SF Magazine Book Review

1996年7月号


『永遠なる天空の調』キム・スタンリー・ロビンソン

『軌道通信』ジョン・バーンズ

『眠れ』ヴィクトル・ペレーヴィン

『やさしいアンドロイドのつくり方』福江純

『エックス・レイ』レイ・デイヴィス


『永遠なる天空の調』キム・スタンリー・ロビンソン

(1996年4月26日発行/内田昌之訳/創元SF文庫/850円)

 キム・スタンリー・ロビンソンと言えば『荒れた岸辺』『ゴールド・コースト』などの既訳作品から地味なドラマをじっくりと描く文学派の作家という印象を持っていた。ところが、八五年発表で実質的な第一長編でもある本書『永遠(とわ)なる天空の調(しらべ)』を読んで驚愕。この作家、トンでもない食わせ者である。本書は、広大な太陽系を舞台にした華麗かつ重厚な冒険物語であり、音楽の本質をめぐる哲学書であり、語り手と読者の関係を多分に意識したメタフィクションであり、最新の量子力学を踏まえた物理学入門テキストであり、秘密結社の暗躍を描く宗教書であり、……何よりも最高のサイエンス・フィクションなのである。
 三〇世紀に現れた天才物理学者ホリウェルキンによって、物質の最小粒子「グリント」が発見され、粒子の運動を記述する方程式が発表された。時は流れて三三世紀。ホリウェルキンが発明した楽器を用い、彼の方程式を音楽で表現することを目標としたホリウェルキン・オーケストラの第九代マスター、ヨハネス・ライトは、クルーとともに太陽系巡回コンサートに出発する。冥王星から天王星へ、土星の衛星イアペトゥスから木星の各衛星へと旅は続き、物語はクライマックスである火星のオリンポス山へと辿り着く。しかし、その裏では、グレイ派と呼ばれる宗教団体がヨハネスを執拗につけ狙っていた。彼らの真の目的は何なのか? そして、ヨハネスの音楽は無事完成するのだろうか?
 音楽が宇宙の全事象を記述するという大ウソを、もっともらしい疑似科学理論で包み込み、壮大な舞台設定のもとに展開させ、強引に納得させてしまう豪快さが実に心地よい。しかも、そこにめくるめく認識の拡大があり、超越への思慕がある。火星でのコンサートを最大の読み所とする見解が多いようだが、実は真のクライマックスは小惑星イカルスでヨハネスが宇宙の永劫回帰を体験する場面(第六章)にあると見た。原題(純白の記憶)の持つ意味もここを読んで初めて理解できる仕組みになっている。久々にSFを読んで頭がクラクラするような衝撃を味わえたぞ。文体にやや難があるものの、ベスターやベイリーの諸作に窺われるSFならではの爽快さが味わえること請け合いの傑作。是非是非読んでいただきたい。

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『軌道通信』ジョン・バーンズ

(1996年4月30日発行/小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF/620円)

 本邦初紹介となる新鋭ジョン・バーンズの『軌道通信』は、一三歳の女の子が書いた日記を通して、太陽をめぐる巨大宇宙船の中での生活をリアルに、そして鮮やかに描きだした、愛すべき小品といった趣の作品である。
 主人公メルポメネーは感受性豊かで、いつも前向きな女の子。彼女も含め宇宙船内で育った子供は、古い地球のモラルとは異なる道徳に従って生きている。プライバシーの概念が薄れ、個人主義は罪悪なのだ。そんな中での学校生活、クラスメイトとの恋愛、親との確執などが、みずみずしい文体でスケッチされていく……。
 いくつかの事件を経た後、結局大人たちによるマインドコントロールが失敗に終わり、子供たちにすべての主権が与えられる場面にハインラインらしさがあるとは言えなくはないが、やはり、ここには単なるハインラインの亜流ではなく、バーンズ独自の世界が息づいていると言うべきだろう。旧世代と新世代との対立を、大人たちに管理された子供社会の歪みという形でさりげなく提出してみせるところなど、作者はなかなかのテクニシャンではないかという印象を受けた。

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『眠れ』ヴィクトル・ペレーヴィン

(1996年3月30日発行/三浦清美訳/群像社/1854円)

