最後に、こう書いてあった。

「この紙片は読み終わったら焼き捨ててください。破るだけでは、彼らはきっとゴミ箱から集めてつなぎ合わせるでしょう。」

 その紙片は、演奏会の後、花束などを持って楽屋に押し寄せた人々の誰かが、どさくさに紛れてナユタのコートに突っ込んだものに違いなかった。ナユタはその紙片をすぐに焼き捨てたが、言われてみれば、思い当たることはあった。

 ナユタの行くところには、常に、案内し便宜を図るために誰かが必ず付き添っていた。美しいル・マーズにも、きっと汚らしい貧民街や落ちぶれ、虐げられた人々の暮らす一角もあるに違いなかったが、そんなところを覗いてみることは、決して許されなかった。考えてみれば、コヒツラントでは、ホテルを出て一人で歩くことすら、実は許されていないということを理解しないわけにはいかなかった。

 芸術祭が終わって帰国した芸術家たちの少なからぬ者たちは、マスコミに向かってコヒツラントの素晴らしさを吹聴したが、ナユタはほとんど何も語らず、ただ、ゲーベルやマティアスらに真実を語っただけだった。

 それがコヒツラントの現状だったが、では、かつての敵国ブラーニアはどうだったのか。新聞を読むと、ブラーニアにおいては、大戦を必死に戦った者たちを賛美する風潮が一向に静まっていないようだった。ブラーニアは、首都シュタルバーの中心に新たな『英霊の碑』を打ち立て、戦死者を悼むと同時に、英霊として讃えているという話も聞いた。

 久しぶりにブラーニアに行っていたマティアスはそのことを不愉快そうにナユタに語った。

「ブラーニアでは、多くの人々が新しい平和と自由と民主主義を素直に喜んで受け入れているように見えたよ。ただ、一部の者たち、なかでも国の中心にいる政治家などは依然として国粋主義的だった。偉大な国、ブラーニアを今もって夢見ているんだろう。英霊の碑にも行ったが、英霊礼賛が基本姿勢だった。」

「そうか。英霊の碑のことは聞いたが、正直、違和感を覚えるよ。戦死者を英霊として讃えて、それによって進んで国の犠牲になることを強いる政策と根は同じだな。」

「その通りだ。そして、そんな碑に対しては、マスコミも含めて、正面切って批判もしにくいものだから、表面的には、国を挙げて英霊を讃えているしな。」

「だが、そもそも、ブラーニア国民は分かっているのだろうか。パークスを打ち倒し、ブラーニアに平和と自由と民主主義をもたらし、幸せな生活を送れるブラーニアを築くために、命を懸けて戦ったのは、結果としては、ブラーニアの兵士ではなく、ランズウッドの兵士たちだった。本来なら、死に物狂いで戦い、命を落としたたくさんのランズウッドの兵士たちにこそ、ブラーニア国民は感謝せねばならないはずだ。そして、ブラーニアの兵士はそれを妨げるために死に物狂いに戦っただけであり、決してブラーニア国民の幸せのためにならなかったのだからな。」

 だが、ブラーニアの大物政治家たちは、実際に、大ブラーニアの復活と自主防衛軍の再建を目指していた。ある政治家は声高に叫んでいた。

「自分の国を自分たちで守る。当然のことではないか。」

 それは、ある意味、パークスと同じ語調でもあった。その政治家は保守本流を支持する世論の動向に支えられて大統領に当選すると次のように語った。

「先の大戦で我らが同胞の尊い犠牲の上にこの平和、自由、安全な社会が築かれたことを胸に刻み、平和の維持と世界との調和、友好を図りたい。同時に、我が国の独立国としての尊厳を守り、国民ひとりひとりが自国を誇れる美しい国作りを推進する。ブラーニアは世界の中心で輝く国にならねばならない。」

 それは、結局、依然としてブラーニアの政治家たちも国民も大国意識と強い自尊意識に取り憑かれていることを示す何ものでもなかった。反省ではなく、自尊意識が心を覆っているのだ。

 そして、ブラーニアとコヒツラントの国境を境に世界が二分されている状況では、ブラーニアを自陣営側に取り込んでおくことが有益と見ているランズウッドは、ブラーニアの右傾化傾向を苦々しく思い、警戒を持ちつつも、様子見を続けるというのが実情のようだった。

 そんな中、ニュークルツで開かれたのが、戦後初めての「第十六回万国スポーツ競技大会」だった。この大会は四年ごとに開催される国際スポーツ大会であり、戦争中は中断されていたのが、戦後初めてニュークルツで開かれたのだった。この大会の大きな意義の一つは、ブラーニアが大会に参加したことだった。

 開会式では、晴れやかに手を振りながら入場行進するブラーニア選手団に大きな拍手と歓声が送られ、ランズウッドの首相は開会の挨拶で述べた。

「世界の平和と連帯が復活した。今回の万国スポーツ競技大会はそれを象徴する大会となるだろう。選手、観客、すべての人々がこの大会を楽しんで欲しい。」

 たしかに晴れやかな大会だった。どの競技会場にもニュークルツ市民をはじめ多くの観客が集まり、海を越えて大陸からやって来て国旗を振る応援団も目についた。メディアは連日、この大会の模様を報じ、さまざまな美談を記事や電波に載せた。

 だが、コヒツラントは招待されず、そこには政治に翻弄されるスポーツのあり方が垣間見えた。

 ゲーベルはもっとシニカルだった。

「選手が平和にスポーツで競う姿はたしかに美しいな。でも、だったら、なんでユニフォームに国旗をつけ、表彰で国旗を掲揚したり、国家が奏される必要があるのかね。結局、人々は国とか民族というものに自分の意識を縛られているだけで、それが結局、紛争や戦争に繋がってゆくんだ。」

 マティアスもうなずいて言った。

「戦前、ブラーニアで開催されたこの大会は、ブラーニアの国威発揚のために利用されたしな。」

 しかし、ともかく、この大会は成功裡に幕を閉じた。ランズウッドをはじめ、世界中の多くの人々が競技の結果に一喜一憂して歓声を上げたし、この大会が平和の再来を強く人々の心に焼き付けたのも事実だった。

 

 こうして戦後の復興は進み、十数年も経つと、戦争の傷跡は表面的にはほとんど消えた。もっとも、人々の心の中では傷跡が疼き続け、それらはときどき社会の表面に顔を出しはしたが、新たな繁栄がそれらを覆い隠しているのも現実であった。

「もはや戦後ではない。」

 それが合言葉だった。

 それぞれの人に新しい人生と明るい未来があった。ブルックは先の大戦を記述した膨大な著作の中で、その大戦を「無益な戦争」と呼んだ。そして、その戦争は無数の悲劇をもたらし、地上に数限りない悲痛な叫びを呼び起こした。だが、皮相的な見方をするなら、その「無益な戦争」が結果として多くの有益なものを生み出したのだ。平和、人権、民主主義、民族の独立、それらがその「無益な戦争」の終結と共にやって来たのだ。まさに、その「無益な戦争」が打ち壊したものが、新しい未来を開いたのも事実だった。

 ニェタンは大学を卒業してトゥルナンに戻って小学校の先生になり、マティアス夫妻に届いた手紙によれば、同じ学校の先生と結婚して子供もふたりできたということだった。

 クララは今では一流ピアニストとしての評価も得て頻繁にリサイタルを開き、レコードの売り上げもそれなりらしかった。

 ゲーベルは指揮者としての名声を確立し、ゲーベルとシュタルバー・フィルハーモニーはほとんど世界最高峰とみなさているほどだった。一方、戦後に注目を集めるようになった新しい演奏家たちは鮮やかでのびやかな響きで人々を魅了していったが、彼らの音楽を聴くと、ゲーベルの音楽がいかに苦みと深みを持っているかということを改めて知ることができた。

 マティアスは言ったものだった。

「ぼくはゲーベルが指揮に専念するのには賛成じゃなかったし、今もそうだ。でも、今の新しい演奏家たちの演奏スタイルを見ると、ゲーベルの演奏の価値はとてつもなく大きいとも思えるよ。平和な満ち足りた時代を生きる者たちが生み出す音楽は人を魅了するかもしれないが、苦難の時代を生き、辛酸をなめた者たちだけが生み出せる渋みを伴った希求の響きのようなものは聞こえてこない。ゲーベルの演奏には、世界の矛盾と人間の愚かさと人生の本質的な苦悩がその底流に流れているよ。」

 ナユタも同じ感想だった。

 人々は戦後の平和な世界を楽しみ、その中の人生を楽しんでいる。だが、真理が輝いているかどうかは別な問題なのだ。

 マティアスは言った。

「人々は平和を生きているが、ぼくの心からあの時代のことを拭い去ることは絶対にできない。なあ、ナユタ。人生にはそもそもひびが入っている。人は完全な人生を欲し、それを夢見るかもしれないが、人生の裂け目からは常に冷徹な風がびゅうびゅうと吹き込んできている。それを忘れ、あるいは無視することは可能かもしれないが、それが事実であり、真実なんだ。ぼくたちはひび割れた世界の断崖の上に立っているだけだ。」

 この言葉はナユタの心にも深く響いた。

 

 それからしばらく経って、マティアスが星を見にいかないかと誘ってくれた。なんでも、天体観測をしている大学の友人がいて、その友人が、望遠鏡で星を覗かせてくれるということだった。

 その日、マティアス夫妻と一緒に郊外を車でしばらく走り、日暮れ近くに、電灯一個ない荒れ地に着くと、そこには既にマティアスの友人ブラチャオが望遠鏡をセットして待っていてくれた。口径三十センチ、長さ一メートル以上ある立派な望遠鏡だった。そばにはテントがあり、ブラチャオはそこに泊まるらしかった。

 ナユタたちがまず目にしたのは、荒野から見る夕焼けの壮大さだった。西の地平線に沿って真っ赤な夕焼けが続く光景はなんとも言えず心を打った。日が沈むと、一つ、二つと星が見え始めた。一番星は木星だった。

「まずは、木星を見ましょうか。」

 そう言って、ブラチャオは西の空に向けている望遠鏡の角度やピントを微調整し、マティアスらに見せてくれた。

 ナユタも覗いたが、明るく輝く星を見ることができた。

「木星の筋も見えますか?四本くらい見えるはずなんですが。まだ、見えにくいですかね。」

「なんとなく二本は見えますが。ちょっと四本は。」

とナユタが言うと、

「じゃあ、また、後にしましょう。もう少し暗くなったらはっきりします。じゃあ、先に土星を見ましょうか?」

 ブラチャオはそう言って、望遠鏡の方向を南の空に変えた。

「土星って、あの輪のある星?」

 クララがそう聞いた。

「ええ、そうです。輪っかも見えますよ。」

 クララが望遠鏡を覗き込んで歓声を上げた。

「ほんとだ。ほんとに輪っかが見える。こんなの見たの、生まれて初めて。」

 本でしか見たことのない土星を望遠鏡を通して直に見れた興奮が彼女を包んでいるようだった。マティアスとナユタも見たが、くっきりと明るく輪のある土星を見ることができた。

 ブラチャオは大学では化学の講師をしていたが、若い頃から天体観測が趣味で、望遠鏡も手作りということだった。空に輝く星をこうして眺められる趣味にのめり込むのも分かるような気がした。

 この後も、ブラチャオは、木星の周りを回る四つの衛星も見せてくれたし、遠い恒星も見せてくれた。見せてくれた恒星は、赤い星と緑の星だった。また、月も見せてくれ、表面のクレータなどもはっきりと見ることができた。

 一段落すると、マティアスは感慨深げにナユタに言った。

「今日は心を打つものがあったよ。太陽系のことや宇宙のことは知識としては知っていたけど、今日、望遠鏡を通して自分の目で星を見て、あんなに遠くで、星たちが運動をしている宇宙、その宇宙こそがこの世界の実態なんだということが改めて心に響いたよ。ぼくたちがこの地上、この小さな遊星の上でやっていることなんて、この宇宙にとってはまるで些末事でしかない。」

