義務者が住宅ローンを支払っている場合の婚姻費用(婚費)の計算方法
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2023.1.22mf
制作:弁護士河原崎弘
相談:別居している夫が住宅ローンを払っている
夫が家で出て(別居)3年経過しました。夫は年収2000万円、私は、120万円です。子供1人(6歳)います。
私と子供が住んでいる自宅は夫名義ですが、この住宅ローン(残3000万円)の支払いが月にすると、25万円あり、夫が支払っています。
夫は、離婚を求めていますが、私は離婚を拒否しています。
現在、夫は私に生活費として月額15万円送ってくれます。少ない感じがするのですが、いかがでしょう。
回答:支払い中のローン金額を考慮する
算定表の金額は、住居費を含んでいます。
義務者が住宅ローンを支払い、その住宅に権利者が居住している場合は、算定表の金額を、そのまま適用すると、義務者は、二重の負担をすることになります。
他方、算定表の金額から、毎月のローン金額を差引く方法は、住宅ローンの返済は、義務者の資産形成の面がありますので、適切ではありません。
この問題を解決する確定した計算方法はありませんが、次の修正計算方法があります。
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1つ目は、年収からローン年額(全部または一部)を差し引いて、年収として婚姻費用を計算する方法です。
2000万円からローン分300万円(全部の場合)を引いて1700万円を年収とする方法です。この計算では、婚姻費用は26万円〜28万円になります。
この方法の欠点は、特にローン全額を差し引くことです。資産形成部分は控除すべきでしょう。改良が必要です。
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2番目は、年収2000万円で計算した婚姻費用額(32万円〜34万円)からローンの月額の一定割合(50%以下、30%〜40%)くらい(例えば、10万円=40%)を差引く方法です。
この方法では、婚姻費用は、22万円〜24万円になります。
この方法の欠点は、一定割合の決め方が、客観的でないことです。やはり、改良が必要です。
- 3番目は、算定表で算出した額(32万円〜34万円)額から、夫(義務者)の収入に応じた標準的な住居関係費(下記、判例タイムズ1111-294参照)を差引く方法です。
相談者の例では、9万8046円を差引きます。この計算では、差引く金額が大きく、婚姻費用分担額が
少なくなります。
- 4番目は、算定表で算出した額(32万円〜34万円)額から、妻(権利者)の収入に応じた標準的な住居関係費を差引く方法です。
この計算方法が合理的で、多くの審判で採用されています。
相談者の場合は、3万円(正確には、年収に対応する27,940円)を差引きます。そうすると、婚姻費用は、29万円〜31万円
になります。現在の婚姻費用15万円は安すぎます。
この理論は、ローンに関係ありません。義務者所有の家に、義務者の負担で、権利者が居住している場合も同じです。
年収別の住居関係費:平成10年〜14年の平均値(判例タイムズ1111-294)/参考統計
年収:円 | 〜1,999,999 | 〜2,499,999 | 〜2,999,999 |
〜3,499,999 |
〜3,999,999 | 〜4,499,999 | 〜4,999,999 | 〜5,499,999 | 〜5,999,999 |
住居関係費:円/月 | 27,940 | 32,354 | 31,655 |
32,590 |
37,871 |
42,652 | 46,983 | 45,354 | 52,517 |
年収:円 | 〜6,49,9999 | 〜6,999,999 | 〜7,499,999 |
〜7,999,999 |
〜8,999,999 | 〜9,999,999 | 〜12,499,999 |
〜14,999,999 | 15,000,00〜 |
住居関係費:円/月 | 50,040 | 53,632 | 57,640 |
57,732 |
60,885 |
64,027 | 71,948 |
77,787 |
98,046 |
計算式
夫年収 2000万円
妻年収 120万円
子供6歳 1人
基礎収入の計算
夫の基礎収入 2000万円 × 0.38= 760万円
妻の基礎収入 120万円 × 0.50 ≒ 60万円
100 + 62
妻と子供の生活費 = (760万円+60万円)× --------------
100 + 100 + 62
≒ 507万円
婚姻費用分担額 = 507万円 − 60万円
= 447万円 ← 住宅ローンを考慮しない場合の婚姻費用
