『ばらの騎士』のあらすじ
[第1幕]:マルシャリンの寝室
陸軍元帥夫人(マルシャリン)マリー・テレーズは、昨夜から狩りに出かけている夫の留守中に若い愛人ロフラーノ伯爵オクタヴィアンと甘い一夜を過ごしている最中からオペラは始まります。ふたりのテーマがからみあう短い序奏に続いて、小鳥のさえずりを模写した音楽と共に幕が開きます。
ふたりが甘くけだるい愛の余韻に浸っているところに黒人の小姓モハメットが朝食を持って来ます。二人は侯爵が帰ってくるのではと気づかっていると、誰かが来る気配。すぐオクタヴィアンは物陰に隠れ、小間使いの女の子に変装します。そこへ田舎者のオックス男爵が使用人の阻止も聞かず押し入って来ます。男爵は金持ちのファニナルの娘ゾフィーと結婚を決めていますが、まだファニナル家に出向くばらの騎士が決まってないので、誰か推薦して欲しいと夫人に頼みます。その間、好色な男爵はマリアンデルという名で変装したオクタヴィアンに目を付けて、いつもの悪い癖を出し始めます。からだに触ったり膝の上に乗せたりとセクハラの数々・・。その時、マルシャリンはとっさの思いつきで男爵にオクタヴィアンをばらの騎士として推薦し、その姿絵を見せます。男爵はその絵と目の前の小間使いマリアンデルがあまりに似ているのでたいへん驚きます。
女性にまつわる武勇伝をひとしきり自慢した男爵が一件落着したところで、控えの間で待っていた人たちが招じられます。物売りや芸人たち、美容師や慈悲を求める人々が喧しくそれぞれの活動を始めます。その中には情報屋でゴシップ売りの悪賢いヴァルツァキとアンニーナもいます。彼らは早速、花嫁の持参金をあてにして公証人と胸算用をしているオックス男爵に言いよりマリアンデルの情報を提供しようと申し出ます。この間、マルシャリンは髪を整えてもらっています。イタリアの歌手がアリアを披露します。
客人が去ってひとりになったマルシャリンは、「若い美人とお金を、まるで当然のように手に入れる」男爵の欲深さに苛立ち、自分が若い頃レジと呼ばれていた頃に思いをめぐらすのでした(この時の音楽が、交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』の冒頭で演奏される「昔むかし・・」の旋律に酷似しています。)。さらには年老いていく自分を見つめつつ、若い恋人とのやがて訪れる別れを予感しながら、深い感情を込めて歌うのが「マルシャリンのモノローグ」です。そこに乗馬服に着替えたオクタヴィアンが現れます。マルシャリンは「私は真夜中に起きて家中の時計を止めてみたことがあるけれど、時は流れていくの。あなたがいつか私を捨ててしまう日がきっとくるわ。」と寂しく語りますが、若いオクタヴィアンにはとうてい理解できることではありません。返すこと言葉もなく途方に暮れるオクタヴィアンを帰した後、小姓に銀のばらの入った箱をオクタヴィアンに届けるよう命じると第1幕が閉じられます。
[第2幕]:ファニナルの広間(第1幕から2日後の朝)
富裕な商人で新興貴族であるファニナルの屋敷の広間は、まばゆいばかりの贅をつくしています。ファニナル一家は興奮気味でばらの騎士の到来を待っているところです。乳母のマリアンネが窓の外を見ながら馬車が到着する様子を花嫁となるゾフィーに報告します。
そこへ白銀の衣装に身を包んだオクタヴィアンがさっそうと登場し、慣例に従い愛の銀のばらを届けに来た口上を述べて銀のばらをゾフィーに献呈します。このときふたりが歌う二重唱が「地上のものとは思えぬ天上のばら」で、「ばらの騎士の登場とばらの献呈」の場面としてしばしば独立して演奏されます。オクタヴィアンはゾフィーの可憐さに心打たれ、ゾフィーもオクタヴィアンの若々しい姿に感動し、しばし見詰め合います。次いでふたりはやや緊張した面持ちで話をしはじめますが、共に何故こんなにドキドキするするかと戸惑いを隠せずソワソワしています。
そこへゾフィーの父親のファニナルに連れられて婿殿であるオックス男爵が登場します。しかし、その傍若無人で不作法な彼の振る舞いにゾフィーは驚き、オクタヴィアンは怒り出します。ますます図に乗る男爵はゾフィーになれなれしく振る舞いながらワルツ「俺といればどんな夜も長くはない」を歌います(ヨハン・シュトラウスの弟ヨーゼフ・シュトラウス「ディナミーデンOp.173」の引用)。オックス男爵はファニナルに案内されて財産分与について話すために別室に去ると、男爵が連れてきた品の悪い従僕たちは酒を飲んで酔っ払い、ファニナル家の女中たちを追い回し始めます。
Geheimne Anziehungskrafte Dynamiden (Mysterious Powers Of Magnetism {=Dynamiden}) 1865年1月30初演
二人きりになったオクタヴィアンとゾフィー。ゾフィーはオクタヴィアンに助けを求め、それをきっかけに愛が高まっていきます。二重唱「目に溢れんばかりの涙をたたえ」でオクタヴィアンはゾフィーを抱き寄せて接吻をします。するとその時ふたりの後ろにヴァルツァッキとアンニーナが忍び寄り、現場を押さえたとばかり得意満面に大声を上げてオックス男爵を呼びます。
「隅におけんのぉ、お若いの」とそんなことには動じないオックス男爵は署名をするためにゾフィーを連れていこうとします。しかし、彼女は手を振りきってオクタヴィアンの後ろに隠れ、オクタヴィアンは剣を抜いて男爵に立ち向かいます。男爵はあっけなく腕に傷を負い、大したことではないのに悲鳴をあげて意気地なさを見せます。当然のことながらファニナル家は上へ下への大騒ぎとなります(シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」の荒々しい断片が顔を出します。)。