 それがマティアスの本心だったろう。ナユタが答えた。

「そうだな。ほんとにぼくたちは、この世界、この宇宙の中のほんの小さな領域で生きているに過ぎない。」

「ああ、その通りだ。でも、世の人間たちはそんな世界に生まれてきたことを素直に受け入れ、その中で生きること、その中で何かを為すことを肯定して生きている。でも、それは言ってみれば、閉じ込められた世界の中で必死に生きているに過ぎない。ぼくたちは水槽の中の魚と一緒だよ。だけど、いつも思うのは、この人間たちの世界のほんとうの価値は何なのだろう、ぼくたち自身にとってこの世界の中で生きることのほんとうの意味って何なのだろう、ってことだよ。この人生の中で為したものが結局、いかほどのものなのだろうか。どんな素晴らしいものを為したにしろ、すべては膨大な時間と空間の中に飲み込まれていくだけだ。本質的な意味や本源的な価値などどこにもない。結局、ぼくたちは、この意味のない世界に生まれ、意味のない時間を、世界に翻弄され、喘ぎながら生きているに過ぎない。」

 ナユタは黙ってうなずいた。マティアスの言う通りだった。そして、それは人間にとってだけでなく、神にとっても本質的には同じだった。それこそが、パキゼーが見出した真理、「一切は空」という真理そのものではなかったか。

 マティアスが続けた。

「昔、トゥルナンで、宇宙は百数十億光年もの広がりがあるって話をしたよな。覚えているか?」

「覚えているよ。四つのユガの話もしてくれた。」

「ああ、そうだ。それでぼくたちが住んでいるこの宇宙についてだが、学者たちの研究によると、今から百三十四億年前のビッグバンでこの宇宙が始まり、宇宙はその時以来膨張し続けているそうだ。だけど、学者たちはそれしか語らない。ビッグバンの前はどうなっていたのか。なぜ、ビッグバンが起こったのか。それは誰も語らない。要はまったく分からないんだろうな。そんなことを考えたとき、ぼくたちはそんな不可思議な世界の中にぽつんと存在させられている。何の意味もなくだ。」

「そうだな。」

 そうナユタがうなずくと、マティアスは続けた。

「この世界は神が構築し、神が守っている世界じゃないってことを自分の人生の中でまざまざと実感したよ。結局、ぼくたちはこの宇宙の底で、存在がなぜ存在するのか分からないという不可知性の中に投げ出されているだけだ。それが真理。それが真実。ほんとうはそれに心を開くことなんだろうな。その真理から見れば、異なる神を掲げた宗教の対立などまったく滑稽だよ。だけど、ぼくたちだって、結局、自分たちの欲望に突き動かされて生きているだけしな。」

 ナユタはうなずいたが、呟くように言った。

「でも、心をときめかせるものがこの世界にはまだある。それもほんとうは膨大な時間と空間の中に飲み込まれていくだけの何の価値のないものかもしれないが、でも、心を惹きつけられる。この世界の中にはまだぼくの知らないものがたくさんある。知らない音楽もまだまだあるはずだし。」

「分かるよ。ぼくだってそうだ。なんで音楽を作り、音楽を奏でるのか。それに価値があるからじゃない。ぼくの心がそうせずにいられないから。それだけだ。ただ、その音楽はこの世界の真の姿に心を沈めて作っているんだ。だから、その音楽は人間や人間の心を肯定し、人間の行為について語る音楽じゃない。人間のための音楽じゃなくて、ただこの宇宙に鳴る音楽なんだ。人生は空虚な戯れに過ぎないとしても、ぼくはこれからも戯れとして音を奏で続けるだろうよ。」

「その通りだな。だけど、そんなことを考えたとき、今のままの生活で良いのかという疑問も持っている。実はアシュグザのバットから手紙が来たんだ。音楽の共演の誘いなんだが、別の世界も見てみたくてね。移住するくらいのつもりで、アシュグザに行こうと思ってるんだ。」

 ナユタがそう言ったのは、そろそろ地上を去って、神界に帰ろうと思っていたからでもあった。だが、その前にアシュグザに行ってみよう。それがナユタの思いだった。

 だがナユタの言葉に、マティアスはさして驚いていない風だった。

「それも良いかもな。このランズウッドにしろ、トゥルナンにしろ、ほんとうに新鮮で、ほんとうに目を見開かされた。きっとアシュグザもそうかもな。ただ、おれはまだここに留まるよ。クララもいるし、おれの音楽にはいろんなエレキ機器や最新の技術が必要なんでな。」

「ああ、そうだな。ともかく自分の目でアシュグザを見てくるよ。少し前に歴史学者のジョゼフが言ってたけど、これまではランズウッドやブラーニアなどの帝国主義と植民地主義が世界を覆っていたが、次の世紀はアシュグザのような国が基軸国になるかもしれないということだった。でもたぶん今はその片鱗がうかがえるか、あるいはその片鱗すらうかがえないかもしれない。まだ、やっと植民地から解放されたばかりだからな。でも、そのありのままの姿を見てみたいんだ。」

 

 一ヶ月後、ナユタは大学に退職願を出した。マティアスは、

「でも、手紙はくれよな。」

と言ったが、ナユタは笑って答えた。

「それは期待しないでくれ。まずはアシュグザに行ってみるつもりだけど、そこからさらにどこに行くかなんて分からないからな。この前のときと同じさ。紙もペンも郵便も電話もないところへ行くかもしれないし、何年になるかも分からないからな。」

 マティアスは半分は納得したようだったが、付け加えて言った。

「でも、また戻ってきてくれよな。」

 ナユタはこれにも笑って答えた。

「ああ、できることならな。ただ、約束はできないけどな。」

 大学を退職すると、ナユタは仲間たちに別れを告げて船に乗った。飛行機を乗り継いでアシュグザに行く手もあったが、ゆっくり船旅を楽しんでみようと思ったからだった。船の甲板から遠くなって行くランズウッドを見ると、「もうここには戻ってこないかもしれない。仲間たちに会うこともないかもしれない。」という感傷が心の中に沈み続けたが、その船旅にはかつてルンベルグから海を渡ってランズウッドにやって来たときのような緊張感や悲壮感はなかった。アシュグザではクンワールが待っていてくれるはずだった。バットとの共演の段取りもできているはずだった。

 一等客室の乗客としてディナーの席に座り、上等の酒を飲みながら一流シェフのフルコース料理を楽しむ旅。デッキの椅子に座って心静かに読書に耽り、ときには心に浮かんだ音を奏でる日々。それは久しくなかった心安らぐ時間でもあった。

 乗客にはアシュグザ人も多く、彼らは上流階級らしい豪華な衣装で船内を歩き、アシュグザの伝統音楽の演奏の中、アシュグザの高級料理を味わっていた。

 船がアシュグザの首都ザヒーラプトラの港に着くと、クンワールが出迎えに来てくれていた。クンワールはナユタを見つけると大きく手を振って駆け寄ってきた。十数年ぶりの再会だった。

「お待ちしてましたよ。ほんとにお久しぶりです。お元気そうでなにより。バットも喜びますよ。」

「ありがとうございます。ほんとうは独立したアシュグザにもっと早く来たかったんですが、いろいろありまして。」

「いや、それは我々も同じです。独立したといっても、難しい問題は山積み。また、おいおいお話ししますが。ともかく、住む場所は用意していますので。今日はホテルに泊まっていただきますが。」

「ありがとうございます。ただ、ザヒーラプトラに長く留まるつもりはありません。アシュグザの農村とか地方とかにも出かけたいと思っていますので。」

「そうですか。でも、ともかく、私の親戚に当たる者が宿を提供しても良いと言ってまして。音楽にも興味を持っていてナユタさんの話をしたら、ぜひうちにと言ってくれました。アシュグザの一般の家に泊まるのも良い経験になると思いますよ。」

 ありがたい申し出だった。ある意味、アシュグザの人々との直接の交流ができる機会、アシュグザの人々の内実を知ることのできる貴重な機会となるだとうと思えた。

「ありがとうございます。感謝の念に絶えません。」

 ナユタがそう言うと、クンワールは顔をほころばせた。

「では、明日の夕方にでもいうことで連絡を入れておきます。今日はまずはホテルへ行きましょう。」

 そう言うとクンワールは公衆電話から電話を掛け、ナユタをタクシー乗り場に案内した。タクシーに乗り込むと、車は舗装されているが埃っぽい道路を走って行った。車の数は多くなく、ロバや牛が引く車も同じ道を走っていた。道の両側にはところどころに汚いみすぼらしい店が並び、汚いなりの人々がたむろしているのもしばしば見えた。そんな中に交じった子供たちは屈託のない笑顔で手を振ってくれたが、大人たちは不機嫌そうな無愛想な顔つきで車を見送るだけだった。

 途中で大きな河を渡ったが、橋の上からは河の両側に小汚い小屋がたくさん並んでいるのが見えた。この文明の時代にもまだこんな生活の世界がこんなにあるのかと驚かされるほど貧しげだった。

「貧民キャンプですよ。とにかくアシュグザはまだまだです。貧富の差も大きいし、文盲の者も多い。いつかはあの者たちも何とかしなければならないのでしょうが、今は独立しただけで精一杯。全部これからですよ。」

 クンワールがそう説明してくれた。

 ザヒーラプトラの市内へ入ってしばらくすると王宮っぽい建物が見えてきた。

「かつてアシュグザ皇帝がいた王宮ですよ。これから博物館としての開放される予定です。」

とクンワールが教えてくれた。王宮の前の広場には驚くほどたくさんの人々がいた。ほとんどが男性で身なりは粗末で、芝生の上に座ったり、寝そべったりしていた。

 さらに車が進み、市場の周辺に入ると、ものすごい数の人々でごった返していた。数で言えば、ニュークルツの地下鉄のラッシュアワー以上かもしれなかった。アシュグザの人口はランズウッドの五倍以上と聞いていたが、まさにそれを実感することができた。しかも、その多くが貧しいのだ。道の両側には屋台や物売り、乞食や物乞いも多く、道には人が溢れているので、運転手はほとんどクラクションを鳴らしっぱなしで進まなければならなかった。車の両側に見えるのはほとんどが男性だったが、時には、鮮やかな色のサリーを纏った女性、ヴェールをかぶった女性も歩いていた。どの世界でもそうだが、服装と身なりを見るだけで身分と階級の違いを推しはかることができた。

 ホテルはザヒーラプトラの繁華街のど真ん中にあり、車が着くと、アシュグザの正装姿のドアボーイが迎えてくれた。ロビーはとにかく広く、天井も高かった。ニュークルツでもこんな豪華なホテルはそうはないだろうと思えるほどだった。チェックインを済ませ、部屋に入ると、天蓋のついた大きなベッドがあり、立派な調度品が並ぶ高級な部屋だった。港から来る途中に見た貧しい人々の多さや貧民キャンプとのギャップの大きさに改めてこの国の抱える問題の根深さを感じざるを得なかった。この国では、身分の差、貧富の格差はとてつもなく大きいのだ。

 この国での初めての夕食にはクンワールが付き合ってくれた。クンワールはナユタがやって来てくれたことを素直に喜び、嬉しそうだった。

「この国にはあまり良いお酒はありませんので。」

とクンワールが言うので、ランズウッドのシャンパンで乾杯し、さらにナユタはビシュダールのワインを運ばせた。

 運ばれてきた料理はいずれもこの国特有の香辛料がよく利いた料理で、一言で言うなら、全部カレー料理だった。肉も魚もカレー味だったし、野菜の炒め物やスープもカレー味だった。だが、それぞれの料理で香辛料が違うようで、真っ黄色の料理もあれば、真っ赤な料理もあった。そんな料理と一緒にナンとピクルスが出てきたが、クンワールはちょっと心配して言った。

