絶望系 
閉じられた世界

 電撃文庫だと思って手に取って読み始めて、本当に電撃文庫だったのかと表紙を見返して電撃文庫だと確認して、また読み出して読み終わって電撃文庫じゃないと思い、背表紙を見直したら電撃文庫に間違いなかった。それから読み返してみてまたしても本当に電撃文庫なのかと訝って、奥付を見直して電撃文庫でしかないことを知り、ここに至って愕然として立ちすくむ。

 谷川流の「絶望系 閉じられた世界」(メディアワークス、550円)を刊行したのは電撃文庫で、電撃文庫はライトノベルのレーベルだ。従って「絶望系 閉じられた世界」はライトノベルなのだが、しかしやはり何度となく読み返しても、ライトノベルと言われる作品たちとは毛色が違い過ぎる。ライトノベルと言われる作品たちを好んで読む人に果たして受け入れられるのか、といった疑問に駆られ悩まされる。

 烏衣ミワという名の中学1年生の彼女と2人でいた高校生の杵築に掛かってきた、友人の建御からの電話は、家に浴衣を着た金髪でグラマラスな天使と、ゴスロリファッションをしたゲームマニアの悪魔と、首にボロ切れを引っかけただけのほとんど全裸の幼女の格好をした死神と、半透明になった少年の幽霊が入り込んできたからどうにかしてくれという内容だった。

 杵築が駆け付けると、そこには本当に天使と悪魔と死神と幽霊がいた。おまけに悪魔は誰に呼び出されたかが分からないまま、「ドリームキャスト」のゲームに熱中してテレビの前を離れない。悪魔とのバランスを取るために遣わされた天使も、悪魔が目的を得られないままゲームに没頭する横で、悪魔が悪魔ならではの行動を始めるのを待ち続ける。つまりは御建の家で。

 対して幼女姿の死神は、幽霊になってしまった少年を狩りに来たというはっきりした理由は持っている。もっとも性格に激しく難があって、建御に向かって「我がこの肉体を使って魂が抜けるくらいの煩悩を吸い出したり搾り取ったり締め上げたりしてみせようではないか。まずどの穴から使用するか?」と幼女の姿で話しかけてくるからたまらない。カタブツの建御は頭が破裂しそうになりながらも、耐えて杵築とこれからどうすれば良いのかを相談する。

 得体の知れない4人組の中では、一番真っ当かもしれない幽霊になった少年は、自分が幽霊になった理由が分からないうちは成仏したくない、つまりは死神に連れていかれたくないと訴える。そこで杵築は付き合っているミワの姉で、近所でも評判の不気味さを誇るカミナに幽霊の正体についての調査を依頼。その足で妹のミワと出会い、性交をして眠り起きて建御と再開し、幽霊が幽霊にされた事件の真相に迫ろうとする。

 そして得られた結論の、何と殺伐として空虚なことか。活躍するべき少年のヒーローは謎こそ解き明かすものの、精神は壊れて虚ろなままで歪んだ結論を漫然と受け入れ糾弾はしない。ヒーローが頼った少女のヒロインは、さらに壊れて歪んだ精神を想定を超える方向で発揮させていたことが明らかになって、健全さとは正反対の読後感を少年ら少女たちへと与える。

 そしてその後に来るどんでん返しが、純真な少女ヒロインすらも汚泥の中へと引きずり込んでは、精神も肉体も陵辱する。未来へと希望を見出したい少年ら少女たちが中心的な読者となっている、と言われるライトノベルのレーベルでは、滅多にお目にかかれないハードでシリアスで残酷で痛々しい描写が弾けてページに散らばり、読む者の眼を刺す。心を貫く。

 自らを装置と称し自嘲する、天使に悪魔に死神に幽霊といった配役たちの自己言及もあって、小説を読む時は物語を純粋に楽しみたいという読者の心を躓かせ、ささくれ立たせる。イントロからエンディングまでストレートに続く物語なり、心安らがせてくれるコミカルなキャラクターなりを楽しもうとしていた人たちに、多層的で自己言及的な設定なり状況を噛みしめることが果たして可能なのか。通念としてあったライトノベルのフォーマットを裏返し、斜めから切り張り合わせ融かし、分裂させる試みを受け入れられるのか。

 もっとも。そもそもライトノベルの通念といわれるフォーマット自体が、ライトノベルとはこういうものだといった作り手と受け手の共振によって発生し、漂っているだけのものなのかもしれない。そうした振る舞い自体が一種の自己言及であって、敢えて言及してみせることと結果において大差ない。

 なればこそライトノベルに浸り育まれた読者は、とりわけ若い読者たちは古い通念に縛られた者たちには唖然の「絶望系 閉じられた世界」も、ライトノベルに当たり前のものとして受け入れてしまうのだろう。繰り広げられるエロに関する哲学的な議論も、残酷で殺伐として突拍子のない展開も、楽しんで楽しみまくることだろう。

 ライトノベルのレーベルにあって、ひときわ高い多様性を持った電撃文庫をさらに多彩なものとする、指標的な意味を持った作品と言えそうな「絶望系 閉じられた世界」。こうした作品が加わることによって、もはや電撃文庫を手に取り電撃文庫なのかと訝る可能性は狭まったのか。そこは若くて才能のあるクリエーターたちがひしめく世界。それほど遠くないうちに、驚きと怖れを抱かされる、これが電撃文庫にあって良いのかと思わされる作品が送り出されて来ることだろう。


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