ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を


 名古屋の街を75年式のケンメリでぶっ飛ばしていた、たぶん12年くらい前のことになりますか。入り口の壁にユニオンジャックが大きく描かれた、倉庫風の建物が飛ばす車の窓越しに見えました。建物の前にオースチンのミニが止まっていたこともあって、てっきり新しい外車屋さんが出来たのかなと、その時は思って立ち寄ることはしませんでしたが、しばらくしてNHKだがCBCだかが、夕方のニュースで「文庫がぎっしりそろった本屋さん」というトーンで、例の倉庫風の建物を紹介していたことから、その店が「ヴィレッジ・ヴァンガード」という本屋さんであることを知りました。

 自宅から車で10分も走れば着いてしまうこともあって、ちょうどハヤカワのSF文庫を探していた僕は、すぐさま愛車の75年式ケンメリを駆って「ヴィレッジ・ヴァンガード」へと出向きました。扉を開けて中に入ると、そこにはなぜか雑貨の類がフロア狭しと並べられ、肝心の本はといえば、ビリヤード台のようなテーブルに平積みにされているのが幾山かあり、それから3方の壁に天井まで届こうかという棚にぎっしりと詰められているのが見えました。中学生の頃から自転車で近隣にある本屋という本屋を回り、本屋のなんたるかを知り尽くしていた気になっていた僕でしたが、ここまで本屋らしくない、けれども格好良い本屋の出現に驚きつつ、「これは良い場所ができた」と、内心快哉を叫びました。

 それからというもの、休日ともなれば近所のありきたりの本屋にはないコミックスを探しに「ヴィレッジ・ヴァンガード」へと通い、ついでに車の雑誌や写真集を引っぱり出してはベラベラとながめ、文庫の棚でSFを探し、どこから探してくるのか奇妙だったり格好良かったりする雑貨を手にとっては値札を見てまた元に戻す、店主から見ればはなはだ鬱陶しい客を何年かやり続けました。倉庫風の建物は、実のところは倉庫そのものだったため、冬場に非常に寒く車から降りて店に入ってもまったく暖がとれませんでしたが、そこをコートを着込んで手袋をして、ブーツのソールをガシガシ言わせて品物を物色する、一種のスタイルがどうにも格好良く思え、ナルシスティックに悦にいっていたことを、いまでもなんとなく覚えています。

 いまでこそ「菊地君の本屋」として全国的に名が知れわたっている「ヴィレッジ・ヴァンガード」も、僕が通い始めた第1号店の開店当初は、愛好家・好事家の類が来店客のほとんどだったような気がします。例えば僕のような漫画好きが、普通の本屋には入らないようなコミック(とり・みきさんの本も何冊かここで買ったんじゃなかったかな)を探しに来るとか、車好きならバックナンバーもしっかりそろっている「カー・グラフィック」とか、洋書の車雑誌とか、フェラーリやミニの写真集とか、古い外車のプラモデル(そんなものも売っていた)とかを物色しに来るといった具合に。

 それでも次第に評判が広がったのか、休日ともなるとそこそこの来店客が訪れるようになり、やがて緑区に2号店がオープンすると聞いて、「なるほどあれで儲かってるんだな」と、「ヴィレッジ・ヴァンガード」を見直した記憶があります。と同時に、第1号店を開店当初から密かに応援して着た1人として、珠玉の宝物が手のひらからこぼれて離れていってしまうような、いまとなっては烏滸(おこ)がましいこと甚だしいのですが、ファンとして一抹の寂しさを覚えたことも事実です。

 店主である菊地敬一さんが、「週刊新刊全店案内」に連載したコラムをまとめた「ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を」(リブリオ出版、1600円)によると、いまや「ヴィレッジ・ヴァンガード」は、全国に20店舗を展開する一大書店チェーンに成長したということです。たぶんいちばん新しいお店は、足利市(関東にも進出しているとは知らなかった)に今年の2月にオープンした「ヴィレッジ・ヴァンガード スカラ」という、映画館を改装した「本邦初の映画の映る本屋」(252ページ)になるのでしょう。あまりの成長ぶりに、売れないけれども品揃えだけはしっかりしていた、そしてそれこそおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさあふれる店作りを、どこか変えて悪く言えば客に媚びる本屋さんになってしまったのではと、そんな心配も抱いてしまいましたた。

 けれども菊地社長は相変わらずの頑固一徹、「新刊やベストセラーに頼らず、売りたいものをわかってくれる人だけに売ろう」(あとがき)という、あの植田の第1号店開店時からのポリシーを今も守り続けていることが、「ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を」に描かれていてとても安心しました。そして、夢を守るために実に多くの苦心を積み重ねて来たことが解り、改めて「ヴィレッジ・ヴァンガード」という店を見直しました。アルバイトの1人1人に「ヴィレッジ・ヴァンガード」とはなにかを理解してもらい、品揃えにもフェアを打つにもPOP1枚書くのにも、意味を持たせ主張を折り込んでいたのだということを知りました。金を借りるのも雑貨を仕入れるのにも、ポリシーを失わずに自分の目指すところを主張し続ける意思の強さに感動したました。

 思い返せば「この店でバイトしたいな」と考えたことも幾度かありましたが、遠くの学校に通っていたため時間がままならず、あきらめた記憶があります。「ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を」を読むと、この店のコンセプトに惹かれて同じようなことを考えた学生が少なからずいたことが解ります。そして今もやはり大勢の本好き、車好き、雑貨好き、変なこと好きな人材が、ひきもきらずに「バイトにしてくれ」「社員にしてくれ」と菊地社長のところにやってくるようです。

 名古屋では名門でとおる自動車部品メーカーの購買部の社員が、既婚であるにも関わらず「ヴィレッジ・ヴァンガード」への入社を希望し菊地社長と聞くもあわれな問答を繰り広げるエピソード(「新入社員」)には涙が出ます。採用されて良かったねえと、拍手を送りたくなります。名古屋大学応用物理学科修士課程という名古屋ではもうおそれ多くて頭の下がる高学歴の持ち主も、エッセイが書かれた当時は「ヴィレッジ・ヴァンガード」で働いていたそうです。時給はせいぜい600円とか700円、おまけに労働時間は10時開店から深夜の12時閉店までと、およそ現代のアルバイト事情ににつかわしくない低条件であるにもかかあらず、かように多種多様なバイト希望者が訪れるのは、やはり「ヴィレッジ・ヴァンガード」に人を惹きつけてやまないなにかがあるからでしょう。

 もう8年近く本店には行っていませんが、「ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を」を読み久しぶりにあの倉庫をのぞいてみたくなりました。本当だったら近所に「ヴィレッジ・ヴァンガード」が開店し、それこそ「ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を」過ごせたら良いのですが、当面は無理そうですし、無理して潰れてしまっても困ります。今は地道に、けれども着実に、ネットワークを全国に広げていってもらえれば、それで嬉しく思います。もう心配はしていません。人を惹きつけて止まない魅力を、いつでもいいですから僕の住んでいるこの街にも分けて下さい。休日を明けて、待ってます。


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