「こんな料理は大丈夫ですか?ランズウッドの方々にはちょっと辛すぎるかもしれませんが。」

 ナユタは笑って答えた。

「大丈夫ですよ。それに皆さんはこれをおいしく食べているんでしょう?この国に来たからにはこの国のものを食べなくてはと思っていますので。」

 それから、独立のこと、この国のこと、バットやウータムや大統領となったバグワーンのこと、クンワール自身のこと、ナユタやニュークルツでの仲間たちのことなどが話題となったが、話は尽きることがなかった。

 ニュークルツでの思い出や独立のためのこれまでの苦労の話になると、クンワールはちょっと言葉を詰まらせて言った。

「ほんとうに長くかかりましたが、感無量です。」

 そう言ったクンワールの目にはうっすらと涙が光っていた。あのランズウッド支配から独立を達成できたという喜びは彼にとって何ものにも代えがたいものであったろう。

 だが、現実の政治の世界では苦労も絶えないようであった。実際、独立後のアシュグザでは、大統領のバグワーンと反政権側のスワルディの対立が激化していた。意見の違いはあれ、独立までは独立に向けて同じ方向を向いていた同志が、いまやアシュグザでの権力を巡って激しくせめぎ合っているのだ。一時危惧された内戦の勃発は回避され、現在はとりあえず小康状態のようであったが、クンワールはそんな政治の荒波の中で翻弄されているようだった。

「一番難しいのは、結局、人間どうしの衝突ですね。政治の世界では誰もが権力闘争に汚染されています。」

 それがクンワールの言葉だった。

 クンワールは明日からナユタが逗留させてもらう家のこともいろいろ話してくれた。

「私たち一族の本家にあたる家でしてね。当主はカビールと言います。かつての藩王の血を引く家柄でして。言ってみれば名士です。ナユタさんをお迎えするのを楽しみにしていますよ。」

 

 次の日の午後、クンワールはナユタを連れてカビールの家に向かった。タクシーがザヒーラプトラ市内の一角にあるカビールの家に近づくと、立派な門の向こうの広々とした敷地に立派な屋敷がそびえていた。

「たいそうな家ですね。」

 そうナユタが言うと、クンワールは少し得意げに言った。

「ええ、なんといっても私たち一族の本家にあたる家ですので。一族の誇りでもありますし、何かあれば頼ることのできる存在ですよ。」

 門のところには、警備の守衛がおり、クンワールが来訪を告げると、守衛の者はすぐに電話で連絡を取り、屋敷の玄関に車をつけるように言った。

 玄関に車が着くと、恰幅の良い背の高い男性が迎えに出てきた。ナユタが車を降りると、男は両手を胸の前で合せて軽く会釈をして言った。

「遠くニュークルツからようこそ。カビールと言います。心より歓迎致します。」

 ナユタも頭を下げて言った。

「ありがとうございます。こうしてアシュグザの方々と直接交流できるのは私にとってはありがたい限りです。お世話になりますが、よろしくお願いします。」

 カビールは柔和な笑顔を浮かべ、

「まずはおくつろぎを。」

と言って、館の中へ案内してくれた。玄関を入るとそこは高い天井のホールになっており、らせん階段もついていた。ホールに面する部屋の一つに案内されると、カビールの家族が揃っていた。妻と五人の子供たちだった。妻は美しいサリーを纏っていたが、上品で慎ましやかな女性だった。当主のカビールは藩王の流れを汲んでおり、現在は広大な農地を有する大地主だけあって、その財力は相当のものと推察できた。

 カビールが五人の子供たちを一人づつ紹介してくれた。一番上の長男は精悍な雰囲気で、銀行に入行したばかりということで、行く行くは実業家を目指しているということだった。二番目の子は女の子で、あでやかなサリーを身につけており、現在大学生で医者を目指しているという。次も女の子でこぎれいなブラウスとスカートにセーターを着ていた。現在高校生で、来年は大学進学ということだった。四番目と五番目は男の子で、それぞれ中学生と小学生だった。残念ながら幼くしてなくなった子供も二人いたということだったが、四番目の子は音楽の才能もあり、カビールはそれにも期待していると言っていた。

 この日の夕食にはカビール家族に加えてクンワールも同席したが、前日のホテルでの夕食を遙かに上回る豪華なものだった。部屋の一角には女神ラクシュミーが祀られた祭壇があり、ラクシュミー女神の像は紅い蓮華の上に立っていた。美と幸運と繁栄の女神ラクシュミーの像は睡蓮のようなまなざしで高貴な笑顔を湛え、四本の手に睡蓮と金貨を持っていた。

 

 次の日、クンワールがザヒーラプトラの市内を案内してくれた。

 最初に行ったのは、旧総督府だった。そこはもともとアシュグザ皇帝の迎賓館だったのをランズウッドがアシュグザを支配するようになってランズウッドの総督府にした建物だったが、門の外から見てもたいそう立派な建物だった。

「アシュグザで一番贅沢な建物ですよ。何と言っても、かつては国王の威信の象徴、その次はランズウッド支配の象徴だった建物ですから。」

 クンワールがそう説明してくれた旧総督府は今は博物館になっており、入場料を払って入ることができた。入り口付近には物乞いの乞食がいっぱいいたが、クンワールは彼らを軽く払い除けて、ナユタを連れて中に入った。

 門の中に入ると、広大な庭が広がっていた。そこには乞食たちは入って来れず、中にいた人々は皆こぎれいな者ばかりだった。その庭の向こうにはかつての宮殿だった立派な建物があり、その建物の丸屋根の光り輝く先端にはアシュグザ国旗がひるがえっていた。

 建物の内部に入ると、廊下や部屋には白色、ピンク色、黄色などの大理石が嵌め込まれ、天井からは豪勢なシャンデリアがつり下がっていた。

 クンワールが説明してくれた。

「あのシャンデリアは特別に高価なものだったそうで、今のアシュグザの庶民の一家族が五百年暮らせるくらいの金額だったそうです。この総督官邸を維持するには六千人の職員と四百人の庭師が必要で、そのうち五十人は鳥を追い払うだけの仕事だったと言います。私もかつてある藩王を招待した総督主催の会に招かれたことがありましたが、ほんとに豪勢の極みでしたよ。」

 中に入ってゆくと、ランズウッド連合王国の国王が来たときにのみ使用された部屋があり、そこには、国王が実際に座った椅子もそのまま置いてあった。ただ、ランズウッド連合王国の現国王であるメアリー三世がこの椅子に座ったことはないということだった。

 クンワールは博物館の中を案内してくれたが、アシュグザの歴史、ランズウッドの支配、独立闘争などを説明する部屋があり、また、ランズウッドから持ち込まれた高価な調度品、彫刻、絵画、書物、ランズウッドのさまざまな伝統芸術の品を展示する部屋もあった。

 アシュグザは独立国になったが、依然としてランズウッド連邦にも属しているということも説明されていた。このランズウッド連邦はかつてのランズウッドの植民地の国々が加盟するゆるやかな連合体であり、その長はランズウッドの国王であるが、かつての植民地で加盟していない国もあるという。ただ、カビールによれば、アシュグザは経済、文化、教育などでランズウッドとの結びつきが強く、軍事面での支援やさまざまな優遇措置などの点からメリットがあるようだった。

 博物館の中で特にナユタの興味を惹いたのは、この国の宗教や神々に関する彫刻や絵画だった。その独特の様式は、ブラーニア、ルンベルグやランズウッドの宗教や神々とはまったく異なるものであり、このアシュグザの彫刻や絵画はランズウッドのリトル・アシュグザにもあったが、この博物館にあるものはその芸術性においても規模においても圧倒的にすばらしかった。

 

 クンワールが次に案内してくれたのがシュクラ寺院だった。見上げたときの高さと壮麗さはビハールの寺院に負けないほどの立派さだった。見たこともないほどきらびやかに輝く寺院の塔門には色彩鮮やかなさまざまな姿の神々の彫像が嵌め込まれており、さらに塔門の角にいくつかの奇怪な姿の大きな神像が神器と思われるものを掲げていた。塔門の入り口の両脇には、豊満な肉体の女神が美しいサリーを纏って微笑む像があった。

 その入り口の前でクンワールが説明してくれた。

「この寺院は、アシュグザでもっとも崇敬を集めいているシュクラ神を祀る寺院です。シュクラ神はウシャナー神とも呼ばれ、神々の中でもっとも聖なる神です。すべての神を導く神であり、すべての神々から敬意を払われています。」

 そう言うとクンワールは付け加えて言った。

「すべての神々と言いましたが、それはまさにその言葉通りで、羅刹からも邪悪な神からも崇敬を集めいているのです。すべての天地を司っているのがこの神なので。」

 中に入り、さまざまな神像が並ぶ間を進むと正面に祭壇があった。祭壇にはシュクラ神と思われる神の両側に二人の女神がいた。中央のシュクラ神は顔は白く、四本の手があり、蓮の花に座っていた。首からはきらびやかな布が掛けられていた。像の前には石でできた水盤があり、その水の上にいくつものロウソクが浮かべられ、ゆらゆらと焔が揺らめく様が幻想的だった。

 クンワールによると、二人の女神は、右が妻のジャヤンティ、左は娘のデーヴァヤーニーということだった。ジャヤンティはほっそりした体に豊かな胸をもち、シュクラ神の左膝の上に両足を揃えて座っており、左手でシュクラ神の一本の左手を握っていた。娘のデーヴァヤーニーはシュクラ神の右側に立っており、右手に蓮の花をもっていた。

 その寺院の中に佇むと、ナユタははるか昔の神々の咆哮が聞こえてくるかのような感覚に包まれた。

 縹渺たる風の中で一つの声が聞こえ、無数の声が耳に響く。閉ざされた電子のうねりの中、この言葉のない三界の中で、限りない冥土の原野には無数の虫たちが群がっている。大地がゆっくりと宇宙開闢の歌を歌う。

 インドラは神酒ソーマを痛飲し、名馬ハリの引く戦車に乗り、マルト神群を従えて、ダーサの城塞を粉砕する。アグニは闇を除き、悪魔を滅ぼし、稲妻として中空に閃く。天空を彩る色彩豊かな星々がゴーゴーと夜空に音を立て始めた時代、石たちが遊星の表面から転がり始めた時代だった。シヴァは神秘的な静寂の中に瞑想し、カイラーサ山の頂で世界の創造と破壊を踊った。虎の皮を腰にまとい、羅刹を退治し、神々に挑戦する阿修羅の三つの城塞を破壊した。ヴィシュヌは温和と慈愛の神、善を嘉する神であった。妃ラクシュミーと共に永遠の光に満ちたヴァイクンタに住み、霊鳥ガルダに乗り、四本の手に武器を携えて、地・空・天を三歩で闊歩した。

 そんな神話の世界の響きがナユタの心の中に共鳴するのだった。

 だが、寺院の外の広場に出ると、突然、現実の世界に舞い戻った。そこには女子高校生らしき一団がいた。きれいな身なりで、皆ベージュのセーターに白いスカート姿で、白いストールを首に巻いていた。上流階級の女学校の制服なのだろう。髪はみんな頭の中央で分け、三つ編みに編んで垂らしていた。クンワールが学校名を教えてくれ、

「カビールの上の娘が通っていた学校ですよ。昔はランズウッドの子女も通っていましたが、今はほとんどアシュグザの生徒です。」

と付け加えてくれた。

 女の子たちはちょっと用心深そうに互いに腕を組みながら回りの様子をうかがっていたが、同時に女の子同士ではきゃぴきゃぴとはしゃいでいた。平和な時代にふさわしい光景だった。

 

 次の日、バットがカビールの家にやって来た。三日後に共演する演奏会の準備のためだったが、彼と会うのは実に大戦前のニュークルツ以来だった。お互い再会を喜び、カビールと共に昼食を摂ると、午後は共演の下準備だった。

