This is a Japanese translation of "The Festival" by H.P.Lovecraft.

以下は、"The Festival" by H. P. Lovecraft の全訳です。精神障害、疾病、身体障害、人種/民族差別に関係する放送できない用語が含まれます。何ぶん古い作品ですのでご了承ください。


冬至祭

著:H.P.ラヴクラフト、訳:The Creative CAT

First published in Weird Tales (January 1925)

Efficiunt Daemones, ut quae non sunt, sic tamen quasi sint, conspicienda hominibus exhibeant.
(悪魔は存在せぬものを人の目に現実の如く顕然せしむる)

ラクタンティウス

家路遥かにして、私は東の海の呪文を一身に受けていた。黄昏の中岩に砕ける音が聞こえ、それが丘のすぐ向こうに横たわっていることを知った。丘の上には柳が捻曲がり身もだえしその彼方の晴れ間に一番星が見えた。私は父祖たちの呼ぶ声に応えてこの先の古い町を目指し、降ったばかりの浅い雪を踏みながら木々の間に瞬くアルデバランの方へと登る淋しい一本道を歩いていた; 未見のしかし幾度も夢見た太古の町に向かって。

ユールの時だった。人はそれをクリスマスと呼ぶが、心中ではベツレヘムにもバビロンにも先立つことを知っている、メンフィスにも人類にも。ユールの時だった、縁者が住み、遠い昔からその祝祭を守ってきた古の海の町へと、ついに私がやってきたのは。最奥の秘密を忘れてしまわぬように、祝祭が禁じられた時彼らは息子たちに命じて世紀に一度それを行わせるようにしたのだ。我が縁者は古い家系であり、三百年前この地に住み着いた時ですら既に古い家系であった。そして彼らは奇妙だった。というのも彼らは麻薬的な蘭の花咲く南の庭園から暗く隠秘な民として来たり、青い目の漁民たちの言葉を覚える前に他の言葉を話していたからだ。今では彼らは散り散りとなり、この世の人間が誰一人として理解し得ぬ秘儀を分かち合うのみだった。この夜伝説の命ずるがままに古い漁師町へと戻ってきたのはだた私一人。貧しく寄る辺なき者のみがそれを覚えていたからだ。

丘の頂の向こうに夕暮れのキングスポートが凍り付いて見えた; 雪のキングスポート、その年ふりし風見と尖塔、棟木と煙突陶冠、波止場と小橋、柳と墓、狭く急で湾曲した街路の作る終わりなき迷宮、時さえも触れようとしない目の眩むような教会を戴いた中央の高台; 崩した積木玩具の如くあらゆる角度と平面に散らばった植民地様式の家々のなす迷路; 白い冬を装った破風やギャンブレル屋根の上に浮かぶ古風な趣; 扇型窓と小さなガラスが嵌った窓、こういったものが一つ一つ、冷えた薄暮の中から浮かび上がり、オリオンと見え始めた星々と隣り合っていた。海は腐朽した波止場に打ち寄せ; そのかみ我が血族の来たりし有史以前の海は口をつぐんだままだった。

丘の道を上り詰めると、脇にもう一段高くなった頂上があった。侘しく吹きさらしのその場所は埋葬地らしく、雪のはざまに食屍鬼めいた黒い墓石が巨大な死体の崩れた指爪のように見えた。足跡のない道はなんとも孤独で、遠くから絞首台の軋む慄然たる音が聞こえた気がした。1692年、彼らは四人の我が親族を魔女として吊したが、その場所は私の知る所ではなかったのだ。

曲がりくねる坂道を海の方角へ下りながら、村の楽しい団欒の音に私は耳を澄ましたが、そんなものは聞こえてこなかった。考えてみれば、この地の老清教徒たちは私には馴染みのないクリスマスの習慣を持っているのであろうし、皆沈黙の炉端の祈りを捧げているのであろう。それだから以後私は笑いさざめく声を聞こうとも旅人の姿を探そうともせず、ひたすらに道を下った。明かりの灯る静かな農家を、昔の店や水夫の宿の看板が潮風に軋む影くらい石壁を、グロテスクなノッカーのついた柱付戸口が並ぶ荒れた未舗装の小路を、それらを照らすカーテンの引かれた窓から忍び出る光を、通り過ぎていった。

