ゆめのつるぎ
少年源頼朝の巻

 歴史上の偉人にはすでに固まったイメージというものがあって、織田信長は日本に革命を起こそうとした豪傑で、豊臣秀吉は最下層から才覚だけで成り上がった夢想家で、徳川家康は長い年月を信長秀吉の下で堪え忍びようやくにして天下を掴んだ忍従の人、といった感じに描かれることが多い。信長が違う枕では眠れないような小心者で、秀吉が1日のスケジュールを分単位で刻んで完璧にこなす実務家で、家康が朝令暮改にすべてをひっくりかえして突き進む傍若無人な男と描かれている話はあまり見ない。

 源義経で言うなら超絶美形で軍事の天才で女性にもてて男性にも慕われ、それでいて漂泊の人生を送る薄幸の人といったイメージか。その対極に配置される源頼朝の場合は、弟の義経を虐め遠ざけ最後には討ち滅ぼしてしまった陰険な兄、冷酷無比で猜疑心でこりかたまって兄弟たちを謀殺し、源氏滅亡の遠因を作った哀れな男といったイメージで描かれることが大半だ。

 部下思いの人情家で彼らのために武家社会をうち立てようと奔走し、故に朝廷と通じて邪魔しようとした義経を泣いて斬った高潔な人間、といった風に描かれることは滅多にない。そう描いてしまったら美形で薄幸の義経、といったイメージも変えざるを得なくなって、ファンが義経に求めたがっているイメージを壊すことになってしまう。それでは売れない。だから書かれないのかもしれない。凝り固まったイメージを崩すのは難しい。

 その意味で若木未生の「ゆめのつるぎ 少年源頼朝の巻」(集英社コバルト文庫、438円)は、源頼朝の描写に今までとは違った目新しさがあって面白い。時は平治元年西暦1159年。勃発した平治の乱で戦に臨んだ頼朝が、燃え盛る御所へと入り後白河上皇を探して歩く場面から始まった物語は、クーデターを成功させた義朝やその息子、つまりは頼朝の兄たちた戦勝に酔っている場面へと続く。

 そこで「面白くなんてなくてもいい。いくさなんか」とひとりつぶやき「京の人間としても半端、武家の子としても半端」と悩んでいた頼朝に、何者かが問いかけて来て動き出す。「和歌が好きか、ヨリトモ」。そう問いかけ来たのは、弓手の籠手に乗るくらいの”ちいさなひと”。訝り息を吹き替えるとその”ちいさなひと”はどこかに飛んでしまったが、直後に通りがかった後白河上皇が「うたは好きか、頼朝」と聞いて来たから驚いた。

 妖異はそれに留まらず、今度は顔に仮面をつけた小さな童子が空中に浮かんで頼朝に「臆病者」と話しかけてきた。名を「蜻蛉(あきつ)」と言った童子は頼朝にだけしか見えず声も頼朝にしか聞こえない。そして頼朝はあきつから「後白河院の宴に招ばれた」と予言され、直後にその通りとなってまた驚く。

 あきつとはいったい何者なのか。後に頼朝を石橋山で見逃すことになる、今は平宗清の下で働いていた梶原景時のもとにも現れ、「みつけて、くれ」と指を突きつけ告げてから消えてしまったのは何を意味するのか。物語は頼朝と景時をつなぐ線をほのかに見せつつ、一ヶ月に満たない平治の乱の合戦絵巻を、関わった武将達の言動を通して描き出す。

 開き直っているのが登場する武士やら公家たちの描写で、例えば平治の乱で義朝に出し抜かれた平清盛がまず言ったのが「ぎゃふん、だ」という言葉。さらには息子の重盛を「シゲちゃん」と呼び乱で京都が焼けたという話を「デマ」と片づけ、それを喜んでいるかと聞かれて「ビミョー」と答えてみせる。現代的で軽くて剽軽で歴史小説にはあるまじき姿ながら、それでいて底知れない所が見えて面白い。

 清盛と言えば、栄耀栄華を極めながらも私欲に走り肥え太った挙げ句に病で没する男といったイメージで描かれることが多いが、「ゆめのつるぎ」で描かれている清盛は、言動こそ軽薄ながらも内容は理知的ですべてに的確。だからこそ追いつめられながらもひっくり返して義朝たちを駆逐できた。源氏も武家なら平氏も武家。なおかつ一時とは言え天下を取ってみせた男が、ただの欲得にまみれた男であるはずがないのだということに、改めて気づかせてくれる。

 そう考えると、案外に「ゆめのつるぎ」の清盛の方が実像の清盛に近いのかもしれない。翻って「京の人間にも武家の人間にもなれない」と悩み戦、いよりも和歌を込んだ少年・頼朝の姿も、生い立ちやおかれた境遇などからみれば、より実像に近いのだと考えることも可能。新しいイメージを与えてくれる「ゆめのつるぎ」はその実、真のイメージに迫ろうとした話だと言って言えるのかもしれない。

 父や兄を殺されながらも自らは生き延びた頼朝は、伊豆へと流されそこで北条氏の庇護のもとで雌伏の時間を過ごすことになる。物語ははたしてどこまで描くのか。石橋山で景時と再会する場面までか。富士川で平氏を退け一気呵成に天下を奪い鎌倉幕府をうち立てるまでか。その頃になると必然として義経討伐なり恩賞をめぐる策謀といったダーティさを併せ持つ頼朝像を描かざるをなるが果たしてそうなのか。それとも新しい頼朝像をそこでも見せてくれるのか。まずは幼い頼朝が、捉えられ死罪を免れ流罪にあるまでを描くだろう次巻に期待し注目したい。


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