 ナユタはトゥルナンで学んだ韻律をサントゥールで奏でた。これにはバットは大いに惹きつけられたようだった。

「すばらしい音だ。以前のあなたにもまして音が神秘的になっている。ぜひその音で共演を行いましょう。」

 そう言うと、バットはナユタの奏でる韻律にヴィーナでアシュグザの韻律を重ね合わせた。ナユタにとっても、それは新鮮な体験だった。トゥルナンとアシュグザ、この二つの異なる文化、異なる韻律が閉じた空間の中で入り乱れ、不思議な閃光を放つような音楽。そこにナユタの前衛的な音とバットの情感豊かな音が加わり、ナユタもバットも体験したことのない心の高まりのうちにひたすら音を奏で続けた。

 その夜は、夕食前に、バットの家族の前で、バットとナユタが共演した。演奏会のリハーサルといったところだった。

 三日後、バットとの共演の演奏会となった。その演奏会にはバグワーン大統領も来ており、政府関係者もかなり参加しているようだった。政治的には、アシュグザの復興と安定を印象づけるためのものでもあったろうし、国際交流のアピールとしての意味もあったろう。

 演奏会では、バットがヴィーナで伝統的なアシュグザの韻律を響かせ、しばらくしてナユタがそれにサントゥールでトゥルナンの響きを重ねていった。それは誰も聞いたことのない音楽、誰も体験したことのない不思議な音世界だった。その音楽はさらにナユタの斬新な音によって高揚し、淡々と無限の時を刻む宇宙を感じ取らせてくれた。

 演奏が終わると、万雷の拍手の中、最前列に座っていたバグワーンは立ち上がって深々とバットとナユタに頭を下げた。それは演奏家に対する最高の敬意と感謝を捧げるものであったろう。舞台のバットとナユタは両手を胸の前で合わせて頭を下げ、それから二人の韻律にアレンジしたアシュグザの国家を演奏した。これにはバグワーンは目に涙を溜めて聞き入り、演奏が終わると、いてもたってもいられなくなって舞台上に駆け上がり、バットとナユタと並んで肩を抱き合ったのだった。

 

 それから何日間にわたって、ナユタは一人であるいはクンワールに案内してもらって、ザヒーラプトラの市内を見て回った。ここにはたくさんの寺院があり、そして無数の人々の営みがあった。聖なる川で沐浴する人々の姿も見たし、寺院の壁画に刻まれた神話の場面についての神話にも耳を傾けた。まさにここアシュグザは神話の宝庫でもあった。

 だが、ナユタはザヒーラプトラに留まるつもりはなかった。ナユタが地方に行くと言うと、カビールは残念そうに言った。

「そうですか。ほんとうはもっといていただきたかったんですが、でも、この国をいろいろ見て回られるのも良いことではありますから、お止めはしません。最初の車は手配致しましょう。もちろん、信頼できる運転手付きです。どこまでも付き従わせるわけには参りませんが、次のところに落ち着かれるまでは使っていただいてけっこうです。それに、いつでも戻ってきて下さい。なんと申しましても、ナユタさんは我が家の誇るべき賓客ですので。」

 この言葉にナユタは深い謝意を述べた。出発の前日には家族で送別の宴を催してくれ、ナユタは家族のひとりひとりに記念の品を贈った。

 出発の日、家族全員が玄関で見送る中、ナユタは用意された車に乗り込んだ。屋敷を出てしばらく走ると、道の両側には田舎の風景が広がった。鉄道は広漠たる大地をまっすぐにどこまでも走っており、道端では、野生の孔雀もいたし、牛の死体に群がるハゲタカもいた。

 目的地とした地方都市に近づくと、薄汚れ、屋根の壊れかけた小屋が軒を連ねていた。街に入ると、道にはたくさんの人々が行き交っていた。自転車に荷台を付けて果物、野菜、雑貨などを売っている者も多かった。人力自転車も走っていた。道の両側には白く塗られた石造りの家が立ち並んでいた。そのひとつひとつが商店で、揚げ物を売る店、飲食店、八百屋、肉屋、金物屋などさまざまだったが、どの店も小汚く、雑然としていた。しばしば裸足の汚いなりの子供が座り込んでいた。

 小汚い貧相なホテルの前に車が止まると、ナユタは運転手に礼を言って多額のチップを渡し、車を帰した。ここからはひとり旅だった。

 ホテルにチェックインして荷物を降ろすと、ナユタは街に出かけた。雑然とし、人々でごった返した街の中をナユタは歩いた。道の両脇にはごみや汚物が散乱し、その道を牛に牽かせた荷車が通り、犬が鋭い眼光で歩き、猿があちこちにたむろしていた。それはまさにアシュグザの実情、貧しい人々の暮らしそのものであった。

 道端からちょっと入ったところにきらびやかに飾り立てられた小さな寺院があった。祭壇には花が供えられ、香が焚かれ、人々が祈りを捧げていた。寺院の内部に入ると、そこは小さな空間で真ん中にリンガがあった。女性の陰部に差し込まれた男根を象ったリンガの前では若い女性が花びらを撒いて祈りを捧げ、両手に余るほどのリンガを両手でなでていた。

 外に出ると、ちょうど生け贄が捧げられるところだった。腰巻きだけを纏った祭司風情の男が犬を一匹引っ張ってきて台の上に横向きに縛り付けた。男は祭壇に向かって祈りを捧げると、大きな鉈を振り下ろし、犬の首を一刀のもとに切り落とした。赤い血がどっと噴き出たが、その後も犬の両手両足はしばらくひくついていた。この現代においても平然とこんな生け贄が行われている。それがアシュグザの実態でもあった。

 その街で数日を過ごすと、ナユタはさすらいの旅を続けた。その旅はまさに誰もナユタのことを知ることのない孤独なさすらいの旅であり、この国の農村を直に見る旅でもあった。どの農村でも農夫が牛に鋤を牽かせていたが、彼らは国のあり方とかそんなものとはおよそ無縁な世界で、ただ田畑を耕し、貧しい生活を続けている。そんな下層民の者たちに対する軽蔑のまなざしはザヒーラプトラで何度も見てきたし、それはカビールやクンワールの中にも見たものでもあった。そこには、越えがたい身分の壁がある。結局、上部の者が既得権を保持しようとしているだけではないのかとも感じたが、それが現実の世界なのだ。そして、一旦火種が火を噴くと、民族の対立、宗教の対立となり、暴動や虐殺が起る世界なのだ。

 そんな旅の末にやって来た廃墟の寺院でナユタは座り込み、考え込み、天を見上げた。その寺院は洞窟を穿って作られ、中には彫像や当時の色彩を残す壁画、さらにはここで修行した僧侶たちの石のベッドもあった。ナユタは日が暮れてもそこに座り込んで星を見上げ、それからひとりで音を奏でた。心には言いようのない悲しみがあった。

 そんな思いでナユタは地上を離れた。最後にナユタがマティアスに送った手紙には一遍の詩が書き綴られていた。

 天の底で砂粒たちのかすかなつぶやき、

 遠い星たちの消え入らんばかりの光。

 ぼくの描いた線は錯綜した時間の中に飲み込まれ、

 乾いた土の上には小さな風たちがうずくまっている。

 何ものもみずから輝きはしない。

 ただ、幻影として、存在の表面に浮かび上がっているだけなのだ。

 虫たちの鼓動が語りかけるちっぽけな世界、

 夢に見ることはできないけれど。

 

 ナユタが神々の世界に帰ってくると、プシュパギリが強制収容所の問題を大きく取り上げていた。

 プシュパギリは議会に登壇して語った。

「戦争自身もたいへん悲惨な結果を招き、それ自身が人類の犯した巨大な過ちであった。ヴィダールは戦争が終わったからそれでいい、これからは平和になるというが、今、取り上げねばならないのは強制収容所の問題だ。途方もない犯罪が行なわれたのだ。これを糾弾しなくてよいどんないわれがあるというのか。これほどまでに創造が招いた悲惨な結果を具現化したものは他にないだろう。戦争が終わって、ブラーニアの収容所の全貌が次々に明らかになっている。何百万という人々が貨車に載せられて絶滅収容所に送られ、そこで次々に殺されていった。こんなことを許容した世界こそ弾劾されるべきではないか。これこそが人間たちの限界を示した議論の余地なき現実ではないか。」

 そんなプシュパギリに力を貸したのがギランダだった。ギランダは戦争が終わると地上に降り、強制収容所に関するさまざまな情報を入手して帰ってきていた。

 ギランダは議会で証言した。

「何百万もの人々がわずかの身の回りのものだけを持って列車に詰め込まれて強制収容所に送られる。そして、彼らは収容所の入り口で選別される。工場での労働力となりうる者だけが選別され、他の者たちは消毒と称して裸にされ、ガス室に送られる。女子供も容赦ない。抵抗すれば、即、射殺される。工場での労働は過酷で栄養失調や感染病で死亡する者も少なくない。また、工場労働に適さなくなった者たちも即、ガス室送りだ。工場労働者の中の一部の者は特別班として選ばれ、かつての仲間たちをガス室に送り、そして、死体を焼却する任務に就く。だが、彼らの運命も極まっている。この残虐行為を隠ぺいするため、彼らもまた最後には銃殺されるからだ。戦争が終わり、わずかに生き残った者たちは、まさに骨と皮だけの様相であった。このようなことをこの創造は可能ならしめた。まさに、この創造の限界を露呈させたと言わねばならない。」

 しかし、ギランダの証言もプシュパギリの主張も神々の世界を動かすことはできなかった。神々は、戦争が終わり、新しい世界が生まれるのを楽しみにした。強制収容所は悲惨だったかもしれないが、それは単なる歴史の一断片、そして、パークスという狂気が生み出した個人的な犯罪にすぎない。そうヴィダール派の議員は主張し続けた。

 ヴィダールもなんら揺らぐことなく、議会で堂々と演説した。

「戦後の驚異的な復興と繁栄。これにこそ目を向けるべきだ。過去ではなく、現在と未来に目を向けるのだ。一部の者たちが不平や不満を持っていることは確かだ。実際、すべての者を等しく満足されることなど、本来できるはずもない。しかし、その不平や不満によって、人類が築き上げてきたものの価値を過小評価してはならない。」

 この動きにナユタはシャルマを訪ねて語った。

「結局、人間たちもそして神々も強制収容所の問題に深く踏み込もうとはしない。人々も神々も忘却し、あるいは、あれは比類なき惨事には違いないが、過ぎ去った厄災に過ぎぬとしてとして片づけ、次に来る平和な世界を賛美することに終始するだろう。」

 シャルマはうなずいて言った。

「人々の幸せなど、神々のあずかり知るところではない。人間の行為が正義かどうかも神々には関係のないことだし、人間の罪を罰する役目を神々が担っているわけではないということだろう。だが、その人間たちは神にすがり、自分たちが創造した神を崇め、それによって現世での幸せをつかみ取ろうと躍起になっている醜い存在でしかない。真摯な心で絶対者に帰依し、自らへの省察によって高みを目指す心はもはや消え失せてしまっている。そんな世界になぜ、神々は執着するのだろうか。」

 シャルマはこの言葉を議会でも述べたが、ヴィダール主流派の議員たちの心を露ほどにも動かしはしなかった。

 ナユタはそれを聞くと、静かに告げた。

「おれはまた森に帰ることにするよ。おれの本来の棲み処は森の中にある。喧噪に取り巻かれたビハールからは離れたい。」

 この言葉はシャルマを少し驚かせ、シャルマはナユタを引き留めようと説得したが、ナユタは取り合わなかった。

「ともかく一度森に帰ることにするよ。それに、ただ単に創造の停止を訴えるこれまでの運動を続ければ良いというものでもなさそうだ。この神々の世界で我々がなすべきことが何なのか、もう一度考えるべきかもしれないと思わないか。」

「しかたない。だが、いつかまた戻って来てくれ。おまえの力なしにはこの神々の世界を変えることはできないからな。」

 シャルマはそう言ったが、ナユタの決心は変わらなかった。

 