町の地図を見てきたので、我が血族の家は判っていた。村の伝説は生きること長くして、私のことは知らされており歓待されるだろうと聞かされていた; だから私は足を速め、バック街からサークル・コートを抜け、板敷きの舗道の新雪を踏みわたり、市場の背後に延びるグリーン小路に入った。昔の地図は今なお使い物になり、何の問題もなかった; アーカムで聞いたところでは路面電車が走っているということだったが、頭上に架線が見えない点からして嘘だったに違いない。もっとも、雪がレールを隠しているのだろう。丘から見た白い村はとても美しく、私は徒歩を選んだことを喜んだ; そして今、私は我が血族の扉を叩こうと切望している、グリーン小路左側七軒目、古びた尖り屋根と突き出した二階、全てが1650年以前に建てられたものだ。

辿り着くとその家には明かりが灯っており、菱形の窓ガラスから、私はこの建物がほぼ昔の状態のまま保存されてきたのに違いないと見た。家の上部は雑草の生えた狭い路地に倒れ込み、反対側の家の倒れ込んだ部分と触れんばかりになっていたため、まるでトンネルの中にいるようで、扉の前の低い石段には全く雪がなかった。歩道はなく、多くの家には高い所に扉があり、それに至る鉄の手すり付の二続きの階段があった。それを奇妙な風景だと感じたのは、ニューイングランドに馴染みがなく、どういう場所か見たことがなかったからだ。心地よい景観ではあったが、雪の上に足跡があったり、街路に人がいたり、あるいはカーテンの降りていない窓が少しでもあったりすれば、もっとほっとしたことだろう。

古びた鉄のノッカーを鳴らしたとき、私は半ば怖くなった。私の中にある恐怖が集った。多分伝承の異様さから、また夜の暗さから、また変わった習慣を持つ古い町の奇怪な静けさからだった。そのノックに返事があったとき、私は心底怖くなった。扉が軋みながら開く前に、何の足音も聞こえなかったからだ。だが、恐怖は長く続かなかった。ガウンを着、スリッパを履いた老人が穏やかな顔で戸口に現れ、私はほっとした; 老人は自分が唖だという仕草をした後、持参の蝋板と鉄筆で古風な歓迎の言葉を記した。

老人は私を天井が低く蝋燭に照らされた部屋に招き入れ、そこには太い梁が剥き出しになり、黒く硬直した十七世紀の家具が散在していた。ここでは過去があらゆる属性に至るまで欠けることなく生き延びていた。洞穴のような暖炉と糸繰車があり、その前にだぶだぶの外衣を羽織り、縁の突き出した婦人帽を深くかぶった老女が座り、こちらに背を向けてかがみ込んで、祝祭の時だというのに静かに糸を繰っていた。湿気が際限ないく辺りを覆っているようで、どうして火を焚かないのだろうかと不思議に思った。左手のカーテンの降りた一連の窓に面して背の高い長椅子が置かれ、はっきりしないが誰かが座っているようだった。見たもの全てが不愉快で、再び先ほどの恐怖がぶり返してきた。先に恐怖を薄れさせてくれたものが、今度はそれをより酷くした。老人の穏やかな顔を見れば見る程、その穏やかさそのものが怖くなってきたからだ。目はいささかも動かず、皮膚はあまりに蝋じみていた。ついに、それが顔などでは全くなく、嫌らしい程精巧にできた仮面であると確信した。だが奇妙な手袋をつけた弛んだ手が、親切そうに、私は祝祭の場に案内されるまでもう少し待たねばならぬ旨蝋板に書いてくれた。

