WORKING QUADS
見捨てられるのか、重度身障者
阿部勇さん、

 向坊弘道さん執筆
Mr. Hiromichi Mukaibo of "WORKING QUADS" writer

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 ◆ 見捨てられるのか、重度身障者



 「ハガキ通信」の会員の一人、阿部勇さんも懸命に障害と戦い、生命の尊厳をかみしめている極重度身障者の一人です。毎日新聞に載った「四角い青空」欄の「第4部、いのちの分岐点、6」を転載しましょう。

【阿部勇さん(24)は、もう7年間も天井を見続けている。動くのは顔の筋肉だけ。ベッドサイドで、人工呼吸器が絶え間なく音を立てる。

 7年前の五月。オートバイ事故で勇さんが東京都内の大学病院に運ばれて来たとき、医師団は「良くて2カ月か3カ月の命でしょう」と口をそろえた。

 「高位頚髄損傷」。首の骨の2番目と3番目が折れていた。脳は無事だったが、神経が断たれ自発呼吸ができなくなっていた。

 気管切開、そして呼吸器の装着。母親の節子さん(55)は、まだ高校3年の息子の将来を思うと、搖れた。

 「先生、一生機械につながれたままになるのなら、治療をやめて下さい」 救急救命センターの若い医師はきっぱりと答えた。「ここは命を助ける所です。無理やりでも治療します」

 70日後、勇さんは大学病院の紹介で埼玉県大宮市の今の病院に転院した。命は取りとめた。しかし、首から下は全く動かない。口は動いたが、声帯を繰れないので声が出ない。

 足立区の家から病院まで2時間以上かかる。「もっと近いところを」と探し始めた節子さんに、医療の現実が立ちふさがった。

 足立区内の病院に、片っ端から電話を入れたが、「人工呼吸器」と言うだけで断わられた。ある病院の医師は「息子さんは3人分の患者にあたるんですよ」と言った。

 介護に手間がかかるため看護婦の負担が増す。入院期間が長くなるほど、病院経営を圧迫する。人工呼吸器を必要とする筋萎縮性側索硬化症患者が、「採算に合わない」と入院を拒否されたケースと同じ構図が、ここにもある。

 寝たきりで体が硬くなるのを防ぐため、リハビリテーションが必要だった。しかし横浜市にある頚髄損傷専門のリハビリ病院でさえ入院を拒んだ。

「本当は息子さんのような人を受け入れるべきなんでしょうが、病院の経費が限られていて・・・・・・。運が悪いと思ってください」

 朝、勇さんの目の両わきに白い筋がよく残っていた。「泣いていたんだな」 意識は鮮明なのに、言葉にできない息子がふびんだった。

 節子さんは鏡に向かって懸命に読唇術を独習した。今では、唇の動きで会話できる。勇さんも、入院3年目から顔の上に小型のワープロを固定し、割箸をくわえてキーを押せるようになった。

 ワープロ書きの日記がある。

 <(高校の同級生同士の結婚を聞いて)こういう話が来るようになったんだねえ。時間は過ぎているんだね>(ひとりだけ取り残されている感じだよ。17歳のときのまんま> 3年前、呼吸器が外れ、気を失った。病院内で「自殺を図った」という噂が立った。だが日記には、こう書かれている。<自殺ねえ。できる人はぜいたくだよ。したくってもできる訳ないじゃない>

 頚損患者の実態調査を続けている東京都神経科学総合研究所の松井和子主任研究員は矛盾を指摘する。

 「日本では、高度な救命医療技術と、その後のリハビリが結び付いていない。米国やカナダでは、人工呼吸器をつけている人も、リハビリの対象です」

 最近、勇さんはしきりに「家に帰りたい」とこぼす。12人部屋。節子さんは「1人になれないストレスがたまっているのだろうな」と、ベッドの周りを白い布で囲った。布1枚で仕切られただけの空間だが、勇さんは「この方が落ち着く」と唇を動かした。

 節子さんは言う。「息子を助けてくれたことには感謝します。ただ、今後の人生に何か可能性を残してあげたくて・・・」】





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