 ナユタはビハールを離れて森に帰ると、バラドゥーラ仙人の家に数日滞在し、それから、アシュタカ仙人を訪ねた。

 アシュタカ仙人はナユタがやって来ると、さっそく語りかけた。

「創造された世界で、人間たちの心の奥底にあるのは、一切は空ではないという意識、一切は空ではないという世界観、あるいは願望であろうな。そうした意識、世界観、価値観、願望に依拠し、それゆえに空を理解せずに生きている。だがら、争い、執着し、あるいは、生を楽しみ、喧騒の内に日を送っている。一切が空であるなら、なぜ、戦争をし、いがみ合って生きる必要があろうか。創造された世界で起こっていることは、あまりにも一切は空という真理からかけ離れておる。」

 この言葉にうなずいて、ナユタは言った。

「でも、神々もパキゼーの法から覚めて、再び覇権争いを始め、そして私もその戦いに加わりました。そして、その途上で森に来ました。」

「そうであったな。そのことは、そのまま、一切は空という真理のもつ意味の難しさを表しておるかもしれんな。人であれ、神であれ、みな真理から乖離したところで生きておるわけだ。」

「ひとつの大きな問題は、一切は空という思想は、あらゆる執着から離れるために、現実の課題を解決するためのいかなる試みも封印してしまうことではないかとも思えます。そうなると、不適切な現状、不正、不公正、社会の矛盾を内包しているこの世界をただ是認することにしかなりません。」

「だが、それが一切は空という思想が正しくないという理由にはならないし、その思想から離れてよい根拠ともならないがな。」

「そういう意味では、トゥルナンで出会ったバハドゥール老人こそ、空にふさわしい人だったかもしれません。彼は何ものにも捉われず、にこにこしていました。彼には、高邁な思想も光り輝く才能もなかったかもしれませんが、彼こそすべてを捨て去った賢者だったのかもしれません。この人は、いったい何を望んで生きているのだろうといつも不思議に思ったものでした。」

 そう言うと、ナユタはトゥルナンでの体験、さらには地上での体験について語った。

 アシュタカ仙人はナユタの話を注意深く、そして興味深く聞き、こう言った。

「ともかく、しばらくは森の空気を吸うと良い。だが、おまえの中にはまだまだ眠っている光があるはず。それがこれからどのように輝くかは分からぬがな。」

 そう言うと、アシュタカ仙人は、ドゥータカ行者を訪ねることを勧めてくれた。

「ドゥータカのことは知っておるじゃろ。」

「ええ、なんでも、超絶的な行を行う行者だとか。また、ルガルバンダを諌めるためにビハールを訪れたというのもよく知られています。」

「そうだ。ドゥータカ行者はわしの師でもあり、並ぶものなき比高の精神を持っておられる。一度、直接会ってみてはどうかな。」

 ナユタはこの言葉に礼を言い、さっそくドゥータカ行者を訪ねることを約束した。

 

 アシュタカ仙人の元を辞し、ドゥータカ行者の元を訪ねると、ドゥータカはやせ細った体に、あちこち破れたぼろを着てはいたが、長い髪は梳かし、ひげはきれいに整えていた。

 ナユタがやって来ると、行者は鼻で笑うような顔つきで言った。

「おまえがナユタか。宇宙の英雄であるらしいが、まだまだ青二才だな。」

 ナユタが神妙に挨拶した。

「アシュタカ仙人より教えていただき、教えを授かりたくやって参りました。」

 ドゥータカ行者は、じろっとナユタを見つめて言った。

「教えるものなど何もない。ただ、かつて、おまえがルガルバンダの世を砕いたことだけは認めるがな。」

「では、ヴィダールの創造について、どのようにお考えでしょうか?」

「おまえの考えとは違うかもしれぬが、わしはかまわんと思っておる。この宇宙には、さまざまな相、さまざまな可能性、さまざまな未知なるものが秘められている。それを形にしようとしてみることそれ自身は悪いことではない。いや、むしろ、それは善しとされるべきことだ。」

 ナユタがこの言葉に考え込んでいると、ドゥータカ行者は続けた。

「まあ、納得いかんのだろう。それに、ヴィダールがシュリーを担いで、現世での自らの繁栄にしがみついておるのもいただけんしな。森の心を忘れてしまったのかもしれぬ。だが、それはともかく、おまえ自身のことについて一言言うと、最初におまえのことを青二才と言ったが、青二才なら青二才らしく振る舞えば良いではないか。まだまだやることがあるだろう。」

「それはどういうことでしょう。」

「さあな。それはおまえが考えるべきことだ。おまえの道はおまえ自身が探るほかないではないか。」

 ナユタが十分に納得できないままなんとなくうなずくと、ドゥータカ行者は言った。

「せっかく来たんだ。今日一日はここで過ごすといい。何も得られぬかもしれぬがな。」

 この言葉にナユタは謝意を表し、ドゥータカ行者とともに修行の一日を過ごした。ナユタは言語を絶する修行の厳しさに驚愕したが、一方の行者は、初めての修業で根も上げずに修行をこなすナユタに驚嘆したようだった。

 その夜、ナユタは恐る恐る訊いた。

「このようなことをお訊ねしてよいのかと思いつつお訊ねするのですが、なぜこのような厳しい修行をなさっているのでしょうか。どのような目的あるいは目標を持っておられるのでしょうか。」

 行者はこの言葉を聞くと、一瞬じろりとナユタを見つめたが、すぐに大きく笑って答えた。

「ばかな質問だ。かつてバギーラタはガンガー女神を天から大地に降ろすためにとてつもない苦行をしたと伝えられておるが、わしには苦行をする理由もなければ、目的も目標もない。わしにとっては自明のことというだけだ。ただ、わしの修行など、バギーラタの足元にも及ぶまいがな。バギーラタは立ったまま一千年を過ごしたというからな。わしにはそんなことはできん。わしは夜になれば寝ることに決めておる。さあ、今日はもう寝るぞ。」

 そう言って、ドゥータカ行者は灯りを消し、硬い岩の上に横になった。

 次の日、冷たい滝壺の水で朝の業を終えると、ドゥータカ行者は訊いた。

「それで、これからどうする?」

「ウパシーヴァ仙人をお訪ねしようと思っています。」

「そうか、それは良い。宇宙広しと言えども、宇宙の歴史の流れを見るにウパシーヴァほど透徹したまなざしを持つ者はおるまいからな。」

 ドゥータカ行者はそう言ってナユタを送り出してくれた。

 

 ナユタはウパシーヴァ仙人を訪ねると、さっそく問いかけた。

「世界の危機はほんとうに去ったのでしょうか。」

 そう問いかけるナユタに、ウパシーヴァ仙人は言った。

「どうであろうな。ともかく地上の戦いは終わり、新しい時代が来るだろう。だがな、地上も、そして神々の世界もさまざまな矛盾を包含したままだ。」

「これからどんな時代がくるのでしょうか。」

「おそらく地上では、小さな紛争は続くだろうが、大戦は起こらぬだろう。その中で、科学技術はますます進歩し、人類はその恩恵を受ける時代となろう。だがな、それは真理が具現するということとはまるで別の次元のことに過ぎぬ。そして、神々の世界もそれに影響され、快適な生活なるものにますます喜びを見出す神々が増えるだろう。真理などというものは、神々にとっては、過去の遺物となるかもしれぬな。」

 この言葉を受けて、ナユタは考え込むように言った。

「今回、私はこの創造に立ち会いながら、シャルマとともに創造の停止を主張しました。私の行動は正しかったと言えるのでしょうか。」

 ウパシーヴァ仙人はうなずきながら言った。

「正しかった。」

 仙人はからからと笑いながら続けた。

「宇宙にこの神ありと言われたナユタが信じた道に正しくない道などあろうはずがない。もし、それが正しくないと言うなら、世界は壊れるほかあるまい。」

 この謎めいた言葉がウパシーヴァ仙人の答えだった。そして仙人はさらに諭すように言った。

「だがな、ナユタ。これからも世界は変わる。それをよく見ておくことだ。それに関わるもよし、関わらぬもよし。だが、真理は常におまえとともにあり、おまえを支える光はこれからもおまえを守り続けるだろう。それがわしの言えるすべてだ。」

 この言葉にナユタは静かに頭を垂れた。

 

 ウパシーヴァ仙人の元を辞すると、ナユタはエシューナ仙人を訪ねた。地上で学び、研究してきた新音楽を披露し、意見を聞くためだった。

 エシューナ仙人はナユタがやってくると、喜んで迎えたが、ナユタが地上で身につけきた新音楽を披露すると顔色を変えた。

「途方もない音楽だな。すぐには理解できぬが、新しい地平を拓いているのだろうな。こんな音楽がありうるとは驚きだ。いずれにしても、伝統を守っても何も生まれはせぬからな。」

 さらに、ナユタがプリペアード・ピアノや新しい電子音楽の話をすると、エシューナ仙人は、うなずきながら言った。

「そうか。だが、この森の中でそんな音楽を探求するにはまずそんな楽器を置ける家を作り、電気なるものを通さねばなるまいな。」

「では、そんな家を建て、ともに新音楽を追及致しませんか。」

 その言葉にエシューナ仙人が同意すると、ナユタはウダヤ師に依頼して、カーランジャを呼んでもらった。カーランジャはやってきて、ナユタの要望を聞くと、すぐに答えた。

「ではご希望の家を建てさせていただきましょう。実は私も最近地上に降りて新しい建築を学んできました。試してみたいと思っているアイデアもありますので、それを盛り込ませていただきましょう。」

 カーランジャは木製のこぎれいな家を建てた。それはこれまで森の中では見たこともないようなしゃれた家だった。玄関を入ると明るい日差しがふんだんに差し込むつくりになっており、ベランダには美しい花々が飾られた。窓には金属のサッシの付いた真っ平らなガラスがはめ込まれ、土足を脱いで家に上がると、部屋には気持ちのいい畳が敷きつめてあった。各部屋には蛍光灯が輝き、ガスで煮炊きできる設備や自動でお湯を張れるシャワー付きの風呂もついていた。電話機も敷設され、さらに冷蔵庫やエアコン、テレビも備えてあった。そして、ナユタのための音楽室には防音設備が施され、さらには、レコードを聴くためのステレオも設置された。

 そして、カーランジャは、エシューナ仙人のためにも同様の家を建てた。

 新しい家でナユタは新音楽に没頭した。地上で発明されたコンピュータ、ビデオ、薄型有機発光テレビ、有機照明、有機太陽電池などが伝わると、ナユタはそれらも取り入れた。

 ナユタはしばしば音楽室に籠って音楽を聴いた。なかでもナユタが愛聴したのが、大指揮者クレンペラーの指揮したグルタフの交響曲全集と、マティアス自作自演の「プリペアードピアノのための二十四の前奏曲とフーガ」だった。

 地上で出会った大作曲家グスタフの交響曲はいつもナユタの心を高め、そして同時にあの地上へといざなった。彼の交響曲はどれも巨大で、四管編成のオーケストラを必要とし、打楽器はしばしば運命を打ち降ろすかのごとく、強烈に打ち鳴らされた。

 その交響曲からはきらめくような楽想が次々に溢れだし、交錯し、弾け、巨大な宇宙を覆い尽くすかのような音のうねりが、高貴な精神的世界を紡ぎ出してみせるのだった。そのテーマは、世界、宇宙、大地という自然界の深みとその中にただ一人たたずむ人間の存在そのものへの問いかけでもあった。その音楽はエンターテインメントとはまったく逆の極に位置し、彼の音楽を聴くということは、彼の哲学と向かい合うということでもあった。

 そして、クレンペラーの演奏するグスタフの交響曲はとてつもなく素晴らしかった。細部まで磨きあげられていない、ごつごつしたいかつい響きの中から厳格で厳粛な音の巨大な構築物が姿を現す。それがクレンペラーの音楽だった。その響きは音楽の本質に潜むものにまなざしを投げる者だけが奏でることのできる響きでもあった。