椅子、テーブル、本の山を指差して老人は部屋を去り; 腰を下ろして本を読もうとしたとき、それらが古めかしく黴臭いことに気づいたが、その中にはモリスター老の奇抜な科学の驚異、ジョセフ・グランヴィルのサドカイ教徒の勝利、1681年刊、1595年にリヨンにて発行されたレミギウスの衝撃的な悪魔祈祷書が含まれ、何より悪いことに、狂えるアラブ人、アブドゥル・アルハズレッドの口にするのもはばかられるネクロノミコン、そのオラウス・ヴォルミウスによる禁断のラテン語訳があった; この書は未読だったが、それにまつわるぞっとするような噂を聞いたことがあった。誰一人私に話しかける者はなく、外の看板が風で軋る音、ボンネットをかぶった老女が黙って糸を繰り糸を繰りしている糸繰車が唸る音が聞こえていた。この部屋も本も人も病的で不穏な感じがしたが、父祖の古い言い伝えが私をして異様な祭礼に召喚したもの故、奇妙なる事柄には既に覚悟ができていた。そこで私は本を読もうとし、すぐに、背筋を寒くしつつも呪われたネクロノミコンの中に見いだしたあるものに引き込まれていった; 正気でいるにも、意識するにも、あまりにも禍々しい一つの思想と一つの伝説。だが、長椅子に面して並んだ窓の一つがこっそり開けられ、また閉められたような気がしたとき、私はそれが気に食わなかった。引き続いて老女の糸繰車ではない何処からか唸りが聞こえたようだった。それはしかし大したことではなかった。老女の回す糸繰車の勢いがとても激しくまた年を経た時計が時を刻みつつあったからだ。その後、長椅子の上からは人のいる気配がなくなってしまい、長靴をはきだぶだぶの古い衣装をつけた老人が戻ってきて、私からはよく見えないかの長椅子に座った時には、私は身を震わせながら読書に没頭していた。なんとも神経を逆立てる待ち合いで、手にした冒瀆的な書物によって倍加されていた。しかしながら十一時の時鐘が鳴った時、老人は立ち上がり、滑るように隅にある彫刻された大きな木箱の所に行って、フード付きの外套を二着取ってきた; 一着は自分で羽織り、もう一着は単調な糸繰りをやめていた老女に掛けてやった。二人は連れ立って外に出る扉に向かった; 老女は足を引きずっており、老人は私から読みかけの書物を取り上げると、不動の顔ないし仮面にフードを引き被せながら私を促した。

この信じ難い程古い町の捻れた編み目へと、私たちは月のない中を歩み出た; 歩むにつれカーテンの降ろされた窓から灯りが一つ一つ消え、大犬座の主星の流し目の下、フード付外套を着た姿が各々の戸口から音もなく滴り落ち醜怪な大行進となって街路を進み、軋む看板を、ノアの洪水以前の破風を、草葺き屋根を、菱形ガラスの窓を通り過ぎ; 崩れた家が両側から覆い被さってくる切り立った小路を辿って; 酔っぱらいのようにひょこひょこ動く角灯が不気味な星座をなす中庭や教会の墓地を滑っていった。

この沈黙の人だかりの中、私は声なき案内人の後を追い; 並外れて柔らかそうな肘につつかれ、途方もなく果肉質な胸と腹に押され; だが、顔は見えず言葉も聞こえなかった。上、上、上へと、不気味な縦隊はずるずる進み、なべての旅人たちは町の中央の小高い丘の頂上に聳える白い大教会に向け狂気の焦点を結ぶかのように集まっていった。私はその丘を夕闇迫る頃、道が一番高まった所からキングスポートを眺めた時に見ていた。その時一瞬アルデバランが幽霊の如き尖塔の上に危なっかしく引っかかり、私は震え上がったのだった。

教会の周囲には空き地があった; 一部は亡霊じみた碑の立つ教会墓地、一部は風が雪を吹き払う半舗装のスクエアで、尖り屋根と手前に突き出した破風を持つ不健全な程古びた家々に縁取られていた。墓の上を陰火が舞い、身の毛もよだつ光景を明らかにしながら、なぜか何らの影も落とさなかった。教会墓地を過ぎると家はなく、丘の頂上が見え、私は港の上の星のさざめきを眺めたが、町は闇に沈んで見えなかった。たまさか角灯がぽつんと揺れ、蛇のようにうねる小路を通って、今や教会に流れ込みつつある無言の雑踏に追いつこうとした。群衆が暗い戸口に吸い込まれてしまうまで、遅れてきた全員が彼らの後を追うまで私は待った。老人が袖を引いたが、私は殿(しんがり)になると心に決めていた。ごった返す未知の暗黒の神殿に通じる閾を跨ぎながら、振り返って外界を見ると、そこでは燐光が丘の頂上の舗道に病的な影を落としていた。そうしながら私は震え上がった。雪の多くを吹き飛ばす風にも拘らず、扉の傍に吹きだまりがいくらか残っていたのだが; 束の間振り向く我が惑いの目には足跡があるようには見えなかったのだ。私のものすらも。

