ウッドストック

 「TO−Y」から始まった。上条淳士が1985年から87年にかけて描いた漫画は、ロックの世界でのし上がっていく少年の姿を描いて、華やかさと厳しさを併せ持った音楽の世界に憧れる若い読者の、熱い支持を集めて大ヒットした。

 音を聴かせられない漫画では、音楽そのもののの素晴らしさを伝えることは不可能だ。スポーツ漫画がプレー描写の凄さでファンを掴み、恋愛漫画がシチュエーションの楽しさで男女を惹きつけるような、そんな広がり方ができないハンディを、音楽漫画は生まれながらに持っている。

 けれども、「TO−Y」は、そんな壁をいとも簡単に突破した。音楽というものに取り組む少年や少女のスタイルを、持ち味ともいえるスタイリッシュな線で描き、パッションが弾けるドラマとして紡ぎだしては、読む人たちの目をくぎ付けにした。ステップを踏んでのし上がっていくストーリーに興奮し、すべてが弾け飛ぶライブのシーンに感動を覚えた。

 見ていると、流れていない音楽が聞こえてくる。聴衆の叫びが耳に届く。それらを全身に浴びながら、共に汗を流して歓喜する。漫画でも音楽を体験できると気づかされた。

 音楽は漫画に成り得る。そう知って後に続いた漫画たちから、やがて、ハロルド作石の「BECK」が生まれ、若杉公徳の「デトロイト・メタル・シティー」が生まれ、矢沢あいに「NANA」が生まれた。かきふらいの「けいおん!」も。音楽を媒介にしてつながる仲間たちがいる楽しさが、結果として音楽そのものの素晴らしさを感じさせて、多くをバンドの世界へと引っ張った。

 浅田有皆の「ウッドストック」(新潮社)というシリーズも、そんな音楽漫画の系譜に連なる1作で、そして過去の数々のヒット作に負けない強さと、熱さと、激しさを持って読む人に迫ってくる漫画だ。パンクロックに衝撃を受け、自分でもロックに進みたいと思った主人公の成瀬楽が、ひとり演奏して合成した音楽を、「チャーリー」という架空のグループ名でネット上から配信していたところ、だんだんと評判になっていく。

 そんなに音楽が好きなら普通は、誰かとバンドを組んだりするもの。ところが楽は、人見知りをする性格で、誰かとバンドを組むどころか、誰かと話すことすら苦手だった。運送屋で働きながら、ひとり宅録に励んでいたところに、運命を変える出会いが訪れる。

 「チャーリー」の音楽に憧れ、メジャー寸前のバンドを辞めたベースの町田要ことサイが、楽の働く運送屋に入って来た。運送屋として楽が出入りしていたライブハウスの女性チーフ、新山椎奈も「チャーリー」のことを気に入っていた。そんなサイや椎奈との出会いから、楽は本当のバンドとしての「チャーリー」を立ち上げる。ボーカルも、空手少女で豊かな声量を持った前田鈴音ことスウが加わって、「チャーリー」は本格的なライブバンドへと歩を進める。

 そこから先、評判を高めてのし上がっていく「チャーリー」の前に立ちふさがる偽者の「チャーリー」があり、楽たちの才能を認めてツアーに誘うライブバンドがありと様々なエピソードが積みかさねられていくシリーズ。掲載されていた雑誌の一新もあってとりあえずの結末を付けて終えた単行本の第10巻の後から、章を新たに立てるように「@バンチ」誌上で始まった連載が、「ウッドストック 第11巻」(新潮社、514円)にまとめられた。

 フェスティバルで伝説を作った直後。いよいよこれからだと誰もが思っていた矢先、初期の頃からアメリカ行きをほのめかしていたサイが、「チャーリー」からの離脱を表明する。裏切られたような気分に惑いながらも楽は、話し合い理由を聞き、迷いと折り合いをつけ、気持ちよくサイを送り出そうと決めて、その記念にとCDのレコーディングに臨む。

 順風満帆に見える「チャーリー」の快進撃。そこに入る四谷というミュージシャンの横やりが、才能への嫉みが少なからずある音楽の世界の厳しさ、難しさを描く。一方で、オタクっぽくって気弱そうな雰囲気とは正反対の、悪辣で陰険な四谷のやり口。平気で騙し、嘘を語り、暴力すら辞さない態度には、ひたすらの憤りが浮かぶ。

 もっとも、そこまでして音楽という舞台で自分を輝かせたいんだと願う情熱の深さは、ある意味で誰よりも1番かもしれない。そんなスタンスが音楽に現れ凄みとなっていたから、楽も騙されたと嘆くだけには止まらない。そこまでやる奴なんだと認めつつ、音楽にかけては自分以上にストレートな四谷の心を受け止めて、自分自身の音楽を探究する方向へと向かっていく。

 青春につきものの恋愛ストーリーもなければ、可愛い美少女たちが他愛もない会話に明け暮れるような柔らかさもない。ひたすらに熱くて激しい音楽ストーリーが繰り広げられながら、飽きずむしろ引き込まれるのは、悪役さえもが音楽というものに強く思いを乗せている、そんな姿が描かれているからだろう。

 そう音楽。どんな苦難があってもすべてを音楽の持つ純粋な力でねじ伏せ、突破していく楽と「チャーリー」の姿が、音楽というものが持つ何者にも代え難い強さを感じさせて、それを行う者たちへの憧れをかき立てる。読み終えれば誰もが音楽に勤しみたくなるはずだ。

 浅田有皆によって描かれる演奏シーンがまた格好良い。漫画だからもちろんどこからも音楽は聞こえてこないが、ベースを弾くサイは重量感があり、ギターを弾く楽は軽やかな中にねちっこさを感じさせ、ドラムの椎奈はとてつもないパワーを腹の底に響かせる。ボーカルのスウも、腹の底からシャウトしている感じが出てる。そんなシーンを見ているだけで、耳に「チャーリー」の音楽が届いてくる。

 もしもこれが映像化されるとしたら、いったい誰が演じられるのか。そもそも音楽はどうすれば良いのか。きっと難しいに違いない。けれども問題ない。映像になんてしなくても、ここの「ウッドストック」という漫画あれば、開くだけで音があふれ出てくる。単行本を手に取り、開いて楽の純粋、サイの真剣、椎奈の抱擁にスウの突破を目にすれば、そこに激しくステージを動き回り、迫力のサウンドを奏でる「チャーリー」の姿を目の当たりに出来る。

 この単行本がライブチケット。お求めはプレイガイドではなく書店で。


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