うさぎさん惑星 一周目

 「月は地獄だ!」とSF作家のジョン・W・キャンベルはSF小説に書いた。日日日と記してあきらと読むライトノベル作家は、月はとってもパラダイスなのだとライトノベルに描き出す。

 そのライトノベル「うさぎさん惑星。 一周目」(ガンガンノベルズ、857円)は、汚れた地球から人類が続々と月へと移住して暮らすようになった未来が舞台。月に早い時期から移住した月宮の人々と、後から移住して月の風土病、うさぎ風邪に効くにんじん煙草を作るようになった玉宮の人々が、人類として暮らしている。

 そして「うさぎさん惑星。」とタイトルにあるように、うさぎのような耳と尻尾をもった月裏の一族が、人類よりも早くから月にいて、権力と資力で月を支配する月宮に、にんじん煙草の権益を一手に握った玉宮の人間たちとは離れた場所に、ひっそりと集落を作って暮らしていた。

 人類よりも早くから居ながら、原住民としての既得権益を主張する訳ではない不思議な月裏。かといって、人類たちから激しい迫害を受けるわけでもなかったのは、月に現れる<餅>なる怪物を手にしたハンマー<杵>で倒す仕事を請け負っていたから。これによって月に強い存在感を保っていられた。

 <餅>とはどうやら人類が月をテラフォーミングした際に使われた物質が、今も大気に拡散していて、それが何かの拍子で固まって大きくなり、怪物化して人類を襲うものらしい。小さければ人類で対処できても、巨大化したもの人類の力ではどうしようもなかった。

 それを見かけは美少女でも、実は超絶的な体力と腕力を持っている月裏たちがあっさりと倒してみせるのだから驚きというか。そんな仕事の代わりに月裏は、にんじん煙草をもらってうさぎ風邪の治療や予防にあてていた。

 このうさぎ風邪、心を寂しくすると発病する病気で、風邪に似た少女から激しくなると死に至るというやっかいな風土病。もっとも大昔から月に暮らしていた月裏が、うさぎ風邪にかかるようになり、にんじん煙草を必要にするようになったのはそれほど昔のことではなかった。その経緯は後に明かされ、月宮と玉宮、そして月裏との奇妙なバランスがどうして生まれたのかが見えて来る。

 物語は、そんな月へと新たにやって来た玉宮の少年、砂山(サザン)が、月の学校に通い始めて会った生徒会の少女、月宮烈花と出会って大きく動き出す。急にうさぎ風邪で苦しみ始めた烈花に、玉宮の子らしく常に手に持っていたにんじん煙草を渡そうとすると、激しく拒絶されてしまう。

 親切をどうして拒絶されるのか。理由が分からないまま砂山は、うさぎ風邪に詳しいと評判の、校舎裏にいつもひとりでいる月裏の少女、チュチュ美に相談に行って、そこで初めて月裏という種族に出会い、月に暮らす生き物たちの過去に迫り、未来を占う冒険へと突き進んでいく。

 物語では、<餅>の暴走の裏に見えた存在と、烈花がにんじん煙草を拒絶する理由との連鎖を経て、人類の敵にしか見えない<餅>との共存が探られそして、月宮玉宮と月裏の関係は新たな段階へと向かっていく。

 月に海もでき、チュチュ美の妹で最初は人類を目の敵にしていながら、人類の少年を好きになってしまって迷い悩んだガチャ子に彼氏ができて、幸せが訪れかけたものの、そこに新たに起こった問題は、月裏という存在と技術力のとてつもない秘密を浮かび上がらせ、人類に怨みを抱く存在の暴発へと向かい、すべてを危機へと陥れる。

 人類の進出が、月の環境に多大な影響をもたらし、それがコミュニティー間の力関係に作用し、バランスを決めているという架空の設定を基礎にして生まれれた社会構造への洞察があり、また分かり合えそうもない相手と分かり合うための方策が示されて、来るべき異種族との出会いに向けた、心と技術の準備を促す。月という神秘的な存在の裏側にも、ファンタジックでサイエンティフィックな想像が及ぶ。

 すでに「うさぎさん惑星。 二周目」の刊行が予定されていて、そこではおそらく強靱にして凶暴な月裏の女性、キシュ奈の過去が明らかになって、彼女に起こった出来事と、そしてこれから起こる出会いが描かれては、感動の中に誤解が解かれ、新たな出会いへとつながっていくことになりそうだ。

 かくして月はますますパラダイスになっていく、と果たして信じても良いものか否か。すべては日日日の筆にかかっている。


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