角灯が数多く入ったのにも拘らず、それによって教会が明るくなるようなことはほとんどなかった。群衆の大多数が既に消えていたからだ。それらの列は会衆席の間を通り、説教壇のすぐ前に吐き気を催すような口を開く穹窿の落し戸へと昇り、無音のままもがきつつその中に入っていった。私は何も言えないままその後について摩滅した階段を息詰まる闇の地下室へと下った。曲がりくねった夜の行列の最後尾はなんとも恐ろしげで、見る間に身をのたくらせながら一層恐ろしく見える古墓の中へと入っていった。その時、墓の床から下に降りる開口部があり、群衆が滑り込んでいくのに気づいた。瞬く間に私たちは皆、荒切りされた不吉な石段を下っていた; じめじめと奇妙な臭いが立ち籠める狭苦しい螺旋階段が、滴る石材と崩れた漆喰の単調な壁を過りながら、丘の腸(はらわた)の中へと果てしなく下降していくのだ。それは静かな衝撃的な下降であり、慄然たる間隔を置いて壁と段の素材が変わっていくことに私は気づいた。あたかも天然の岩を刳り貫いたかのように。主に私が気がかりだったのは、無数の足運びがなんらの音も立てず谺も返さないことだった。果てしなく下っていったその先に、知られざる暗黒の奥底からこの不可思議なる夜の坑へと延びる横道ないし横穴が現れた。間もなくそれらはとてつもない数になり、名状し難い脅威を与える不敬なる地下墓地のように見えた; 腐朽の刺激臭はまさに堪え難い程になっていった。私たちは山の中を通ってキングスポートそのものの地面の下まで降りて来たのに違いなく、この町は地下の邪悪によって歳をとり蛆に蚕食されるのだろうと思うと、私の背筋は冷え冷えとした。

次いで私は不気味に明滅する青白い光を見、陽の当らぬ水がひたひたと打つ悪意の音を聞いた。再び私はぞっとした。夜が運び来ったものを喜ばなかったからであり、惨めにも、父祖たちが自分をこの原初の宗派に呼び寄せたりしなければよかったのにと願った。石段と通路が広がるにつれ、別の音が聞こえてきた。かぼそい笛を模倣するような哀れっぽくひゅうひゅういう音だ; そして突然目の前に内部世界の無辺の眺望が広がった — 黴の生えた広大な岸辺を、円柱となって吹き出す病的な緑の炎が照らし幅の広い油の河が洗い、その河は思考の及ばぬ物凄い深淵から有史以前の海の最暗黒の湾へと流れこんでいくのだ。

私は喘ぎ、失神しそうになりながら見た。巨大な毒キノコの生える不浄な冥界を、癩病の如き火をヘドロじみた水を。光を放つ柱の周りに、外套を羽織った群衆が半円を描いているのが見えた。それはユールの信仰、人類より古く、人類を越えて生きる定めのもの; 原初の至(し)の信仰、雪の彼方に春を約束する信仰; 炎と常緑の信仰、光と音楽の信仰だ。見ると、地獄の岩屋の中で彼らは儀式を執行していた。吐き気を催す炎の柱を拝み、萎黄病色の輝きを背景に緑の光を放つ粘性の植物を一攫みずつ掬っては水に投げ込むのだ。私は見た、これを、また形のない何かが光から遠く離れて座り、嫌ったらしく笛を吹くのを; そのものが笛を吹く時、悪臭紛々たる目に見えぬ闇の中で、押し殺した禍々しい羽ばたきが聞こえたような気がした。だが、何より恐ろしかったのは、炎の柱だった; 信じられぬ程の深みから火山のように吹き上がり、健全な炎と違って影を投じず、汚らわしく有毒な緑青で硝石を覆っていくのだ。沸騰し燃え盛っていてもそこに温かさはなく、死と腐敗の冷たさがあるだけだった。

