現在形の読書

現在形の読書

 ヤスケンこと安原顯さんを、1度だけ間近で見たことがある。もじゃもじゃの頭に太い縁の眼鏡は写真で見たとおり。出版社の集まりが主催した、本の流通の現状を考えるシンポジウムで、取り次ぎや書店と一緒に出版社をも斬って捨てる、その舌鋒の鋭さに、臨席していた出版関係者の顔が、みるみる曇り始めるのが見て取れた。

 DHCから出た「現在形の読書」(1600円)は、そんな安原さんが新聞雑誌に発表した、書評、映画評、時評などを集めた評論集だ。発表媒体の性質上、長文の評論は1つもなく、せいぜい3ページとか5ページしかない。その分、取り上げている本の数は多いのだが、安原さんが書評を書く上で内容の紹介に重点を置いているため、未読の本についてはありがたいのだが、既読の本については物足りなさを感じる。

 また安原さんは、書評を受ける上で、原則として気に入った本しか取り上げないため、悪口罵詈雑言の類もまたほとんどなく、権威をコキ下ろして読者の溜飲を下る、他の安原さんの本に比べると、ややインパクトに欠ける。

 安原さんというと、ブコウスキーをはじめ海外の埋もれた小説を発掘し、国内に紹介する手腕に定評があるが、これも発表媒体の性質上、取り上げられた作品には、ミステリーやサスペンスといった、割と知られた作品が多い。国内ではやっぱり村上龍、吉本ばなな、内田春菊らの名前が見えるが、意外にも鈴木光司「リング」「らせん」、瀬名秀明「パラサイト・イヴ」、藤原伊織「テロリストのパラソル」が入っていて、特に鈴木、瀬名の二人については、海外ホラーを超えた作品と激賞している。

 文芸誌ではおそらく、発表媒体が与えられないだろう安原さんは、自分で作った書評誌「リテレール」からも降りてしまったから、これからも安原さんの長い評論を、読む機会はないだろう。後は学研に頑張ってもらうしかないのだが・・・。

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