ファニナルはおろおろするばかり。オクタヴィアンは出ていき、ゾフィーも結婚を断れば修道院行きと叱られ退場します。ワインをふるまわれたオックス男爵は機嫌も直ったところに、オクタヴィアンから依頼されたアンニーナが近づいて手紙を渡されます。マルシャリンの部屋で見た小間使いマリアンデル(実はオクタヴィアン)からのもので、誘いの恋文でした。オクタヴィアンの計略とは知らない男爵はさらにご機嫌になって、先のワルツを口ずさみます。この間、駄賃をせがむアンニーナと男爵のやりとりが続きますが、けちな男爵は一向に応じません。「俺といればどんな夜も長くはない(退屈しない)」とグラスを手にヨロヨロ踊る男爵が得意満面のうちに幕を閉じます。
なお、この前でヴァルツァッキとアンニーナはオクタヴィアンに買収されて陰謀の打ち合わせをする説明的な場面が当初は考えられていましたが、シュトラウスによってカットされました。
[第3幕]:あるいかがわしい料理屋の特別室(第2幕の次の日の夜)
オクタヴィアンの計らいでヴァルツァッキとアンニーナが中心となって、オックス男爵をからかい追い出すための準備が行われています。女装して小間使いマリアンデルになりすましたオクタヴィアンらはこれから起こる大芝居にうれしそう(この間すべてオーケストラとパントマイムによって表現されますが、ここでのオーケストラは超絶技巧が要求されます!)。シュトラウスとホフマンスタールの悪戯っぽい顔が目に浮かびます。
やがて腕を包帯で吊ったオックス男爵がマリアンデル(オクタヴィアン)を伴って現れます。しつらえた楽団のワルツも聞こえてきます(『サロメ』などR.シュトラウスの自作の断片も顔を出します。)。早速男爵はマリアンデルを口説き落とそうとします。ワインは飲めないなどと小娘のように振舞うオクタヴィアンは、カーテンの中にあるベッドを見つけて「ここに誰が寝るの?」などと無邪気に驚いて見せます。男爵は鼻の下を伸ばしてマリアンデルにキスをしようとしますが、その時部屋のあちこちから化け物が顔を出します。ビックリして混乱する男爵。そのうち、アンニーナ扮する女性がこの人は私の夫ですと叫び、大勢の子まで出てきてパパ、パパと騒ぎ始めます。料理屋の主人も現れて、重婚は重罪ですぞ、風紀警察がきたらどうしますか、と言っているとなんと本物の警部がやって来ます。警部の尋問に男爵は苦し紛れに、ここにいるのは今日婚約したゾフィーだと言い訳をしますが、誰が呼んだのかファニナルがやってきて嘘がばれてしまい、続いてゾフィーも入ってきて万事休す。近所の人々も集まってきて「スキャンダルだ!」と騒ぎ立てるのでファニナルは娘婿の不行跡を前に卒倒してしまいます。
そうこうしているところにマルシャリンが現れ、警部にこれは茶番なのよと言って引き取ってもらいます。男爵はマリアンデルが消えてオクタヴィアンが現れたのですぐにその裏にあることに気づきます。ようやく自分の立場を悟った男爵は荒々しく演奏される第2幕でのワルツに乗ってその場を去り、他も皆いなくなって3人だけになります。「すべては茶番だった」と悲しむゾフィー、オクタヴィアンがゾフィーに恋をしたことを見抜くマルシャリン、マルシャリンとゾフィーの間を行ったり来たりしてどうしたらいいかわからないオクタヴィアン。マルシャリンはゾフィーに近づき、「貴方は彼が好きになったのね、お父上のことは私にまかせなさい。」と言います。
3人はそれぞれ自分の複雑な思いを歌に託します。「私、正しいやり方であの人を愛そうと心に誓ったのだから」と、マルシャリンは愛するものを失う悲しみをおさえつつ静かに歌い、オクタヴィアンは自分がゾフィーを愛していることを確信し、ゾフィーは敬虔でありながら不安な気持ちに震えながら歌います。類稀な心理描写が音楽によって雄弁に語られるこのオペラで最も美しいところです。シュトラウスがこれまで築き上げてきた作曲技法の集大成とも言うべき傑作で、シュトラウス自身、自分の葬儀にこの三重唱を演奏するようにと遺言したことでも知られています(実際、シュトラウスの葬儀ではショルティ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団によってこの三重唱が演奏されました。)。
マルシャリンは悲しみながらも2人を祝福し、ファニナルに会いにそっと退場します。残ったふたりはひしと抱き合い愛のニ重唱「あなただけを感じます」「夢だわ、本当ではありえない!」と歌います。この曲は「野ばら」に似ているとも、モーツァルトの『魔笛』に似ているとも言われています。なお、この二重唱は歌詞より先にシュトラウスが作曲していまい、ホフマンスタールはメロディに合わせて歌詞を書いたとされています。マルシャリンは元気になって機嫌もよくなったファニナルを連れて再び登場、「若い人たちはこういうものですかね?」と言うファニナルに「そうですとも(ja, ja)」とマルシャリン答えてふたりは静かに退場します。
オクタヴィアンとゾフィーはもう一度激しく抱き合い接吻します。その時ゾフィーの手にしていたハンカチが落ちます。ふたりは手を取り合って部屋を出て行きます。そこへマルシャリンの小姓モハメットが軽快な音楽に乗って現れ、何かを探して始めます。ついにハンカチを見つけると駆け足で部屋を出て行き、ここでオペラは幕となります。
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