私を連れて来た人物はかのおぞましい炎のすぐ傍らまでのたくると面前の半円に向かい、硬直した仕草で祭儀を進めた。儀式の中で、殊にその人物が持参してきた忌まわしきネクロノミコンを頭上に掲げた時、彼らは下卑たお辞儀をした。私もまた頭を下げた。なんとなれば私はこの祭礼に父祖の書面によって召喚されたからだ。その時老人は闇の中の半可視の笛吹きに合図を送り、早速笛吹きはかぼそい持続音から幾分か大きな持続音へと調を改め; 考えることも予想することもできない戦慄へと駆り立てた。この戦慄に私は地衣類の蔓延る地面へと沈みこみ、この世界でも他の世界でもなく、星々の間の狂える空間のものでしかあり得ない恐怖によって縫われそうになった。

冷たい炎が脱疽の如く輝くその彼方、想像を絶する暗黒の中より、不気味な油の河が音もなく思いも及ばず流れ出す地獄の幾尋(ひろ)より、飼いならされた翼を持つ合成獣が大群をなしてリズミカルに羽搏く音が聞こえた。それは真っ当な目が捉え得ず、真っ当な頭脳が記憶し得ない生物どもだった。それらは鴉でも、土竜でも、ノスリでも、蟻でも、吸血蝙蝠でも、崩れた人類でもなかった; 私が思い出せず、また思い出すべきではない何かだった。それらが蜘蛛の巣状の足と膜状の翼を半々に使ってぐにゃぐにゃと降下し; 祭を祝う群衆の所まで達すると、フードを冠ったものどもは、一人また一人、それらを捉え跨がっては光のない河に沿って飛び、こんこんと沸く毒泉が恐るべき未知の瀑布を形作る所まで至ると、恐慌の窖の中へと飛び込んでいくのだ。

糸繰りの老女は群衆と共に去り、老人が残っているのも、他の者に倣ってその動物を捉えて乗れというその仕草に従うのを私が拒んでいたからに過ぎない。足許がふらついた時、不定形の笛吹きはもう見えなくなっていたが、例の獣が二頭、忍耐強く待機していた。私が躊躇っていると、老人は鉄筆と蝋板を手に、自分はまさしくユールの信仰をこの古代の地に築いた我が父祖の代理人であると記した; 私は戻ってくるべく定められていたのであり、最大の神秘はこれからなされるのだという。老人の書く文字は大変古風で、尚も渋る私に緩やかな式服から認印が付いた指輪と時計を取り出してみせた。いずれも我が一家の紋章を帯びており、これによって老人は自称するところの者であると証明しようとしていたのだ。しかしそれはおぞましい証拠品であった。なんとなれば、古文書によって私はその時計が1698年に曾曾曾曾祖父と共に埋葬されたことを知っていたからである。

すると老人はフードを引き上げて自分の表情にある我が家族の面影を指差した。が、私は身震いするだけだった。間違いなくその顔は悪魔の如き蝋面に過ぎなかったからだ。今や獣は翼をばたつかせながらせわしなく地衣類を引っ掻いていたし、老人も同じくらい落ち着かぬようにみえた。一頭がよたよたとした足取りでじわじわ離れようとし始めると、鋭く振り向いて引き止めた; その突然の動きに頭部であるべき部位から蝋面が外れた。その時私は跳んだ。その悪夢のような場所からは私たちが降りてきた石段への道が閉ざされていたので、どこか海の洞へと泡立ち流れていく油のような地下の河へと身を投じた; 我が叫ぶ恐怖の声によって、この禍々しい湾が隠し持つ死の全軍が降り掛かってくる前に、大地の内なる恐怖の腐汁の中へと我が身を投げたのだ。

病院で聞いたところでは、私は夜明けに半ば凍り付いた状態でキングスポート港で発見されたという。たまたまその辺にあった円材にしがみつけたおかげで助かったのだ。雪の上の足跡からみて、私は前夜丘の道から誤った枝道に入りオレンジ岬の崖から墜落したらしい。私に言えることはなにもなかった。全てが間違っていたからだ。全てが間違っており、大きな窓から見える甍の波のなかで古びたものは五軒に一軒に過ぎず、下の街路からは路面電車と自動車の音が聞こえてきた。彼らはこれがキングスポートだといいはるのだが、私にはそれを否定することができなかった。この病院がセントラル・ヒルの昔の教会墓地の傍に立っていると聞いた私は譫妄状態に陥ってしまい、よりよい治療が受けられるだろうアーカムの聖マリア病院に搬送された。それは良い所だった。医師はおおどかな人たちで、注意深くしまい込まれたアルハズレッドの不快なるネクロノミコンをミスカトニック大学図書館から借り出すに当って手を回してくれさえした。彼らは「精神病」がどうのと言って、心につきまとう強迫観念を払い落とさなければいけませんよと口を揃えて言うのだ。