 ナユタは、実際の演奏会やレコード、CDでさまざまなグスタフの交響曲の演奏を聞いてきたが、クレンペラーの演奏に優るものはなかった。それはまさに、クレンペラーがグスタフの哲学と真摯に向かい合い、そして共感を持っていたからにほかならなかった。クレンペラーの音楽は聴衆の反応などまるで無関心で、孤高の精神に支えられた超絶的な世界で音楽を奏でているかの如くであった。その美しさと気高さはまさに叙事詩的であり、オーケストラを響かせる卓越したクレンペラーの力が交響曲の細部にまで浸透し、緊張と壮大さを兼ね備えた厳粛な音世界の広がりを描き出しているのであった。

 実は、ナユタは、一度だけ、バルマン音楽院のオーケストラを指揮してグスタフの交響曲の演奏を試みたことがあった。だが、ナユタは、クレンペラーの足元にも及ばないことを悟り、以降、ナユタは決して指揮台に立とうとはしなかった。

 グスタフの代表作とも言える第九番では、クレンペラーは、パキゼーの唱えた空世界を具現化したかと思わせるほどの高潔な世界を描き出した。それは地上の一切を超越した虚空の中での響きであり、孤高の悲しみを湛えた叙事詩のような美しさが心に沁みとおる音楽であった。そして、その中から広がってくるはるけさが、ナユタの心を高め、そして鎮めた。この曲を彼ほど美しく、品位と深みを持って響かせた指揮者はいないだろう。さまざまな喧噪の渦巻く世界の上に広がる青空のような清々とした世界、それがクレンペラーの第九だった。

 また、第六番では、地上でのグスタフ自身の演奏とはまた違った世界が展開された。冥府からの声と天上からの声が交錯し、その悲劇性が巨大な宇宙に鳴り響いた。第三楽章ではとてつもない静寂と叙情が全大地を覆い尽くすかの如くであった。だが、この曲は決して悲劇の曲でもペシミズムに貫かれた作品でもなかった。悲劇的な楽想の中に、夢見るような安らぎと叙事詩的な美しさが詰まっており、途方もなく広がる涯しない世界の中にきらきらとした音の結晶がちりばめられていた。そこからは非情な世界と闘う天才の強固な意思が聞き取れた。それはまさにグスタフの生き方そのものを表しているかのようでもあった。

 第十交響曲の演奏も素晴らしかった。クレンペラーの響かせる透明で純一な響きはナユタの心の奥底にまで染み渡った。第五楽章で打ち鳴らされるティンパニの連打は、運命的な時の到来を告げるかのようであり、この曲の中で鳴り響く響きは、至高の世界での響きのようであった。およそいかなる音楽家もこれ以上澄んだ高みを音によって表現したことはなかったであろう。

 また、マティアスの自作自演もナユタの心に染み入るものだった。かつてのマティアスの想い出とともにナユタは繰り返しその音楽に聞き入り、時には涙を流した。あの暗い時代の不遇な境遇の中で、ともに語り合い、ともに音楽を奏でた仲間との時間、そしてともに訪れたトゥルナンでの時間、それはまさにナユタにとってかけがえのないものだった。

 だが、地上と神々の世界で広く受け入れられ人気を博している音楽は、そんな音楽とはまるでかけ離れた音楽だった。

「芸術の質は下がった。」

 そうナユタは言った。かつては、素晴らしい音楽、素晴らしい美術作品、素晴らしい詩が生み出された。それは、ナユタが投げ入れたブルーポールの光によるものだったかもしれない。そして、それは同時に、苦い、狂気へと通じる道でもあった。詩人たちは狂気との境界の中で詩を創り、画家は見えない真実と向かい合って、キャンバスに絵具を投げつけた。

 しかし、そんな芸術は過去のものとなってしまっていた。平穏な生活に刺激を与え、その人生を明るく彩る芸術が賞賛される時代となったのだった。存在の本質的な問題に向き合うのではなく、人生の内の葛藤や愛にまなざしが向けられているにすぎなかった。

「神々も地上の人間たちも心をうっとりさせる甘美な音楽に酔いしれ、レコードやCDの普及はますますそれに拍車をかけています。神々も人間たちも真理を忘れているのです。」

 そうエシューナ仙人に語るナユタに、仙人は答えた。

「そうかもしれんな。だが、それに対するわしの答えは一つしかない。」

 この断定的な言葉にナユタははっとしてエシューナ仙人を見つめた。すると、仙人は柔らかい、諭すような口調で言った。

「おまえ自身の音楽を奏でることじゃよ。それだけが真の道じゃ。おまえの音楽が神々の心を変えることができるかどうかは分からぬが、それだけが音楽におけるおまえの道ではないかな?」

 おそらくこの言葉はナユタの心を強く揺り動かしたろう。それは、「青二才なら青二才らしく振る舞えば良いではないか。」と言ったドゥータカ行者の言葉とも符合するものであった。ナユタはひたすらに新たな音楽の探求に打ち込んだ。ナユタは地上に降りた時以来短く切っていた髪を再び長く伸ばし、コンピュータを活用した即興音楽に没頭した。

 その音楽はかつてのナユタの音楽ともまったく異なる新しい響きを持っていた。地上でミニマル音楽と呼ばれている手法を取り入れ、トゥルナンで体験した響きと偶然性とを加味したナユタの即興音楽は、奔放で自由な涯しない響きを発し、まるで、冷徹な宇宙に鳴り響く挽歌の如くであった。

 さらにナユタは前衛音楽家六人を集めて、集団即興演奏のグループを結成した。ナユタはそのグループに「ウバリート旅行団」という名をつけた。ウバリートに特に由来があるわけではなかったが、あえて言えば、ウバリートでユビュが朗誦した詩に対する畏敬の念が込められていたのだろう。そして、演奏旅行をしながら、ユビュが新たな学園を開いたウバリートを訪ねたいというナユタの願望も秘められていた。ウバリートの学園は首都ビハールの大学とは違った自由闊達な雰囲気を求めて気鋭の学者たちが集まってきており、斬新な研究成果が発表されつつということだった。

 七人のメンバーからなるウバリート旅行団の演奏は、各自の自主性と自発性に依存する集団即興演奏であり、どこで参加してもよく、どこで演奏から離れてもよかった。そして、ナユタは、「ウバリート旅行団」を率いて演奏旅行を行ったのだった。

 ナユタは各地でその音楽を披露したが、それは神々にはまったく受け入れがたいものであった。ウバリート旅行団の即興演奏はCDとなって発売されたが、売れたのはわずかに五百枚足らずでしかなかった。

「ナユタは気が変になってしまった。」

「まともな音楽を作れなくなったのはないか。」

「騒音との違いがないものを音楽と称するナユタはもはや音楽家とは言えぬ。」

 そんな辛辣な批判も浴びせかけられた。

 地上でも前衛音楽は多くの人々にとって雑音のように聞こえる音楽となり、厄介で社会に受け入れられないアングラ芸術になっていたが、それは神々の世界でも同じだった。それでもナユタは演奏旅行を続けた。数少ない理解者はあったが、ほんとうにわずかな神々だけであった。

 

 そんな中、ビハールではシャルマやプシュパギリが訴えを続けていた。

「世界は依然として緊張し、新たな世界大戦に向けて着々と歩を進めているとしか見えない。先の大戦は前々回の大戦の比ではなかったが、次の世界大戦が起こったとき、どんな阿鼻叫喚がこの世界を覆うのであろうか?どんな断末魔の声が大地だけでなく、すべての海とすべての空にこだまするのだろうか?」

 しかし、シャルマらの予言した世界大戦は起こらなかった。それを制したのは、科学技術の進歩に伴って引き起こされた生活レベルと教育レベルの向上、民主主義、自由主義、人権尊重などの広がりであった。

 そんな中で、テレビの果たした役割りも大きかった。文字や音での情報だけでなく、目に見えるそのものが、テレビの画面から、流れてくるのだ。しかも、映画館に行く必要もなく、毎日、家にあるテレビから新しい画面が出てくるのだった。

 そして、テレビの画面は、ついさっき地球の裏側で起こったことを、映像と音声で伝えることができた。テレビがもたらす情報量の多さ、その伝達力、普及力は絶大だった。世界はテレビのおかげで文字通り、一つの地平となった。

 ただ、世界の中での経済格差は後進国を搾取対象の地位から完全に開放するには不十分だったし、人口爆発は限りある地球の資源の点から新たな問題を次々に引き起こした。

 先進国では平和で安全な社会が維持されている一方、低開発国では、しばしば干ばつによる飢饉や餓死が起こった。十分な医療や教育を受けれない子供たちも多かった。熱帯の地方では、しばしば大旱魃に見舞われ、何十万人という餓死者が出ることもあった。国際的な支援も追いつかなかった。清潔な都市で、整備された医療施設に囲まれて生活しているのは全人口の二割以下で、大多数は飢えと貧困の中で暮らしていた。不衛生な環境で生まれる子供たちの死亡率は高く、満足な教育も受けれない子供たちが世界の至る所にいたのだった。

 また、地上から紛争がまったくなくなったわけではなかった。人種の違いや宗教の違いに端を発した地域紛争はしばしば虐殺を生み、国際組織の力が及ばないこともしばしばだった。そして、非情で強欲な独裁者は依然として地上のいたるところにはびこり、搾取と圧政を欲しいままにし、国民の窮乏など顧みることもなかった。

 戦場を渡り歩いたカメラマンは、

「なぜ、戦場に行って写真を写すのか。」

という問いに、こう答えた。

「私は、世界のほんの一握りの人々が世界を牛耳り、搾取し、他人の不幸から目をそむけて一人よがりの幸福なるものを享受している現実を写すのです。」

 

 その頃、ナユタはあいかわらず新音楽の演奏旅行を続けていた。多くの者たちはなんら理解せず、少なからぬ者たちが批判の声を上げる中、わずかな理解者がいただけであったが、ナユタはそれを意に介するふうもなく演奏旅行を続けた。

 ナユタの目指す先はウバリート。ユビュが新たな学園を開いたあのウバリートだった。ナユタたちはワゴン車を購入し、ウバリートを目指す旅を始めた。そして途中の都市で小さな演奏会を開き、湖のほとりで思い思いに演奏し、大河の河原で楽器を奏でて旅を続けた。小さな村々では地元の神々とともに古い音楽を一緒に奏で、村人たちとともに踊りもした。

 ウバリートに着いたのは、周りの山々の雪がようやく消えた初夏のころだった。緑の野に美しい花々が咲き誇り、山々は新緑でまぶしかった。

 ウバリートはかつてとは変わっており、広い野のただ中に美しい学園ができていた。落ち着いた雰囲気の褐色の建物と並んで、四本の尖塔をもつ真っ白な小さな寺院が美しく輝いていた。

 ナユタがやってくると、ユビュは昔ながらの美しい笑顔で出迎えた。彼女は新たに作った学園を案内しながら言った。

「今の世では、真なるものが軽んじられ、物質的な満足とそれを支える軽薄な知恵ばかりが重んじられています。そして、シュリーもヴィダールもそんな世の方向に異を唱えるわけでもなく、むしろ、それを積極的に支持することによって権力を維持し続けています。だから、この学園を作りました。私にできることはこのくらいのことだけですが、この学園から発するものが少しでも世の中の風潮に別な風を送り込むことができればと思っています。」

 ナユタがそれは素晴らしいことだと言うと、ユビュは笑顔を見せて言った。

「私もときどき、ここに来てもらった先生の講義を聴いたりするんですよ。それも私にとっては大きな楽しみの一つです。」

 一通り学園を案内し終わると、ユビュは四本の尖塔のある白亜の寺院の前に案内した。

「この寺院は美しいでしょう?カーランジャの設計に基づいて造られたものなんです。」

 その白い寺院はこじんまりした寺院ではあったが、四本の尖塔は真っ青な空に映え、学園の中ではひときわ目を引く建物だった。

 寺院の隣には美しい庭園があり、ユビュはその庭園の一角にある東屋にナユタを案内した。

「この庭園は私たちの手作りの庭園なんですよ。お客様にも入ってもらっています。」

 彼女自身、毎日のように新しい花を植えたり、草花の手入れをしたりしているということだった。観光客も結構いて、写真を撮ったり、花を眺めたりしていた。

 ウェイトレスがミントティーとケーキを運んでくると、ユビュが説明してくれた。

「このミントティーのミントもここで育てたものなんですよ。このケーキに乗っているフルーツも全部私たちが作ったんです。もっと言うと、この砂糖もここで育てたサトウダイコンから作られているんですよ。」