住居関係費(ローンを控除)を控除した婚姻費用
= 447万円 − 2万7940円 × 12 ← 平均的住居関係費を差引く
= 413万4700円
月額 ≒ 34万4500円
なお、養育費支払い義務者が、義務者居住用の住宅ローンを支払っている場合は、本件とは別です。算定表の金額をそのまま使います。
相談者の場合、適正な婚姻費用は、現在の金額より高いです。家庭裁判所に婚姻費用の増額を求める調停を申立ててください。
判決
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東京家庭裁判所令和元年9月6日審判
(8)次に,申立人は,相手方が居住する自宅の住宅ローン及び管理費等を負担していることを考慮すべき旨主張するが,住宅ローンには住居を確保するための費用と資産形成のための支出の両面があり,標準的な住居関係費については,申立人の収入からあらかじめ控除され,前記住居関係費を超える部分は資産形成的側面を有するものとして,財産分与等の手続で清算すべきであり,これを婚姻費用分担額の算定にあたって考慮するのは相当ではない。
もっとも,婚姻費用の算定に当たっては,別居中の権利者世帯と義務者世帯が,統計的数値に照らして標準的な住居関係費をそれぞれ負担していることを前提としており,申立人は相手方が居住する自宅につき住宅ローン及び管理費等を負担し,相手方の住居関係費をも二重に負担し,相手方が住居関係費の負担を免れているといえるから,当事者の公平の観点から,前記(7)の婚姻費用分担額から,相手方の収入に対応する標準的な住居関係費(約2万8000円)を控除するのが相当である。
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東京家庭裁判所平成27年6月17日審判(出典:判例タイムズ1424−346)
オ ところで,標準算定表は,別居中の権利者世帯と義務者世帯が,統計的数値に照らして標準的な住居費をそれぞれ負担していることを前提として標準的な婚姻費用分担金の額を算定するという考え方に基づいている。
しかるところ,義務者である相手方は,上記認定のとおり,平成26年□□月まで,権利者である申立人が居住する自宅に係る住宅ローンを全額負担しており,相手方が権利者世帯の住居費をも二重に負担していた。
したがって,当事者の公平を図るためには,平成26年□□月までの婚姻費用分担金を定めるに当たっては,上記の算定額から,権利者である申立人の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当である。
そこで,平成26年□□月までに対応する申立人の総収入200万円を12で割ると,16万6666円(1円未満切捨)となり,これは,上記東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算定を目指して」判例タイムズ1111号285頁以下における294頁の資料2(年間収入階級別1世帯当たり年平均1か月間の収入と支出)の項目199万9999円以下の列における実収入16万4165円に近似するところ,この列における住居関係費(住居の額に土地家屋に関する借金返済の額を加えたもの)は2万7940円である。したがって,平成26年□□月までの婚姻費用分担金を定めるに当たっては,標準算定表により算定される婚姻費用分担金の標準額から2万7940円を控除するのが相当である。
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東京家庭裁判所平成22年11月24日審判(出典:家庭裁判月報63巻10号59頁)
同自宅及びその敷地の所有者は申立人(夫)であり,その購入費用等にかかる住宅ローンの債務者も申立人である。
(4) 相手方(妻)は,別居後も申立人の給与振込口座を管理しており,同口座から月額35万円を払い戻して生活費等に充てている。現在,同口座からは,上記自宅の住宅ローン(月額16万円),固定資産税及び光熱費のほか,申立人の所得税,申立人及び相手方の携帯電話料金,クレジットカード利用料等が引き落とされている。
長女は,平成22年3月に私立高校を卒業後,同年4月に私立大学に進学し,長男は,現在私立高校に在籍しているが,長女及び長男の学費は申立人の母が負担している。
<<中略>>
よって,権利者(相手方)の収入を給与収入84万円,義務者(申立人)の収入を給与収入1568万円として,東京・大阪養
育費等研究会による標準算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下参照)に基づき本件の婚姻費用を試算すると,申立人が負担
すべき婚姻費用分担金の額は月額30万円から32万円と試算される。
