ウタカイ

 パンダは白と黒がはっきりしているからパンダなのかというと、実はそうでもないのは東京にある上野動物園に行けば分かる。檻の中にいるパンダはぬいぐるみのようには白と黒との境目がはっきり見えない。おまけに休日のサラリーマンより矜持がない姿で寝そべっているから、土にまみれて汚れがついて、全体が灰色がかって見える。

 それでもパンダはパンダ。希少種としての存在感は揺らがないし、むしろ土にまみれてねそべる姿の方が、自然の中でその野生を謳歌しているのだと感じさせる。檻の中だけど。そう思うと、洗われ白と黒とがはっきり別れて見えるパンダの方が、どこか賢しらで妖しげな存在に見えてしまう。

 そのことと、森田季節の「ウタカイ」(一迅社、1500円)という小説とにどういう関係があるかというと、単に2人の少女が物語の中で動物園にパンダを見に行って、そこで白と黒ではなく灰色のパンダを見せられる描写があったというだけのこと。とはいえ、生きているパンダの白黒つけられない曖昧さこそが、実は恋愛なのかもしれないと諭される展開もあるから、まんざら無関係でもないのかもしれない。

 基本線を辿るならば「ウタカイ」は、短歌(ウタ)を詠うとそれが具現化して立ち上がり、相手を襲い自分を守る力となってぶつかり合う、ウタカイという競技を描いた一種の異能バトルストーリー。歌聖高校という女子高に通う高校1年生の登尾伊勢は、そんなウタカイでも高校屈指の実力を持っている。

 学内で同じように全国レベルの力を持った先輩の朝良木鏡霞が相手でも、彼女への恋心をストレートにぶつける歌を詠ってまず勝利し、次も勝利して、全国から優れた選手たちが集まり戦うトーナメント大会へと進む権利を手に入れる。

 伊勢と鏡霞は単に後輩と先輩という訳ではない。恋人同士。そして女子高だから当然2人とも女子。つまりは百合な関係という訳だけれど、そうした2人の間に通う愛と恋の気持ちが歌で交わされる戦いの中から、技巧に優れた鏡霞とは違って、立場も省みず純粋に、ただひたすら恋心をぶつけていく、伊勢の歌の真髄というものが見えてくる。

 もちろん、鏡霞もそうした恋心を乗せた詠うけれども、どこか先輩であり聡明なだけあってロジックめいたものがが混じるのか、ストレートな愛を詠う伊勢にかなわないところがあって、それが恋人ではなく先輩であり、歌人としての鏡霞のプライドをちょっぴりぐらつかせる。

 センバツ大会に進んだ伊勢は、強敵を相手にした戦いでも、恋とか愛とか友情とかを詠ってぶつけて勝利を重ねていく。その躍進を鏡霞は喜ぶ一方で、たとえ戦いの上であっても、恋情が他の人に向けられることにチリチリとした嫉妬心を燃やす。白黒つけられない灰色の気持ち。それがだから、曖昧で割り切れない人の恋心というものなのかもしれない。

 そんな伊勢と鏡霞との恋と友情のやりとりの一方で、伊勢がセンバツ大会で見せる他の選手たちとの戦いは、自然体の歌を詠んで相手の虚をつき、眠りへと引き込み勝利する相手や、鬱屈した気持ち、疎外される寂しさを詠んでその暗黒面に引きずり込んで、戦う気力を無くさせる相手と実に多様で多彩。冷熱の恋情に猛火の恋情で挑む戦いもあって、伊勢が恋愛に抱く感情の熱さも見えてくる。

 そうした能力と能力とのぶつかり合いが、地の文だけでなく、そう感じさせる短歌で描かれているのも大きな特徴。読むとなるほどそんな気持ちにさせられる。これを作者は全部自身で書いたのか。だとしたらなかなかの歌人。これだけ別に並べて歌集にして出しても支持を集められそうな気もするけれど、詠う人と重なっての歌でもある訳で、作中の人物の気持ちを添えて読める「ウタカイ」の中で、味わうのがきっと正しい受け止め方なのだろう。

 言葉が力をもって立ち上がり、相手を倒し倒されるという展開は、言語という観念が潜在的に持つパワーを可視化させたSFとも言えるし、心から出る様々な感情を、短歌に詠ってぶつけあいながら、その優劣を窺っていく展開は、言葉の美しさと恐ろしさを示す純文学とも言える。いずれのジャンルに親しい人なら読んで損はない。互いのジャンルに興味を持つ人も同様に。

 そして何より、全国から選りすぐられた選手たちとの戦いを終え、鏡霞先輩との付いて隔たり、戯れ対峙したりする関係を経て変わる伊勢の心境の変化にも、恋する心が持つとろけるような甘美さを感じたい。

 冒頭で「檻の中餌に乾いているパンダみたく灰色になどなりはしないわ」と詠った伊勢に、鏡霞は「白と黒その真ん中の灰色になれぬあなたがひとりすぎるよ」と挑み諭すように詠って、絡み合おうよと呼びかけた。それを堕落への誘いと感じ、矜持を持って恋に向き合おうとした伊勢も、最後には「パンダって、灰色で薄汚れているのも、いいと思わない?」と鏡霞へと言い放つ。

 恋は曖昧で、そして野生のように貪欲で。そこに辿り着いた登尾伊勢と朝良木鏡霞の2人が、深く分かり合った恋人どうしとして詠う歌がどうなっていったのか、そんな2人の間に幾度も交わされるだろう戦いはどんなものなのか。想像するのが楽しくて、少しばかり恐ろしい。きっとドロドロに溶け混ざった恋情をぶつけられて、足りない身の至らない心を焦がし、悶えさせるだろうから。


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