約束の方舟

 逆境に陥り、窮状に直面して、進むも苦難なら退くも煉獄といった、どうしようもない状況におかれた少年少女たちの、それでもあきらめないで道を探り、最善を選ぼうとあがく姿を書いてきた。それが、瀬尾つかさという作家だった。

 異世界へと飛ばされたクラスの面々が、一部を人質にとられ、一部が巨大なロボットめいたものに載せられ、戦わされるという、デビュー作の「琥珀の心臓」(富士見ファンタジア文庫)にしてから、皆をではなく誰かを救うことを選ぶその苛烈さ、そしてラストに待ち受ける悲惨な光景が、ライトノベルの新人賞受賞作品にあって、パターンに填らない内容だと思わせてくれた。

 続く「クジラのソラ」(富士見ファンタジア文庫)でも、設定こそゲームを通して自国の勝利のためにしのぎを削る、少年少女たちの青春バトルストーリーに見せておいて、参加者たちが背負わされた命運は実は国家の、そして地球そのものの命運であり、待っているのはバーチャルではなくリアルな戦場であって、そこをくぐり抜ければ永遠の離別が待っている、といった激しく苛烈なものだった。

 レーベルを変えて刊行された「円環のパラダイム」(一迅社文庫)も、世界が謎のパーティションによって網の目状に分離され、行き来できなくなった代わりに、それぞれの枠内にに穴が開いて異世界とつながり、そこから凶悪な異世界生物が入ってきて、大混乱に陥った地球で、苦闘する少年少女が描かれていた。

 人類の大半が死滅しながらも、子供ならではの柔軟性を認められ、宇宙人との共生などを果たし、生き残った者たちがいたり、宇宙の根幹に関わっていそうな、謎めいた力を得て生き延びつつ、その真理を探し求める少年がいたりといった具合に、明日も生きられるかどうか分からない苛烈な環境の中で、必死に生きる道を探る少年少女の姿が目を引いた。

 もっとも、そうした話が大きく人気となる世界では、ライトノベルがないことも確か。その後の作品では、どこかポップさも漂わせ始めていた瀬尾つかさが、SFの殿堂とも言える早川書房から刊行した「約束の方舟 上・下」(早川書房、上下各720円)は、デビュー以来の少年少女に苛烈さを強いるフォーマットを用いつつ、ジャンルやレーベルにとらわれない大きくて深い設定をぶち込んだ、かつてないSF大作に仕上がっていた。

 この作品もまた、少年や少女を過酷な状況において、運命を左右する選択を迫るような物語。彼方の移民先をめざして、100年近く航行を続ける恒星間宇宙移民船では、15年ほど前に、ゼリー状の生物が宇宙船に入ってきて、乗員を襲い始める事件が発生した。

 激しい戦いで多くの人間が犠牲になったものの、どうにかゼリー状の生物との意志疎通が図られ、和解が成立し、今は子供たちだけがベガーと呼ばれるようになったゼリー状の生き物の中に潜り込み、真空に出られる能力を使って、閉鎖された区域から資源を運ぶことで生き延び、目的地への航行を続けていた。

 もっとも、大勢が死んだ事件が簡単に人の心から消えるはずもなく、大人たちの中には仇に等しいベガーに、憎悪の感情を向ける者もいた。子供だけがベガーと使い、資源の回収という重要な役割を担っていることも、大人たちの間に憤懣を読んでいて、それが世代間の溝を膿んでいた。

 それからもうひとつ、ベバガーの中に長い時間入っていると、バガーの食欲が理性を上回ってしまって、中にいる人間を“食べて”しまうこともあって、信頼を寄せきれない大人たちもいた。逆に少年や少女たちは、ほとんど共生に近い関係にあるベガーに全幅の信頼を寄せていて、ずっといっしょにいたいと願う子供もいた。

 とりわけテルという少女は、ベガーをこよなく愛し、食べられる恐怖を抱く親たちから、早く共生関係をうち切るように言われても、逆に結びつきを強くして、幼なじみの少年のシンゴすら戸惑わせていた。そんなテルを襲ったある事件が、宇宙船の中に様々な勢力を生み、移民先へと到着する残り少ない時間の中で、ベガーを排斥するべきだ、共生を強くするべきだ、移民を急ぐべきだ、宇宙をしばらく彷徨うべきだといった見解が錯綜する。

 移民船の主導権を狙う謀略もめぐらされ、誰がいったい黒幕なのか、そして目的は何なのかといったミステリアスな関心を引きつけられる。誰もが正義を主張し、正統を訴え人々を導こうとする中で、本来の目的すら脅かしかねない事態。そこに、驚くべき状況が到来して、迷っていた船を目的へと導こうとする。

 それは感動の再会に見えて、実は刹那の出合いに過ぎず、先に永遠の離別が待っている。そんな揺れ動く情動を噛みしめながら、成長していく少年の姿が、どんな逆境でも乗り越え、生きていこうとする力を沸き立たせる。

 ベガー襲来の原因も含め、移民船に仕組まれていた数々の謎が明かされていくミステリー小説のような展開に引っ張られ、ベガーとの緊張感ある共生や、人類以外の種との相互理解の可能性といったアイディアの奔流に流され、気が付くとクライマックスへとやって来ている。宇宙を舞台に人類の未来を描いたSFとしても、特級品と言える物語だ。

 その上で、人間にとって大切な選択の是非についても考えさせる物語。遠い星まで来た、わずかだかそれがすべてという人類の未来を選ぶ責任を求められ、少年たち少女たちが選んだその道は。未来を持つ者だけの権利であり、また義務である選択の難しさを物語からくみ取り、現実の世界でも間違えず、過たない道を選ぶ手段を考えよう。


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