それで私はかのおぞましい章を読み、倍も震え上がった。私にとってそれは新しくなかったからだ。足跡が示していることなどどうでもいい、私はそれを以前にも見たことがあったのであり; それを見たのは忘れてしまうのが何よりな場所であったのだ。それを思い出させるようなものは — 目覚めている間には — ない; だが引用したくもない語句の故、私の夢は恐怖に満たされている。なんとか一段落だけは引用しよう、ぎこちない低ラテン語から英訳するとこうなる。

「最下(さいげ)なる洞は」と狂気のアラブ人は書いている「脅威の異様にして恐るべければ見る目にもその深さ知れず。死せる想念の不可思議の体に新生せる地こそ呪わしけれ、頭中に留められざる精神こそ邪悪なれ。賢くもイブン・シャカバオ云いき、魔術師の憩わぬ墓は幸いなるかな、魔術師の全て灰となりし夜の町は幸いなるかな。古言に曰く悪魔に購われし魂は納骨堂の土塊から逃れ得ずして齧り取る蛆虫をば肥え太らせ教示すればなり。やがて腐朽の中(うち)より恐るべき命の跳ね起きて、鬱陶しき大地の屍肉喰らいは狡猾にもそを患わし、膨れ上がりてそを病ますなり。満ち足りるべき大地に秘密の大穴掘られ、這いずるべきものども歩く法を習い覚えたり。」


翻訳について

チャールズ・ウォードの中で言及されている「カーウィン時代のキングスポートで起きたネクロノミコン絡みのおぞましい事件」というのがこれではないかと思って翻訳してみました。同作品によれば1740年前後の事件のはずで、その時祭儀が禁止されたのではないかと考えます。底本はWikisource版で、適宜The H.P. Lovecraft Archive版を参照しました。

次に述べる一点を除いて、この翻訳は独自に行ったもので、先行する訳と類似する部分があっても偶然によるものです。一ヶ所、最後のネクロノミコンからの引用の冒頭、the nethermost caverns を「最下(さいげ)なる洞」としたのは新稀少堂日記にある大西啓裕氏の「最下(いやした)の洞窟」を参考にした結果です。

「魔宴」「暗黒の秘儀」と訳されているこの作の原題は The Festival、つまり「祭」「宴」というシンプルなタイトル。でも、こう漢字で書いてしまうと、どうもビール飲みながら御神輿担いだり、北島三郎や島津亜矢がガンガン飛ばしたりというイメージになってしまいます。これを翻訳する過程でH.P.L.の神が、世界の各地に見られる死と再生の神々、音楽と律動の神々の一柱(?)であることを再認識しました。そこで「冬至」という単語をどこかに入れたいと思い、この題名としました。

この訳文は他の拙訳同様 Creative Commons CC-BY 3.0 の下で公開します。TPPに伴う著作権保護期間の延長が必至となった現状で、ほとんど自由に使える訳文を投げることには多少の意味があるでしょう。

例によってStellariumで作成した、1925年12月24日、セーレムでの夕闇の空を示します。キングスポートはセーレム東海岸にあることになっているので、海の方を向いて進むとまずアルデバランが見え、やがてオリオン座が昇ってくるのがわかります。たまたまこの年は月のある比較的明るい夜だったようですが、作中では町に出て行く時には月がなかったとあります。20世紀になってからのこの日の月齢を追えば、ある程度事件の起きた年を推測できるのではないでしょうか。


20, Mar., 2015 : First Run-through
21, Mar., 2015 : ちょっと調整
28, Mar., 2015 : 最後の部分修正
9, Apr., 2015 : ちょっと変更
27, Jun., 2015 : headタグが閉じていなかったので修正。なんとbodyタグもなかった…… orz
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