もっとも,上記算定方式は,別居中の権利者世帯と義務者世帯が,統計的数値に照らして標準的な住居費を,それぞれが負担し
ていることを前提として標準的な婚姻費用分担金の額を算定するものであるところ,本件では,義務者(申立人)が,権利者(相手方)
の居住する自宅の住宅ローンを負担しており,いわば義務者が自己の住居費と権利者の住居費を二重に負担している状態にあるから,
当事者の公平を図るには,婚姻費用分担金を決定するに当たって,上記試算結果から,権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費
を控除するのが相当である(判例タイムズ1208号30頁以下参照)。
そして,相手方の総収入に対応する標準的な住居関係費は,月額3万円弱であるから(判例タイムズ1111号294頁資料2
の表中,実収入16万4165円の欄を参照),本件においては,上記試算結果の下限額である30万円から3万円を控除した27万
円を申立人が負担すべき婚姻費用分担金の額とするのが相当である。
- 最高裁判所平成18年4月26日決定
本件は,妻であるXが別居中の夫であるYに対し婚姻費用の分担を求める事案である。
XとYに
は3人の未成熟子(15歳以上19歳以下の子1人,14歳以下の子2人)がいるが,Yが単身自宅を
出て別居し,Xが3人の子を監護養育している。Yは,独立開業している税理士であり,Xは,かつて
Yの税理士事務所に勤務していたものの解雇され,以来無収入であり,生活保護を受けながら生活して
いる。
第1審は,Yの婚姻費用分担額について,東京・大阪養育費等研究会「簡易迅速な養育費等の算
定を目指して―養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案」(家月55巻7号155頁,判タ111
1号285頁)に係る算定方式(いわゆる標準的算定方式)によつて算定することとし,Yの総収入を
前年の収入に基づき738万1130円程度,Xの総収入を賃金センサスに基づき119万3129円
であると認定した上で,Yの婚姻費用分担額は,概ね月額21万円から23万円の範囲となるところ,
Xと子が居住する自宅のローンをYが負担することでXが住居費の負担を免れている点を考慮して,月
額21万円と算定した。これに対し,Yは,婚姻費用分担額の算定に際しては所得税,住民税,事業税
を所得から控除すベきであるのに,第1審審判はこれらの税を控除していないなどと主張して抗告した。
原審は,第1審審判の理由を引用するとともに,Yの上記主張に対し,所得税については,源泉徴収
税額が所得税額を上回っていることを理由に94万円余が還付されているので,控除することができず,
住民税及び事業税についても,これらの税の合計額を上回る所得税94万円余が還付されているので,
結局,所得算定の際にこれらの税金を控除する必要はないと説示して,Yの婚姻費用分担額を月額21
万円とすべきものとした。
そこで,Yは,所得税について94万円余が還付されたのは過払いがあった
からであり,実際に所得税72万円余を支払っているのであるから,これを控除すべきであって,それ
をしなかった原決定には法令の解釈の誤りがあるなどと主張して,許可抗告を申し立て,これが許可さ
れた。
最高裁は,(1)原審は,Yの所得金額合計から社会保険料等を差し引いた金額をYの総収入と
認定し,この総収入から税法等に基づく標準的な割合による税金等を控除してYの婚姻費用分担額算定
の基礎となるべき収入(基礎収入)を推計した上,Yの分担すべき婚姻費用を月額21万円と算定した
ものであり,以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は,合理的なものであって,是認
することができると判示した。
(2)所得税を控除すべきであるとするYの主張については,原審は,
総収入から基礎収入を推計する過程において所得税を控除しているものであって,源泉徴収税額が所得
税額を上回っていることを理由に94万8972円が還付されているから所得税を控除することはでき
ない旨の原審の説示は適切を欠くものといわざるを得ないが,その結論に影響するものではないと判示
した。さらに,
(3)直接の許可抗告申立て理由とされていない住民税,事業税の控除についても,控
除済み,織り込み済みのものであり,住民税及び事業税の合計額を上回る所得税94万8972円が還
付されているからこれらを控除する必要はない旨の原審の説示は適切を欠くが,その結論に影響するも
のではないと判示し,結局,本件抗告を棄却した。
登録 2010.5.3
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