 ナユタはミントティーを味わい、美しい光景を眺めた。ピンクや黄色や白や赤、さらには青や紫のさまざまな美しい花で溢れていた。そして、その上を無数のモンシロチョウが舞い、蜂たちもぶんぶん飛び回っていた。その向こうの緑の野も美しかったし、その上の空も美しかった。静かで、すてきな空間だった。

「少し歩きましょうか。」

 そう言って、ユビュは園内を案内した。小さな池のほとりにやってくると、突然、水の中がざわざわとうごめいた。見ると、おたまじゃくしたちが、ふたりがやってきたのに驚いて、逃げ出しているようだった。足がはえているおたまじゃくしもいた。あまりにいっぱいいてナユタもびっくりしたが、その光景もほほえましいものだった。水面のミズスマシたちは平然と水の上を動いていたし、トンボたちは池の上を飛び回っていた。

 ふたりは池のほとりのベンチに腰を下ろした。

「美しい世界だ。」

ナユタはそう言い、それから、ウバリートに来た経緯を説明した。

 ユビュは、

「あなたと初めて会った時のことが思い出されます。道を求めるものとしてのあなたの姿勢はあのころとなんら変わりませんね。」

と言い、ここで演奏会を行いたいと言うナユタに対して答えた。

「ここの小さな寺院の前の広場はそんなに広くはありませんが、ここで良ければ、ここで演奏会を開いてください。私に今のあなたの音楽が理解できるかどうかは分かりませんが、あなたの音楽を聴くべきは神々ではなく、この巨大な宇宙そのものでしょうから。」

 また、ユビュは、今回の創造について、ビハールにシュリーを訪ねた時のことを語った。

「前回の創造の折には、あなたは創造された世界を救うために戦い、そして私も同じ目的のために心を砕きました。そして、その世界はパキゼーの法を生み出しました。それに対して、今回の創造された世界は混迷の極に墜ちているように思えます。ただ、姉のシュリーはこの創造こそ最高の創造と言って、この創造の問題点には耳を貸しませんでした。」

 ナユタが答えて言った。

「今次大戦のごとき悲惨を極めた世界はこれまでのいかなる創造でも体験されなかった。まさに地獄とはこのことかと思わずにはいられないほどだった。たしかに、その戦争は終わり、これからは平和になるのかもしれない。だとすれば、世界を壊すまでは必要ないのかもしれ ない。ただ、前回の創造がパキゼーの尊い法を生み出したのに対し、今回の創造ではそれに匹敵するものを生み出したのかどうか?私は地上の図書館で膨大な本を読み、高度な哲学が生まれ、優れた数々の思想が展開されたことは理解した。それらは論理面では前回の創造で生み出されたものよりはるかに優れているかもしれない。だが、真理を見抜く洞察の鋭さでパキゼーを超えるものはどこにもなかった。」

 これに答えて、ユビュは静かに言った。

「パキゼーの教えを超えるものがないことについては、私も同感です。マーシュ大学の高名な教授が、高尚な哲学の講義を何度かしてくれ、それぞれ興味深いものではありましが、私にはパキゼーの輝きに匹敵するものを感じ取ることはできませんでした。」

 この言葉を受けて、ナユタは言った。

「一方で、現実の世界では、パキゼーの法の足元にも及ばない低級な思想が蔓延し、それを世の中が挙げて賛美している世界が広がっている。世界は平和になっても、なんら高尚にはなっていない。人間たちの社会では、人生の内のものを肯定し、ヒューマニズムや愛、努力や献身を賛美する価値観が世界を覆っている。パキゼーの真なる教えからははるかに隔たっているとしか言えない。」

「でも、それは神々の世界にも当てはまることでしょうね。結局、人にしろ神にしろ、本当の現実を見つめることなく、幻影を見て生きているのです。この世界の真の姿に向き合うなら、人や神が必死になっていることは結局パキゼーが語るように迷妄に過ぎません。人も神も、幻影を見て、喜びとなるものを追い求めているに過ぎません。」

 そう語るとユビュは軽く微笑して続けた。

「でも、だったらどうすれば良いのか。一切が空という認識に基づくと結局どうなるのか。心からあらゆる光を消し去り、廃人のように生きることが残された道なのでしょうか?それが私には本当には分かっていないのです。」

 ナユタは深くうなずいたが、黙ったままだった。しばらく池を見続けた後、ユビュが再び口を開いた。

「心の中の夢の区域。その夢だけが私たちの心に活き活きした風を吹き込んでくれる。たしかに、パキゼーの道は偉大で、まちがいなく真実そのものだけど、その真理は私の心をほんとうには豊かにも活き活きしたものにもしてくれない。私が未熟なだけかもしれませんが。ともかく、夢だけが私の心に何かを与えてくれる。それを初めて感じたのはパキゼーに教えを請いに行って帰ってきたときでした。それで私は、髪を短く切り、野に出てさわやかな風を吸い込みました。そのとき、心の中の夢の区域で心が弾んだのを昨日のことのように覚えています。だから、今、私は世間とそれに伴う雑念から距離を取り、ここに学園と庭園を造ってただ心静かに生きているのです。それをパキゼーが善しとするかどうかは分かりません。でも、私にはそれ以上のことが思い浮かばないのです。」

 そのユビュの笑顔は昔ながらの美しい笑顔だった。そのユビュに比べれば、自分は依然として何かを追い求めて生きているということをナユタは痛感させられた。

 

 演奏会の準備は忙しかったが、そのさなかにも、ナユタは、ナキア、クマルビ、クレアらと再会することができた。

 クレアは夫や子供たちと共にナユタに会いに来たが、幸せそうなクレアを見てナユタも嬉しかった。

「かつて、ドルヒヤ、マカベア、ビハールでナユタさんと一緒に過ごした日々は私の中ではとてつもなく大事な思い出です。そのナユタさんとこのウバリートでお会いできるのは嬉しい限りです。」

 そう言って微笑むクレアにナユタは言った。

「これからの世界がどうなるかは分からないが、ユビュのウバリート学園はほんとにすばらしい学園だ。それに参加するというのはとてつもなくすばらしいとだし、ぼくとしてもものすごく嬉しいよ。」

 演奏会の当日、様々な楽器とともに、コンピュータやマイク、スピーカーが運び込まれた。かつてナユタが愛用したサントゥールも置かれたが、ナユタがその日演奏する楽器はエレクトリックヴァイオリンだった。

 演奏会が始まり、サントゥールのさざ波のような音が澄んだ大気の中に響き始めると、ナユタは、エレクトリックヴァイオリンで、涯ない宇宙から漂ってくるかのような孤高の音の列を奏でた。そしてその音はコンピュータで処理され、変調され、そして、再び、スピーカーから送り出されて他の演奏家の音、そしてナユタ自身のエレクトリックヴァイオリンの音と絡み合った。

 風を切って鳴り響く音たちの向こうで、沈黙する石たちの列が語りかけた時間だった。その時間の断点から浮かび上がる茫洋たる思念と荒れ騒ぐ情念を砂たちの一粒一粒が噛み込んでいた。

 けれど七人の楽師はただ音を叩き、音を紡ぎ、音を消してゆき、ただ奔放に、音の波を、この大地に、この空間に、そしてこのちっぽけな時間の中に解き放った。その音楽は心の喜びや悲しみを越え出たところにある、まさに宇宙に漂う音を吊り上げてきたような音楽であり、七人の楽師は真音を探し求める探求者、冒険者のごときであった。

 乾いた風の駆け抜ける大地で新たな真音が滴り落ち、音の破片がただ空の中に散逸してゆく。それがこの宇宙のできごと、この無機質の時間の中でのできごとだった。

 演奏を終えると、ナユタは静かに頭を下げた。喝采とはほど遠い、ひかえめなまばらな拍手が、けれど、ナユタの心に適った。

 次の日、ナユタはユビュの元を訪れ、

「私は森に帰ります。」

と短い挨拶をしてウバリートを去ったのだった。

 

 その後、コンピュータとオプティックネットがさらに世の中を変えていった。一瞬にして手紙や画像、映像をやり取りできるオプティックメールの普及はすべての人々を結びつけた。そして、コンピュータ上のネットワークが既存の壁を打ち壊した。

 技術の発展によってある一定レベル以上の生活を営むことのできる人々の数が増え、教育のレベルが上がってくると、人口爆発は収まった。かつては、科学技術の進歩に伴い人口が増加したため、ほとんどすべての人が満足できる世界からはほど遠いものだった。しかし、経済レベルがある一定以上のレベルに達すると、それに伴った教育レベルの向上と相まって、人口は斬増に転じ、やがて人口が減少する時代が訪れたのだった。そして、人口の安定は、エネルギー、資源、食糧などを巡る軋轢を減らし、結果として、さまざまな恩恵をもたらした。

 限りある資源の有効利用、再利用の技術、省エネルギー技術が進展し、さらには再生可能エネルギーの活用が劇的に進展し、社会の中でのさまざまな階層間の軋轢や国家間の紛争は次第に減っていった。これには、もちろん、オプティックネットの発展と普及が大きく寄与したし、次第に経済的な繁栄が宗教の対立を乗り越え、政治の対立を乗り越えた。

 ある意味、世界の動向を決める軸は政治や宗教から経済へと重心を移動したのだった。そして、そのことによって、かつては社会の重要な要素であった民族、宗教、文化といったものによって人々を隔てていた壁が崩れ、消えて行ったのだった。著名な比較神話学者は次のように述べた。

「かつて、地球上には、民族的観念と宗教によって規定される八つないし九つの文化的モナドがあった。しかし、今、かつてのような完璧なモナドの境界は存在しておらず、そのすべての境界が消失しかかっている。そして、モナドを支えていた神話のイメージやそれに関連した社会的儀礼の心理的効果も弱まりつつある。最も新しい世界宗教に支えられたモナドのみがなおかろうじてそのモナドの境界を守ろうとしているように見えるが、私にはそれが消え去るのも時間の問題としか思えない。」

 さらに、医療技術の進歩によって病気は次々に克服され、さらに、分子生物学の技術や遺伝子操作によって、さまざまな病気の根本的な原因が取り除かれた。

 人々は満たされ、平和で楽しい人生を謳歌するようになった。戦争はなくなり、世界の軋轢は減った。こうして平和な世界が現れたが、それは真に人間を高めたのだろうか。

 しばらく地上に行っていたというウダヤ師が森のナユタを訪ねてきて言ったのは、次のような言葉だった。

「かつての創造された世界では、人々は苦しみの内に、不安の内に、生きてきた。そして、さまざまな災難に見舞われ、あるいは災難に襲われるのではないかという恐怖の中で生きていた。そして、困窮と悲鳴が地上から消えたことはなかった。だが、今はすべてが違った世界になった。地上は平和になり、人々は人生を楽しんでいる。かつてのどんな創造でもなされえなかったことがこの創造で実現されている。」

「それがこの創造の意義ということなのでしょうか?」

 そう問い返したナユタに、ウダヤ師は言った。

「さあな。だが、ともかく、人々は笑って暮らしている。だが、それは結局、自分がおもしろいと思うものを楽しむ生き方、自分がやりたいと思うものをやってみるだけの人生だ。そこには挫折や苦闘もあるかもしれぬが、それも結局は、そのおもしろいと思うもの、やりたいと思うものをやろうすることの内にあるにすぎぬ。」