 本国のみならず、イギリス、ドイツなどでも翻訳され話題を呼んでいるというロシアSF界期待の新鋭ヴィクトル・ペレーヴィンの第一短編集(の一部)『眠れ』が遂に日本でも刊行された。
 ストルガツキー兄弟を除くと、海外SFファンの間でもあまり馴染みのなかったロシアSF界ではあるが、九一年のソ連邦解体とそれに続く経済崩壊を乗り越えて新たな活況を呈しているようである。その状況を端的に示しているのが、「ターボ・リアリズム」と呼ばれるムーヴメントであり、ペレーヴィンはその言葉の名付け親であるということは本誌九五年一月号の「ワールドSFレポート」で大野典宏氏が紹介していた通り。大野氏の紹介によれば、「無理矢理定義づけるなら、ターボ・リアリズムはロシア文学のキャラクター性や物語性を、サイバーパンクの世界設定の中に持ち込み、同じくサイバーパンクの文体でつづった小説であると言える」。作家としては、ストリャーロフ、ラザルチュク、ルイバコフ、そしてこのペレーヴィンの四人が中心となってロシアのSF賞を総なめにし、彼らはテレビ、ラジオにも多く出演しているという。さて、そのターボ・リアリズム、実際の作品はどうだったかと言うと……。
 一二番と名付けられた倉庫が自分の存在意義について悩む「倉庫一二番の冒険と生涯」、二人の男が世界の壁を越えるために旅を続ける「世捨て男と六本指」など冒頭の二篇を読む限りでは、よく出来た寓話といった趣で斬新さはさほど感じられない。しかし、三つ目の作品「中部ロシアにおける人間狼の問題」には、ぐっと引きつけられた。ロシアの古い農村の外れで行われる集会に紛れ込んだ青年が狼に変身する、その変身の幻想的でありながらもリアリスティックな描写の素晴らしさ。なるほど、これなら「ターボ・リアリズム」の呼称も納得できるというものだ。この「人間狼」と、夢を見ながら生活を続ける男の話「眠れ」、子供たちが学校の寮らしきところで怪談を続ける「青い火影」の三篇が、個人的には特に印象に残った。夢の文法をうまく取り入れた作品が多く、カフカやマルケスの作品を連想させる。SF畑のみならず、文学畑での評価が高いのも頷ける出来映え。サイバーパンクの幻影などは追い求めずに虚心に読めば、楽しめること間違いなしである。

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『やさしいアンドロイドのつくり方』福江純

(1996年3月5日発行/大和書房/1500円)

 福江純の『やさしいアンドロイドのつくり方』は、「SFはどこまで現実になるのか」とサブタイトルにある通り、宇宙旅行、タイムマシンなどのトピックについて、最新の科学知識と照らし合わせながら多数のSFを分析していく、楽しくてタメになるエッセイ集である。例えば、宇宙船の項では、化学燃料ロケット以外にも原子力ロケット、イオンロケット、核パルス推進ロケット、レーザー推進ロケットなどなどが理論的に解説され、それぞれのロケットが登場する作品が挙げられているという具合。正確な科学知識を元にSFを楽しみたいという読者に最適の一冊であろう。

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『エックス・レイ』レイ・デイヴィス

(1996年4月1日発行/赤塚四朗訳/TOKYOFM出版/2200円)

 帯に「SF的自伝」とあるので何じゃこりゃ、と思った方もいるのでは。三〇年以上のキャリアを誇る英国のロックバンド、キンクスのリーダー、レイ・デイヴィスの自伝『エックス・レイ』のことである。とにかく、設定が一風変わっていて、いわゆるロック・ミュージシャンの自伝とは全く異なっているのには驚かされた。
 近未来、会社に管理され個性のない一九歳の「僕」が、レイ・デイヴィスの生涯をまとめることを命じられる。早速スタジオを訪問しレイ・デイヴィスにインタビューするうちに、「僕」は自分とレイが徐々に融合していくのに気づく……。
 といった具合に、基本設定は確かにSF的ではある。ただし、その中身はやはりレイ・デイヴィスとキンクスの歴史がほとんどであるから、興味のある人しか読まない方が良いだろう。来日コンサートには欠かさず行き、CDは全部揃えて、「セルロイドの英雄」が大好きで……といった人(そりゃ私だ)は、もちろん必読。

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