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ダイヤモンドプラン(障害者プラン)





1993年1月26日 朝日新聞 社説


ダイアモンドプランの策定を


 「ダイヤモンドプラン」  といっても、ダイヤを買い集めようなどという、さもしい計画ではない。 年をとっても、障害をもつ身になっても、一人一人がダイヤモンドのように輝くことができる、そんな社会を用意する計画である。

 北欧や西欧の国々では、こうした思想に裏打ちされた法律や計画を一九五0年代からつくり始めた。 米国では九0年、「障害をもつアメリカ人法」が成立した。

 日本でも先週、中央心身障害者対策協議会が宮沢首相に、「障害者対策に関する長期行動計画」をつくるよう提言した。 「生活大国の基礎的な条件である」と述べており、政府は三月までに策定する。

 見掛けだけピカピカする模造ダイヤでなく、日本人の宝ものといえる計画にするために最小限のことを注文しておきたい。

 まず、目標をきちんと定めた年次計画を示してほしい。 先例はある。 「ゴールドプラン」と略称される高齢者保健福祉十カ年計画である。 「西暦二000年までにホームヘルパーを十万人にふやす」  といった具体的な目標を掲げ、遅れた市町村や県に政府がはっぱをかけている。

 ダイヤモンドプランのごく一例は、駅、娯楽施設、学校など不特定の人が利用する建物にエレベーターなどをつける年次計画だ。 欧米を旅した人はお年寄りや障害者が街角や音楽会で輝いて見えるのに驚く。 それは、外出を可能にする街づくりの計画や建築基準があればこそだ。

 障害をもつ人々の前には、見える段差だけではなく、心の段差が立ちふさがる。 それを取り払うには、障害をもつ子ももたない子も交じりあって学校に通い、幼いうちから自然のうちに理解しあう仕組みをつくるのがもっとも効果的だ。 それを実現する計画も盛り込んでほしい。

 人里離れた施設への隔離は心の段差を大きくする。 福祉先進国では、障害が重くても町中で暮らせるよう住宅を確保し、介助者を養成する。 それは当事者の幸せのためであると同時に、近所づきあいの中で心の壁を取り払うことをも目指している。

 計画づくりは市町村レベルでもきめ細かく行う必要がある。 「国連障害者の十年」最終年記念国民会議が「網の目キャラバン」をして九八%の市町村の首長を訪ねており、下地はできていると思われる。

 計画策定の主役は、もちろん、障害をもつ当事者である。 国際的には常識になりつつあることだが、日本では、しばしば忘れられるのが心配だ。

 程度の差はあれ、人はだれでも障害をもつ身になる。

 人ごとではなく「自分ごと」として、みんなで長期計画の策定を見守りたい。



1995年12月21日 朝日新聞 社説


障害者は水先案内人(社説)


 お年寄りのための「ゴールドプラン」、こどものための「エンゼルプラン」につぐ日本の保健福祉施策の三本目の柱、「障害者プラン・ノーマライゼーション七カ年戦略」が、やっとのことで決まった。

 「ゴールドプラン」は一九八九年暮れ、当時の与党自民党が消費税で失った人気を取り戻すため、厚生省の概算要求を上回る初年度予算をつけて始まったものだ。

 この時、私たちは 「日本の福祉を先進国にふさわしい水準にするためにゴールドプランをつくったのなら、障害者や難病の人に広げてよいはず」 と指摘した。

 それから六年、自民・社会・新党さきがけ三党の与党福祉プロジェクトの強力な後押しが功を奏し、障害者プランが誕生した。 遅きに失したとはいえ、評価したい。

 副題の「ノーマライゼーション」は五〇年代にデンマークで生まれた思想だ。 「障害のある人の生活を、障害のない人のふつう(ノーマル)の生活に、とことんまで近づける義務が社会の側にある」 という、平等と人権の思想である。 今回のプランはこの思想にかなっているだろうか。

 障害者プランを決めた障害者対策推進本部には十九省庁が参加しているが、取り組む姿勢の違いが大きい。

 とくに文部省の遅れが目立つ。 障害者への心のバリア(障壁)を除くのに効果的なのは、可能な限り小中学校で机を並べて学ぶことというのが国際的な常識なのに、養護学校や特殊学級に機械的に分離した上で、「交流やボランティア」で心のバリアを取り除くとしている。 物理的なバリアをエレベーターやスロープで解消する計画も示されていない。

 厚生省の七カ年計画も、国際水準から見ると遅れている。

 たとえば精神病院に入院している人のうち、医学的には入院が不必要な人は半数近い十数万人にのぼるとされているが、今回のプランでは二〇〇二年になっても、その一割も退院させられない。 厚生省の精神医療福祉のこうした立ち遅れについては総務庁も行政監察で厳しく指摘している。

 予算規模も七年間で上乗せ一兆円である。 住宅金融専門会社(住専)の借金の穴埋めに一兆円もの税金があてられることに比べると、やりきれないほど少ない。

 こうした欠点はあるが、障害施策の年次計画は、わが国では初めてのことだ。身近な市町村で実効あるものにしていかねばならない。 その際、最も大切なのは、障害のある人の訴えや提言に真剣に耳を傾け、実行に移すことだ。

 先例はある。大阪市の障害者施策推進協議会では学識経験委員十人のうち五人が障害者だ。 精神障害と知的障害のある二人も含まれている。大阪府の福祉のまちづくり推進委員会も市民委員の三分の一が障害者とその親たちだ。 会議には手話や点字資料が、当然のこととして用意されている。

 千葉県の船橋市は、人生の半ばで視力を失った人からの訴えを取り入れ、自立生活の支援を始めた。 歩いたり、ワープロを打ったり、家事をしたりすることのできるように訓練を出前する。 たくさんの人が、これで生きる力を取り戻した。 目が見えなくなった人が市役所まで来て申し込む不便を考え、申し込みは電話で受けている。

 日本の障害者は約五百万人とされる。 ほとんどは、障害ある身になるとは夢にも思わなかった人たちだ。 この人々が、住まいや仕事をもち、外出や余暇を楽しめる社会は、皆が安心して年をとれる社会だ。 障害者は、高齢社会の水先案内人である。


[朝日新聞社]