「そうなのでしょうね。結局、この世界が生み出したものはそれだけのものでしかなかったということなのでしょうね。」

「そうだ、それらがいかにパキゼーの法から遠く隔たっているか。だが、そんなことを顧みる者もほとんどいない。みな、平和の喧騒の内に巻き込まれ、その中に埋没し、幸せに人生を送っているだけなのだ。」

 このようなことを語るとウダヤ師は再び自分の棲み処に帰って行った。

 別の視点で言うなら、神々にとっては、創造された世界は刺激に乏しい世界になったとも言えた。人間たちが平穏に暮らすだけの世界は、もはや神々にとって興味を引き起こさないからだった。ただ、科学技術の進展に得るものがあっただけだった。

 そんな中、人類が死を克服しようとする動きが露わになってきた。その動きとは、一つは、遺伝子操作であり、遺伝子を操ることによってさまざまな病気を治したり予防するだけでなく、老化そのものを克服する技術が次第に現実のものとして姿を現し始めたことだった。もう一つは、脳科学の進歩とメモリ技術の向上、そしてロボット技術の進展だった。人間の脳の中にあるものが超高密度メモリに記憶され、万が一、人が死んだときには、そのメモリの内容がロボットの頭脳にアップロードされて復活するという仕組みが研究され、実用化への道も開けてきたように見えた。これもまた死を克服する新たな道だった。

 しかし、遺伝子操作による老化の克服技術の進歩に続き、記憶のアップロード技術も進展してくると、神々の世界では巨大な論争が引き起こされた。

「人間はただ増え続けることになる。そうなると世界はどうなるのか。」

「人間が神の領域に足を踏み入れたことを意味する。こんな危険なことはない。」

 そんな論議が繰り返された。

 この動きに対して、ヴィダールは冷静だった。彼はライリーと共にシュリーの前に進み出ると、

「創造はもはやこれ以上展開されることのない段階に至りました。」

と語り、続けて説明した。

「かつて、この創造を始める前、私はヴァーサヴァ神に会い、創造はもっと多彩なもの、もっと多様なものを生み出しうるはずと申し上げました。そして、その言葉にうなずかれたヴァーサヴァ神よりシュリー様のブルーポールを授かりました。そして、この創造は、まさに、創造が生み出しうるさまざまな可能性を具現化致しました。しかし、今、創造の可能性は汲み尽くされ、むしろ、危険が生じ始めているというべき事態となっています。もはやこの創造は不要。巷では人類の死の克服の是非がかまびすしく議論されていますが、それ以上に考えるべきは、そもそもこの段階に至った創造は神々にとって何の意味があり、どのように役に立つかということです。かつては、創造された世界はさまざまなものを提供しました。地上での技術進展は、神々の世界の技術進展に大いに役に立ちました。また、地上の様々なできごとも神々の心にさまざまな刺激や興奮、感興を呼び起こしました。しかし、今はそんなものはほとんどありません。地上で人間たちはただ楽しく暮らしているだけですからね。」

「では、この創造は打ち壊すのか?」

 そう問いかけるシュリーにヴィダールはあっさりと答えた。

「はい、そうしたいと思います。」

 ヴィダールが自信をもって創造の停止を進言した背景には、安全保障省長官となっていたライリーの事前同意を得ていたことも大きかった。

 シュリーはヴァーサヴァの後継者として創造を擁護する立場で担ぎ出されただけに、ライリーは当初、創造を停止するによってシュリーの立場が危うくなりはしないかと心配したようだった。しかし、ヴィダールが今後もシュリー女王を頂点とする構図をこのまま維持する方針であることを確認すると、ライリーは創造の停止に賛成する立場を鮮明にした。シャルマらの保守派の重鎮の力は地に落ち、また、この安泰で安全な世界の繁栄の現状を踏まえるなら、創造こそが、政府への異論や反発、言論の分裂や神々同士の諍いなど、神々の世界に火種を巻く可能性のある唯一の危険因子と言えなくもなかった。そして、創造の停止をヴィダールと供に積極的に進言することでライリーの地位はより安泰になるのだ。

 創造の停止に関して、シュリーがさらに問いかけた。

「たしかに、この創造は打ち壊しても良いかもしれぬ。だが、打ち壊した後はどうするのか?」

 この問いに対しては、ライリーが笑みを浮かべて自信を持って答えた。

「もはや創造された世界は不要です。神々の世界にこれだけの繁栄が出来上がった以上、これを維持、発展させればよいのではないでしょうか。創造が止めば、世はさらに安全に治まり、シュリー様の治政もより万全になるというものです。」

 この言葉にシュリーも同意した。

 シュリーの同意を得ると、ヴィダールは議会で創造の停止を提案した。

「創造された世界はかつては神々にとって重要であった。だが、神々の世界ははるかに前に前進し、創造された世界は常に愚かな世界でしかない。この時流の変化に鑑み、創造を停止することを提案する。」

 この提案に大きな反対はなかった。シャルマの派閥の神々からは、

「今まで創造を推進してきたのに、なぜ、今、停止を提案するのか?」

「創造の停止を提案するということは、以前の創造を推進してきた政策が間違っていたことを自ら認めるものではないか。」

というような非難が発せられたが、それらは結局、少数者の遠吠えに過ぎなかった。

 シュリーとヴィダールは、神々が到達した世界を讃えて宣言した。

「ついに神々は目指すべき世界に到達した。戦いや諍いは過去のものとなった。そして同時に、創造が不要な世界に到達した。もはや創造は必要ない。創造から何も得られはしない。もし、将来、再び創造が必要と思えたらなら、そのとき最初から始めれば良いだけだ。」

 シュリーとヴィダールが自賛した世界、それは、ある意味では、かつては一部の王侯や貴族のみが享受できていたものが、すべての神々に開かれたことを意味してもいた。

 こうして、議会は圧倒的多数でヴィダールの提案を承認し、地上の世界は再び閉じられることとなった。それは、創造を開始したヴィダールの思想と真逆のものではあったが、ヴィダールは、

「世界は変わったのだ。」

と宣言し、平然と創造を終了させたのだった。シュリー紀元百三十一年のできごとだった。

 その結果、創造に反対していたシャルマらとの対立も止み、政治的には、シャルマやプシュパギリらの存在意義を掻き消すことにしかならなかった。

 

 森で暮らすナユタの元に、創造が閉じられたという知らせが届いたのはそれからしばらく経ってからだった。バラドゥーラ仙人がその知らせを持ってきたのだが、ナユタはそれには特には反応を示さず、

「一緒に釣りに行きましょう。」

と言った。

 ふたりは長い時間、近くの湖で釣り糸を垂れた。

「なあ、ナユタ。これからどうする?」

 そう問いかけたバラドゥーラ仙人に、ナユタは釣り糸の垂れる湖面を見つめたまま、つぶやくように答えた。

「私は世界への関心を失いました。この世界は色褪せており、いかなる創造も何ら真なるものを生み出さないことも分かりました。かつて地上で、フェドラーは、『ぼくたちは破滅の世紀に生を受けた。ぼくたちはつまらない世界に住んでいる。』と言いました。でも、その言葉はあの時代だけに当てはまるのではなく、すべての神と人間の世界に当てはまるのかもしれません。私たちは、今、この瞬間にも、つまらない世界に住んでいるのかもしれません。」

 そう言ってナユタが言葉に詰まらせると、バラドゥーラ仙人は言った。

「もうそろそろ日暮れだ。戻って、釣った魚を焼いて食べようではないか。まだ、永遠の円環に旅立つ時期ではないしな。」

 ナユタはうなずいて立ち上がり、釣り糸を引き上げた。

 ふたりは黙って家路についた。日が暮れてから、ふたりは家の外で火をおこして魚を焼いて食べた。空には満天の星だった。

 バラドゥーラ仙人は言った。

「わしは明日の朝、帰るよ。」

 ナユタはそれには答えず、言った。

「地上のトゥルナンで生活した時、荒野に寝そべって、こんな満天の星を眺めたものでした。彼らは死んで星になり、この天空の世界に戻るのだと信じていました。私には戻るべき世界がありません。出てきた以上、どこにも戻るべきところがないのでしょう。」

「そうかもしれんな。だがな、ナユタ。もう一度、パキゼーの言葉を心に刻むとよいかもしれんな。一切は空、それ以上でもそれ以下でもない、というパキゼーの言葉をな。この世界に存在し、この世界を生きることの意味は空でしかない。ただ我らはパキゼーからの発光があったことを信じることができるし、その反照は今なお真理を照らしているはずじゃ。」

 この言葉にナユタは大空を見上げたままだった。バラドゥーラ仙人は淡々と続けた。

「世界が空であるというパキゼーが示した真理は、決して、単に、この世界が苦に満ち、混乱や悲惨さが大地を覆っているからではない。仮にこの世界が喜びや楽しみに満ち、正義と高潔さに満ち満ちていたとしてもその真理はまったく揺るがない。それはまさに、この現世は無価値であり、無に等しいということだ。この世界は生きるに値しないということでもある。ただ、この世界に存在する者たちは、人間であれ、神々であれ、皆、現実の世界に囚われ、この現世の中で、この現世の中から世界を見ている。そして、その見える世界に捉われ、心を喜ばせたり、軋ませたりして生きている。そして、あたかも現実の世界の中にあるもの、あるいは現実の世界の中に生じるものに何らかの価値や本質的意味があるとでもいうように観じている。だが、現実の世界に捉われている限り、決して真理は見通せない。それらは閉ざされた世界の、内からのまなざしによるものでしかないからだ。それをパキゼーは見抜いた。真理への道は一つしかない。パキゼーが指し示した通り、離脱することだ。そうすれば、すべては違って見える。世界の本質が空であることが見抜け、囚われのない空に立脚した世界への洞察が生まれる。それがパキゼーの語った真理だ。その淡々とした平静さ、どこにも捉われない心の明朗さ、それがまさにパキゼーが教え、指し示したものであったのだ。」

 この言葉にナユタはしばし大空をみあげたままだったが、しばらくしてうなずくように言った。

「まさにその通りです。そして、ヴァーサヴァの創造に際して宇宙の涯てから出てきて以来の私の道のすべてが無価値であり、無に等しいものであることを理解しています。」

 さらにナユタは自分に言い聞かせるように続けた。

「私の心の中では、風が消え、魔法の文字に彩られた道が消え、雨の中にしたたり落ちる夢が静かな池の波紋に消えたように思えます。白いキャンバスの上では、小さな領土の上の奔放な跳躍の中に無数の瞑想が消えました。呪術師たちは果てしない韻律を繰り返し、透明な魚たちは絶望の淵で燐光を放ったかもしれませんが、私たちのなしたことは、未知なる領域に踏み込み、荒々しい神々の足音を耳にし、そして宇宙と時間の魔法をもう一度この小さな土の上に再現する試みでしかありませんでした。」

 バラドゥーラ仙人はこの言葉を受けて、重い口調で言葉を返した。

「だが、おまえは宇宙の円環に沿って張り巡らされた吉兆をもう一度キャンバスの上に描くだろう。おまえは、未知なるものへの密やかな夢をもう一度無意識の原野へと解き放つだろう。石を刻み込む試み、石を積み重ねる試み、たった一つの夢を石の上で砕く試み。それがおまえの道なのかもしれぬ。」

 小さくうなずいて、ナユタが言った。

「しばらくここで静かに暮らすことにします。未来のことはまるで分かりませんが。」

「そうじゃな。永劫の時間の中で、世界はただ流転しておるにすぎん。その中に飲み込まれている我らは、大海原に浮かぶ木の葉のような存在でしかないしな。」

 ふたりは大空を見つめ続けた。ナユタの目からはなぜかわからず大粒の涙が流れた。

 バラドゥーラ仙人は何も言わず、ナユタは涙を拭おうともしなかった。悲しみだけがナユタの心の中に沈殿し続けた。

 ブルーポールはもはや光を失ったのかもしれなかった。

 

 

2016111日掲載 / 2018612日改訂)

 


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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 神話『ブルーポールズ』 第5巻